ナボ マヒコ(Nabo magico)5
「わたしも今年でもう、五十になりましたしね... えっ、見えないですか。それはどうも。ええ、いつも年よりかはいくらか若く見られるんです。でも五十って言えば、もう人生半分以上過ぎちゃったって事ですからね。今までの自分の人生を振り返ってみた時にね、何か人様に迷惑ばかりかけて、自分のやりたいことを押し通してきたような気がするんですよ。よく言えば自分の信念を曲げないっていうかね... でもね、それって、やっぱり只のエゴですよ。それで喜ぶのが自分ひとりだけならね。画家にしろ物書きにしろ、その人の作品が何かしら他人に与えるものがなけりゃ、ただのオナニーですよ。いや失礼。ちょっと酔っぱらってますね。ついつい話が自己中心的になっちまいまして。すみませんね。もう少し付き合って下さい。 えーっと、どこまで話ましたっけ... そうそう、オナニー! まあ わたしは今まで自分のやってることが人の目にどう映ろうがそんなことはどうでもよかったんです。ましてや、それが人の為に役立つかどうかなんて考えてもみなかった。ただ、自分の好きなことを好きなようにやってきたんです。わたしは、むしろ自分のやっていること、まあ、中世のスペイン文学研究ってやつですがね。あっ、もう言いましたっけ、あなたに? まあ、それが人様の生活には全く役に立たないってことを誇りに思ってたぐらいなんです。それがね、何だか自分でも急に空しくなってきましてね。人に認められたいっていうか、いや、それよりもただ単に人に感謝されたいって思うようになったんです。 それで、わたしの今までの研究成果が何とか人様の為に役立たないものかと考えるようになったんですよ。おかしいですか? ええ、実はわたしも自分で自分の変わり様に驚いてるんです。でもね、考えてもごらんなさい。 人間って奴は寂しい生物でね。何をするにも誰かがその行為を認めてくれなけりゃその気になって頑張れないんです。その誰かっていうのは別に人間じゃなくてもいいんですがね。かと言って石ころじゃ話しになりませんけれど... 要するに、レシーバーですよ。受け止めてくれる『何か』ね。 そう思ったらどうしてもそいつが欲しくなりましてね。 どうせなら、やっぱり人間が良いと思いまして。 それから、やっぱり人間との関わりになるんなら是非一度、感謝されるってことが一体どんな風なものか味わってみたくなりましてね。 おやっ、眠いですか?大きな欠伸をなさって。 すみませんね。こんなことを長々とお話しするつもりじゃなかったんですよ、本当に。 いいですか! ここからが本題です。 わたしは、きっとあなたに喜んで頂けると思うものを持ってるんですよ。それについてはかなりの自信があるんです。」
男は一息入れると空っぽになった僕のグラスにワインを注ぎ、そして僕の顔を覗き込むようにしながら言った。
「ナボ マヒコってご存じですか?」
「ナボ マヒコ... 魔法の大根!? いいえ、知りませんね。何です、それ?」
僕がそう答えると男は満足そうに何度もうなずき、そして手に持っていたグラスの中の赤ワインをいっきに飲み干すと再び話しはじめた。(つづく)
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