宝箱を置く人5

5:BAD・END

人は死ぬ、遅かれ早かれ 人は死ぬ、良かれ悪しかれ

誰も逃れられぬ、誰にも止める事は出来ぬ


…タケやんの終業時間まであと一時間を切っていた。といってもこの店が閉店しない限り帰れない。そして帰ると言ってもこの店の二階に下宿しているので表現が少し間違っているのだが

どこかいつもよりそわそわしている様だ、明日が待ちに待った腐魔女との約束の日だからだろうか、既にタケやんの頭の中は明日の事で埋まっている。その所為かタケやんは客が食べ終わったあとの茶碗を手から滑らせ割ってしまった。店長から怒号が飛ぶ

『またおめぇは何やってんだッ!これで何回目だッ!?何度言っても分からない様なら辞めて良いぞッ!もう明日から来んな、大馬鹿野郎が!』

卵かけ御飯専門店「避雷針」店長がその店を立ち上げたのは今からもう40年前。元々店長の父親がやっていた中華料理屋を改装し、一代で創業40年の老舗まで登り詰めた。開店当初、周辺の人達から「やめた方が良い」「卵かけ御飯だけで店をやるのは無謀だ」「ノウハウが無い」「店に入る前から臭い」「街の雰囲気が汚く見える」「あそこの飯を食うと具合が悪くなる、伝染病を流行らせる気か」など無茶苦茶に言われたものだが、なんとかここまで続けてきた

避雷針名物「電光石火卵割り」や「加山式卵落とし」「卵溶きスペシャル'72(改)」などの大げさなアクションが度々雑誌や番組などで紹介され話題になったりしたが、近年は客足が遠のいている。それでも開店当初から変わらないスタイルを貫いてきた

初めて店に来た人は店長の格好で度肝を抜かれる、頭にはコック帽の代わりに卵の殻を被っており、全裸。無骨にそして愚直に卵を割り続けるその様子は人々を虜にさせる。タケやんはそこで雑用をやっていた

閉店時間が過ぎ、なかなか帰らない客達を帰らせ、後片付けを終わらせてタケやんの仕事が終わる。二階には三部屋あり、共用の便所と風呂場がある。それぞれの部屋に気持ちだけの小さな鍵が付いているのだが、そこの住民はかけずに扉はほとんど開けっ放し。タケやんだけはきちんと毎回鍵をしめている様だ。部屋に戻ると、照明からぶら下がっている床に着きそうなくらい長いコードを引っ張り、明かりを点ける。数秒のラグと点滅の後部屋が明るくなった。草臥れたカーテンが閉めっぱなしになっている、寝坊して時間が無くカーテンを開けなかったからだろう。机の上に革のリュックと場違いな銀の盾が置いてあり、床には空の宝箱が重ねられている。疲れ切っていたので、風呂にも入らずに布団の上に寝転がると、そのまま深い眠りについてしまった


翌朝、早くからタケやんは準備をしていた。今日は定休日。一階で店長がまだ眠っている時間なので、物音を立てない様に静かに出てきた。足取りは軽く空は快晴だ、雲ひとつない。…いや、あった。ひとつだけ巨大な雲があった。まぁ良い、雲ひとつない空だ

タケやんがキモカワ海岸に到着してから1時間が経った、もう約束の時間は過ぎている。しかし腐魔女は現れない。それから更に30分過ぎてようやく腐魔女が到着

『今北産業ww今北産業wwww海とか久しぶりスグルwwwリア充かよwwwなんかwktkしてきたわwww』

時間にルーズなのか腐魔女に悪びれた様子はない、タケやんは銀の盾の相談にのってくれているという事もあり、笑って許している。腐魔女は顔色を変えて、銀の盾は忘れずに持ってきたかどうかを聞いた。タケやんが革のリュックから出して見せると、ホッと胸を撫でおろす仕草を見せた

『よし、とりあえずあそこの岩場でマターリしようズww 引きこもりにはこの日差しはヤバスww 涼んで策を練る必要があるだろw』

打ち寄せる波の音が心地よい、ヤドカリが砂浜を歩いている。ちなみに風はうま塩味。波が岩場を灰色と黒色とで分けている、タケやんと腐魔女は乾いている灰色の岩に腰を下ろした。腐魔女はその銀の盾が本物かどうか確かめると言い、銀の盾を手に取りまじまじと吟味している。本物であると確信したのか小さく頷き、不自然に銀の盾を天に翳した。それと同時に何者かの砂を踏みしめる足音が聞こえてきた

タケやんが後ろを振り向くと、白い鎧姿の男が立っている。日差しで誰だか分からなかったが、雲が太陽と重なった瞬間、タケやんは背筋が凍り息を呑んだ。その男は勇者と呼ばれる白人戦士であった

−この盾を白人に奪われたら戦争が起きてしまう−

腐魔女が銀の盾を持ったまま勇者に近付いていく。何も言わぬままそれを勇者に手渡した。勇者も無言で手に取り吟味すると、小さく頷き視線と剣先をタケやんに向けた

『話はこの女から聞いている、この盾は庶民が手にして良いようなものではない。それはお前もよく分かっているだろ?』

何がなんだが分からずタケやんの頭の中は真っ白になった。腐魔女に裏切られた事に気付くまでしばらくかかった

『…違…それは…その……気付いたら…』

勇者が腐魔女に顎で合図を送ると、腐魔女は何も言わず杖をタケやんに振りかざした

『情弱乙www少しはggrksという事ですわww』

遠くからお経を読む声が聞こえ、タケやんの全身に経文が浮かび上がる。勇者が銀の盾を持ち、立ち去っていく。タケやんは追い駆けようとしたが金縛りのように体が微動だにしなかった

『負け組乙wwwwwww 早くタヒねゴラァー』

低い声を出し、嬉しそうに満面の笑みを浮かべる腐魔女。次第に興奮しだし、鼻息が荒くなっている。何度も何度もタケやんに向けて杖を振りかざす。タケやんは倒れこみ、嘔吐している

『今の心境をkwsk!今の心境をkwsk!早く喋れやwwww』

タケやんの顔をしゃがんで覗き込み、腐魔女が狂喜している。タケやんは最後の力を振り絞り手を震わせて何かを掴もうとしている

『……か…か……返して…』

その声を聞いた腐魔女はスッと立ち上がり、タケやんを見下ろして言い放つ

『ざまぁwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww逝ってよしwww』

腐魔女が勇者の元へ駆けていく。遠くで勇者が振り返り、剣をタケやんに向けて振り下ろすと、物凄い斬撃音と共にタケやんの体を真っ二つにした


タケやんは死亡した。

つづく...?

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