宝箱を置く人9

9:パッズゥッレィーノの斜塔

好事や凶事は繰り返し訪れる

闇を抜ければ光が射し,射したと思った矢先闇に包まれる。人生の奈落に居るとして,これ程生き甲斐のある場所は無いのではと思う事がある。何故なら後は登るのみなのだから(体力が残っていればの話だが)そうした希望を見出せず,憔悴した人間から自ら命を絶っていく。人生の絶頂期というものは永遠ではない,必ず終わりがあるものだ。しかしそれがもう一度訪れるかどうかは,その人の回転の速さにかかっている。分かり易く書けば,観覧車である。頂から景色を眺めている時は俯瞰して見えるものだ。見慣れた街並みに違った表情が映り,その向こうの地平線を見渡す事も容易となる。その時に何を考案したか,何を見据えたかで再びそこへ訪れる速さが決まるのではないか。要は胡座をかいてはいけないという事である。話を物語に移すが,この島サヌッゥドォリグッィムは毎年数えきれないぐらいの自殺者が出る事で有名だ,所謂自殺の名所として語られる地である…


『ちょwwwあのスナイパーのおっさん走って先にいっちゃったぞwww全然用心棒じゃねーしwwwww』

『放っておけ、あんな奴に守って貰おうなんて鼻っから考えていない。あいつを上手く使って猿共を困惑させてやろうと思っていたが、まぁ良い。どの道あいつ一人で最上階まで行けるほど、この塔は甘くないしな。その内また会うだろ、その時には死体となっているかもな。先を急ぐぞ』

『wwその決め台詞っぽい感じww相変わらず厨二病臭いけどまぁ良いわwww先を急ごうズwwww』

腐魔女と勇者が登っているのは,サヌッゥドォリグッィムに聳える巨大な塔,パッズゥッレィーノの斜塔。まるで血液の様な緋色のその塔は,悪天候になると最頂部が雲で陰伏するほど高層だ。塔の周辺には森林があり北側には山脈が見える。海岸沿いの森林へと続く道には異常な数の墓標があり,十字架や墓石,様々な宗派が入り混じった霊園の異様な光景が広がる。その墓標が自殺者達の物なのかは不明だ。自殺者達は主に森林の中で命を絶つので,森の中にも数々の墓標らしき物が垣間見える

塔には他にも数十名の白人戦士達が護衛で共に登っていたが,途中で魔物の餌食となり残ったのは腐魔女,勇者,用心棒の三人と,後を追う様にして登っていた黒人戦士側の二人だけとなっていた

『兄貴、やっぱおかしいっすよ!何で態々こんなクソみてーな所で白人共は儀式をやるんすか?俺等まんまと奴等の罠にかかっちまったんすよ、ここで儀式をやるっつー噂を流して俺等を誘き寄せて、纏めて俺等を潰す気なんだ!もうあの盾を取り返すの諦めて、とっとと帰りましょうや兄貴…!』

『…てめェは何か勘違いしてるみてェだ』

『……?勘違いって何が!?だっておかしいじゃないっすか!大体、王室側の奴らが一人も見当たらないってのも怪しい!絶対なんかあるんすよ!』

『…そうじゃねェ、俺は盾を取り返しにここまで来た訳じゃねぇんだよ』

『……?』

『…てめェ、この俺がヘマして盾を取られたとでも思ってんのか?…俺はワザと盾を滝に置いて来たんだよ、何故か分かるか?え?おい、分かるかってんだ。…俺は、全てを片付けると決めた』

会話をしているのは黒人戦士側のdark knightとその右腕,ナインカルビン・ファットグース(自称)黒い肌に赤く染めたドレッドと真っ赤な爪が特徴のファットグース(自称)は,高額の賞金首として有名だ。dark knightの指示で他の仲間は塔の外で待機させていた

『…しかし貧弱な奴らだ、魔物に殺られた白人共がそこら中にゴロゴロと転がってやがる。骨のある奴は勇者ぐらいしか居ないんじゃねェか』


時間を戻して場所は変わり,港からサヌッゥドォリグッィムへと向かう夜明け前の海上にて…

ヨットの上にはタケやん,梅子,シケモク太郎,そして操縦士の四人が見える。暗晦な海を進展するヨットの周りには,碧く発光したプランクトンの様な生物が漂っている

『あぁ、その青く光った生き物かい?それは幽霊水母だよ、この海域じゃあ日常の光景なんだ。さっきサヌッゥドォリグッィム島は自殺する所として有名だって話しただろう?主に森の中に自殺者は行くんだけどね、海に投身するのも多くいるんだ。その青く光る生き物は人の死骸を食べるから、発光してるって事はその近くの海中に死んだ人間がいるって事さ。夜の海が青くなると誰かがまた死んだって事が分かるから、仲間内じゃ葬式光なんて呼んでるよ』

『えーッマジかよ〜!気味悪いな〜!なぁオッサン、もっと早く進む事できねーのか!?』

シケモク太郎がそう言うと操縦士は笑って答えた

『それは無理だよ、これが限界さ。夜が明ける頃には着くと思うからもう少し我慢しておくれ』

梅子は鼾を掻きながら眠っている。タケやんは横になりながら楽大に造ってもらったヱビスの鎧を眺め,何かを考えている様であった。青い光が薄くなった頃,ヨットはサヌッゥドォリグッィムへと辿り着く

霧で霞んだ地を踏むと目に入って来たのは,墓,墓,墓,墓,墓,墓,墓。墓標が一面に広がり,その奥には森林が見える。更に奥には巨大な緋色の塔,パッズゥッレィーノの斜塔が聳えている。息を呑むタケやんとシケモク太郎,あくびを掻きながら眠い目を擦る梅子を降ろすと,また乗る事があったら連絡をくれとタケやんの四つ折り式携帯紙にデータを送り,操縦士は帰って行った。明け方の墓地は静寂を装っていた。森へと近付くと何処からか声が聞こえる。目を向けるとそこには,項垂れながら歩くジャージ姿の中年男性が居た。その中年はボソボソと独り言を呟きながら海岸へと向かっていく,耳をすませると何やら『…敵が…いない…敵…が…いない…欲しい…敵が…楽になれるのに…敵が…敵が…いない…』と言っている様であった。タケやん一同は森の奥へと進んで行く

森を進むと,草叢に古い日誌が見えたので梅子は手に取った。雨に濡れておりページ間がカピカピに乾いて上手く開く事が出来ない。諦めて元の場所へ戻して奥の方を覗くと,木の下に青いビニールシートがかけられていた。落ち葉や枯れ枝,泥で汚れたシートを捲ると,白骨化した亡き骸が横たわっていた。梅子達は手を合わせ,先へ進む

少し歩くと今度は茂みからガサゴソと物音が聞こえる,目をやるとそこには眼鏡をかけた背広姿の男が首を吊っていた。呻き声を上げてジタバタ騒いでいるが,思いっきり地面に足が着いている。オマケに枝と首に掛けられた縄は輪の形になっており,それを首で引っ張るものだから遂には枝ごと折ってしまった。背広の男がタケやん達の元へ転がってくる

『だ、だ…大丈夫ですか?』

慌ててタケやん達が駆け寄ると背広男は顔を歪ませて,タケやん達を見上げながらこう言った

『う、うぅ、う、うずらッ!』

『…はい?……うずら?』

意味が分からず,あっけらかんとしていると背広男は続けた

『は、はは、半透明ですからね虹はね。キングダム好きか?好き?キングダム。ぼくはこんにゃくの四角いのが好きです』

『…???』

その後も意味不明な事を話され,タケやん達は困惑し続けた。頭を強く打っているのか精神的におかしくなっているのかは分からなかったが,会話にならないのでタケやん達は先へ進む事に。森を抜けると,斜塔の入り口には黒人戦士達が何十人と屯ろしていた


場所を戻しパッズゥッレィーノの斜塔の中

『あれwおっさんいねぇwww最上階まで来たのに、スナイパーのおっさんいねぇwwどこいったしwwww』

『ここは最上階じゃないぞ、最上階はこの上の階だ。最上階には上がらなくて良いからな、俺たちはこの階まで来たらもう役目を終えた様なもんだ』

『じゃあwおっさん最上階かwww』

『いや、最上階は開かずの扉になっているから入れない。あいつはどこかで逃げ出して落下でもしたんだろ』

『マジかwこの高さから脱出とかw100%死んだだろおっさんwwwところでこの後オイラ達はどうすんだよw』

『とりあえず猿共が来るのを待つ、その後は俺が呼んでおいた浮遊船に乗って脱出する。合図と共にこの塔の下に仕掛けた爆弾が爆発され、猿共は全員消えるという計画だ。盾と剣を譲り受ける儀式など最初から嘘って訳だな』

『なるへそwでもよwwそいつら猿共がここまで辿り着けなかったらどうすんのwww』

『あのdark knightだぞ?流石に見くびりすぎじゃないか?あいつなら一人でもここまで辿り着くさ、間違いない。あいつさえ消えてくれれば、俺達と猿共の勝負は着いたも同然だ。この塔を爆発してからあいつらの基地に総攻撃を仕掛けてやる。これで王室と我々の勝利が確定だ』

『あれwww魔導士達は入ってないけどww』

『魔導士共を味方につけてやったのは、飽くまで魔女と魔導士を仲違いさせる為だ。あいつらが一緒になっていて敵に回すと厄介だからな。仲違いさせて片方を潰し、味方に付いた方は後で始末する。これで世界から魔法が消えて、我々が牛耳る事になる。そうして長年思い描いた夢が叶うのさ』

『おいおいwオイラも一応魔法使うんだけどwwwてんめえオイラも消そうとしてんじゃねーだろうなゴラァ』

『というのが王室側の狙いらしい。俺達は魔法に何の恨みも無い、猿共と決着を付ける事が出来れば何も望まない。先祖達から続く長い戦いに終止符を打てればそれだけで良い、だから俺はお前を上手く逃がしてやる。約束だ』

『嘘くせえwwwつーか話がややこし過ぎじゃねwwwwwwwww』


一方その頃タケやん達はというと…

パッズゥッレィーノの斜塔の入り口で黒人戦士達と揉めていた。梅子が持ち前の負けん気で食ってかかっていくので,言い合いが互いにエスカレートしていく

『え?何?なんだい?だからあんたらの番長は中なのかいって』

『番長じゃねーっつってんだろうがよッdark knightって呼べよ!このババアしつけーなッ!おい、そこの坊主共!このババア連れてとっとと帰れ、オレたちはここで見張ってろって言われてんだからよッ!』

dark knightと勇者の居場所を中々教えない黒人戦士達に立腹する梅子。中に入ろうとしても入れさせないので,遂には戦士の一人を裏拳で吹っ飛ばしてしまった。辺りは騒然となり,梅子は次々と吹っ飛ばしていく。戦士の一人がタケやんの脳天目掛けて斧を振り下ろす。すると間一髪で弓矢が飛んできてその斧を弾き飛ばしてしまった。矢が飛んできた方を見ると,先程出会った背広男が矢を放っていた

『け、けけ、ケチャップにしろって言ってんだろッ!どうしてオーロラなのッ!?君たち花粉症?花粉症になったの?駄目だよそれならッ!きちんとパンツ履きなさいよッ!』

『……???』

一瞬沈黙が走ったが,黒人戦士達は物凄い勢いで背広男に襲い掛かっていく。背広男は高速で矢を放ち,追い返してしまった

『なんだあいつ!?色々と普通じゃねーぞ!』

『き、きょう、今日ハロウィンだからッ!色々と真似なさいよ、出汁の取り方とかッ!分かってんの!?ニンジン何本用意した!?ニンジンぐらい気付きなさいよ大人ならさッ!』

『…???』

黒人戦士達が戸惑っている隙を突いて,タケやん達は斜塔の中へ駆けていった。階段を上っている途中,梅子がタケやんが着ているヱビスの鎧に蹴りを入れた。表面の層が割れ,中の鉱石が姿を現せる。これで予定では3時間後には世界一の鎧となる筈だ。タケやん達は急いで塔を上っていく。塔の中には白人戦士達が彼方此方に倒れていた,あるフロアに辿り着くとタケやん達の足が止まった。天井に黒い髪の毛の塊の様な物体が無数にぶら下がっている。よく見ると,白人戦士達が持っていたであろう武器と盾が絡まっており,そのぶら下がった髪の毛の隙間から巨大な眼球がタケやん達を見つめていた…暫く対峙した後ゆっくりと髪の毛の魔物は動き出し,剣を振り翳して来たではないか。梅子がそれに応戦する。剣と盾を吹き飛ばすと,今度は髪の毛を鞭の様に叩きつけてきた。吹き飛ばされる梅子とタケやん達。梅子はすぐに立ち上がり,魔物の巨大な眼球に飛び膝蹴りを食らわせた。甲高い鳴き声を上げると,魔物は地面に落ちた。ズルズルと何処かへ逃げていく。他にも魔物が無数にいるので,梅子達は急いで階段を駆けていった


『冗談じゃない!兄貴、頭でも打っちまったんじゃないの!?元々あの剣と盾はオレ達の先祖の持ち物ですよッ!?なんであいつらに…!』

『…だから話を聞けってんだよクソ野郎。良いか?このまま戦い続けたところで、俺達の負けはもう目に見えてるだろうが。王室側の多額な資金と魔導士を引き連れたあいつらにはもう手も足も出ん。分かるか?遂に何世紀にも渡って続いてきた戦いに終わりが見えて来た。しかもその結果は、俺達の宝を奪われて皆殺しにされて終わりだ。じゃあどうする、あ?分かるか?いっその事剣も盾もそのままあいつらにくれてやって、戦いを終結させるしかねェだろうが。俺達は生き残って、後は好きな様に生きようぜ。これから俺は勇者と話をするから、お前にはその一部始終を見て証人になってもらいてェんだ。分かるか?』

『いや分からねぇって!今まで先祖達が流してきた血は何の意味があったんだ!これじゃあオレ達は一生笑い者っすよッ!』

『…笑われるからどうしたっつぅんだよ、あ?お前には子供も出来た、子孫にこれ以上辛い目に会わせたくねェだろ。それがお前の望みなのか?え?どうなんだ、言ってみろ』

『どの道オレは賞金首だ、もうどこにも逃げ場所は無いんすよッ!』

『…勘違いしてんじゃねェぞ、俺はてめェの行先を案じてんじゃねェ。俺は子孫を想って言ってんだよタコが。てめェが証人になって子孫に伝えて、下らん連鎖を断ち切れよマザーファッカーが』

dark knightとファットグース(自称)の言い争いが続く中,遂に上層階にて勇者との対面を果たす。dark knightがここまで来た理由を全て話すと,勇者と腐魔女は笑い出した

『ハッハハハ!お前には幻滅した…!どうしてこの俺が、お前を許さなければいけないんだ?仮にお前を生かしておいたとして、他の仲間が俺達に復讐してきたとしたら?まさかお前がそんな甘い考え方をしていたなんて本当にガッカリだ…!本気でお前が数世紀に渡る俺達の抗争を終わらせるつもりなら、お前の首を寄こせよ。話はそれからだろうが』

『はい論破wはい論破www darkさん涙目wwwww』

ファットグース(自称)が怒りを抑えきれず腐魔女達に襲いかかる。腐魔女が杖を振り翳すと,遠くからお経を読む声が聞こえ,ファットグース(自称)の全身に経文が浮かび上がった。ピタリと動きが止まったかと思うと,やがてその場に倒れこみ嘔吐しだした。腐魔女はファットグース(自称)の頭に足を乗せ,何度も踏みつけて笑っている

『www悔しいのうw悔しいのうwwこうやって抵抗も出来ずタヒんでいくなんてwなんて残酷wwwwwテメェが食ってるブタや鳥と一緒だwwテメェもこうやって抵抗出来ない命を腹一杯食って来たんだカスがwwwwww』

dark knightが腐魔女に向けて剣を向けると,勇者が機会を逃さずそれを受け止めた。ニヤリとしながら勇者がdark knightに問う

『それは、白旗を取り下げたと捉えて良いんだな?』

『…違ェよ。そいつを許してやってくれ、俺の首ならお前にやる。それで勘弁してくれねェか』

勇者は鼻で笑いdark knightを吹き飛ばした。続けて腐魔女も吹き飛ばしてしまった。腐魔女が慌てて床に落ちた杖を拾おうとすると,勇者は剣を振り翳して杖を塔の外へと弾き出してしまった。腐魔女は物凄い形相で勇者を睨みつけて叫んだ

『オ、オマエやっぱオイラを裏切ったなゴラァ!ざけんなよ呪い殺してやっかんなぁッ!』

『家畜の気持ちが分かったか?』

そう言うと勇者は窓に足をかけた。外から浮遊船の旋回音が聞こえ始めると,塔の中に強風が吹き始めた。巨大すぎて塔の中からは浮遊船の一部しか見えない。勇者はゆっくりとそれに乗り込み,振り返る。dark knightは片膝を付きながらただ黙って見上げている。少しすると階段から梅子達が現れた。シケモク太郎は疲れ果てており,タケヤンが着ている鎧は物凄い光を放っている,眩しすぎて直視出来ない程だ。タケやんと勇者の目が会う。勇者は目を細めた後、驚きの表情を見せた

『お前は…あの時の……』

dark knightもタケやんに気付いた

『…お前…どこかで……』

勇者は直ぐに冷酷な表情を戻し,最後にこう言い放った

『明日の紙面を飾る記事はこうだ……パッズゥッレィーノの斜塔にて王室による儀式の最中、黒人戦士達が奇襲。しかしその衝撃で塔が崩れ始め、王室側は浮遊船で脱出をした。一方黒人戦士達はそのまま瓦礫の下となった…ハハッどうだ?完璧だろう。これで邪魔者は全て消え去るという事だ』

勇者のその言葉と共に浮遊船は飛び去っていった。その直後,塔の下で爆発音が聞こえ,見る見るうちに塔は崩れ落ちていった。しかし斜めに傾いていた為か,そのまま向かい島の山に凭れ掛かる形に。翌日の紙面は勇者の言った通りとなる


タケやんは瓦礫に埋もれた

つづく

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