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Comfy Synth - 快適シンセ

ダンジョンシンセというジャンルにおいて、作品のモチーフに応じて◯◯シンセという名称でサブジャンル化することはしばしば見られる現象だ(※注)。
例えば森がテーマならForest Synth、冬であればWinter Synthといったように、音だけでなくテーマやモチーフ、世界観が重視されるジャンルと言える。
従って音と同様かそれ以上に、アートワークも含めた全体のイメージによって好き嫌いが分かれる面も大きいように思う。
そうしたダンジョンシンセ及びサブジャンルの中で、近年話題になっているのがコンフィシンセ(Comfy=快適な Synth)だ。


Grandma's Cottage by Grandma's Cottage (2019)


ブラックメタル由来のダークアンビエント的サウンドやクラシックなゲームミュージックの影響下にあるダンジョンシンセとは異なり、コンフィシンセはその名の通り快適さ・穏やかさを連想させるような、シンプルでコンパクトな楽曲が特徴となっている。

そう書くと音楽的に両者は完全な別物のようにも思えるが、匿名性の高いコンフィシンセアーティストたちの中には、過去にダンジョンシンセやブラックメタルを作ってきた経歴の人もいるらしい。
コンフィシンセについて書かれた数少ない記事であるbandcamp dailyではそうした彼らの経歴や発言も紹介されており、それらを読んでいるとダンジョンシンセとコンフィシンセはコインの表裏のようにも思えてくる。
また、「ブラックメタルが往々にして結びついてしまうファシズム・レイシズム的要素についてコンフィシンセアーティストは明確にそれを否定している」と記事内で書かれている点も興味深い。

モチーフとしては、古いコテージや昔のドーナツショップといったノスタルジックなものと、ネズミやガチョウのような小動物・キノコ・小人などの童話的なものが好まれる。
ざっくり言ってしまうと、ダンジョンシンセが中世ファンタジーとするならコンフィシンセはメルヘン的な世界観、とイメージしてもらえば良いと思う。

こうしたテーマやサウンドには懐古主義・逃避主義的な側面が確かにある。しかしそれだけとも言い切れないのは、作品によっては音のチープさやローファイさが、牧歌的な雰囲気の中にうっすらと不穏な空気をもたらしているように聴こえる場合があるからからだ。
そこには既に失われた、あるいはそもそも無かった平穏な世界、もしくは一見平穏そうに見える風景でも決して愉快なだけの楽園ではないというような、現実世界に生きる者の感覚も垣間見れるように思う。
不安を抱えて別の場所に逃避するということは、ここではない何処かに不吉な異物を持ち込むのと同義なのかもしれない。
(上記bandcamp記事内で、コンフィシンセアーティストのGoose Motherは「Comfy Synthは罪悪感を伴う楽しみのようなもの」と語っている)

19年末から20年にかけて様々な作品がリリースされ、現在ではサブジャンルとして確立した観のあるコンフィシンセ。
以下代表的なものや個人的に好きな作品を掲載するので、日々に疲れてゆっくりしたい時にでも聴いてみてほしい。
(各画像が作品へのリンクになっています)


Grandma's Cottage - Grandma's Cottage (2019)

コンフィシンセの起点。シンプルなメロディの短い楽曲が、余韻もへったくれも無く唐突に終わる。おばあさんのコテージというアーティスト名通りというか、購入してDLするとおばあさんのアップルパイのレシピも付いてくる。テーマや音像を反転させたGrandpa's Cottageという不穏な作品もあるが、同一作者かどうかはよくわからない。ダンジョンシンセレーベルDungeons Deep Recordsの主催でもある。


Tiny Mouse - Little ones journey (2019)

コンフィシンセの人気アーティスト。昨年リリースの2作品ではローファイな音質でノスタルジックな雰囲気が強かったが、今年リリースの新作では音が綺麗になり軽快さが増している。


Childhood Memories by Childhood Memories (2019)


Mum & Dad by Mum & Dad (2020)

ノスタルジー色の強い2作。但しうっすら漂う喪失感のような、そこはかとない暗さもある。前述のGrandpa's CottageやUnemployed Uncle Bob(失業したボブおじさん)のような作品はそれを強調したものとも言えるが、ここで注目したいのはいずれの作品も、Grandma's Cottageが2019年12月に出たその直後にリリースされている点。コンフィシンセというコンセプトが世に出た時点で、すでに陰の部分が内包されている。


Goose Mother by Goose Mother (2020)


Roots and Tunnels by Olde Fox Den (2020)


Through The Forest by The Scared Hare (2020)


Handkerchief Soap by The Shakespearean Frog (2020)


Strawberry Fields by Mushroom Village (2020)


The Friendly Moon by The Friendly Moon (2020)


Under the Stars by Snowy Hill House (2020)


I & II by Cherry Cordial (2021)


Melodies in Reverie by Phantom Lure (2021)

上記のTiny MouseやGoose Mother、The Shakespearean Frog、Mushroom Villageら童話イメージアーティストの楽曲を含むおそらくコンフィシンセ初のコンピレーション。


Water Nymph by Water Nymph (2021)

ローファイダンジョンシンセブラックメタル、Old NickのメンバーAbysmal Specterによる作品。Abysmal SpecterはGrime Stone Recordsというレーベルも運営しており、ブラックメタルやダンジョンシンセを精力的にリリースしている。(ちなみに同レーベルはSAY NO TO NSBMを掲げている。NSBM = ナショナル・ソーシャリスト・ブラックメタル)


Tipentap by Uncle Fido (2021)

チェコのアンビエントアーティスト。70年代にベルギーやチェコで放送されていたアニメにインスパイアされた作品で、コンフィシンセとヴェイパーウェイブのミックスを意図したらしい。


march (norway spruce) by galen tipton (2021)

Orange Milkからのリリースや、recovery girl名義では100 gecs的ハイパーポップに通じる路線も披露したgalen tipton。最新EPにはconfy synthタグが付けられており、どこまでコンフィシンセを意識したのかはわからないが、柔らかい音でありつつ捻じれのあるエレクトロニック作品になっている。


(※)
こうしたサブジャンルについては、Rate Your Musicのダンジョンシンセリスト下部でいくつかピックアップされている。
これら全てがサブジャンルとして確立しているかというと微妙なところで、vaporwave/seapunk以降さまざまな◯◯waveや◯◯punkタグが生まれた事を想起させる部分もある。
ただ繰り返しになるがダンジョンシンセはテーマやモチーフが重視されるジャンルであり、ジャンルタグ(テーマタグと言った方が適当か)を見た他のアーティストに「自分も同テーマで作ろう」と思わせるインスパイア元にも恐らくはなっている。
soundcloud/bandcamp以降、アーティストが自分で自分の作品にジャンルタグを付けるようになったことは2010年代の音楽における一つの変化だったのではないかと思う。
それは自己規定的な意味合いであると同時に、タグ自体が他者への影響源になりうるということでもある。

またRYMのリストでは「bandcampの普及がシーンの拡大に大きな影響を与えた反面、2000年代のMyspaceにあったような作品は忘れられがちだ」といった内容の文章が引用されている。
これはダンジョンシンセだけの話ではなく、2000年代のネット環境(日本で言えば魔法のiらんどやmixiのような)にあった情報、あるいはCDRで自主リリースしていたような作品にアクセスしづらく/できなくなっている状況が、いろんな場面で既に起きている。
2000年代の掘り起こしと再アーカイブ化は今後求められていく作業なのかもしれない。


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