
無くなったバレエシューズと、思い込みの魔法
18時。娘のバレエが終わる時間。ぼくは自転車で風を切りながら、彼女を迎えに向かう。
今日はどんな顔をしているだろうか。やりきった顔であったらいいなぁ。
そんなことを期待していたら、娘は半べそ。あとひと押しで大泣きしてしまいそうな雰囲気である。
「バレエのシューズが片方なくなった!」
とのこと。どこを探しても見つからないと、昔の歌謡曲の歌詞みたいなことを言う。
『ほんとにないの?ちゃんと探した?!』
「探したけどないんだもん。教室の中にもなかったし……なくなっちゃったんだ。」
しかしどうにも信じられない僕。どうせ探し方が悪いのだろう。その場で娘のカバンのチャックを開け、逆さにして、中身をぶちまける。
ポロリ。
一足のピンクの靴が転げ落ちた。
「ほれ見ろ」と言わんばかりに娘のほうに目を向けると、なんともバツが悪そうに、イジワルそうな顔でニヤリと笑っていた。
———
偉そうな態度をそのときは取ってみたけれど、あらためて思い返せば、自分だって似たような経験はあった。
休日。その日は娘と二人だったので、お昼にオムライスでも作ろうと考えた。しかし冷蔵庫にあるトマトケチャップの残量はすくなく、おそらくチキンライスを作るにも足りないぐらいだった。
冷蔵庫の中を見渡しても、未開封のケチャップは見当たらない。であれば当然、新しいトマトケチャップが必要だ。そう思ったので、スーパーに行って新しいケチャップを買ったのだった。
その日の夕方、帰ってきた妻にその話をしたら「いや、ストックはちゃんと棚のほうにあるから!うちは基本的にものがなくなることがないように、ちゃんと管理しているの知ってるでしょ?!もう、無駄な買い物して……」と、ちょっと一触即発のピリピリムードになってしまった。
このときも、心境としては娘と同じだった。はじめから「あるわけがない」と決めつけてしまって、ろくに探そうともせず、新しいものが必要だと思い込んでしまっていた。
———
思い込みの力というのは本当に強い。一度「ない」と頭のなかで決まってしまうと、たとえ目の前にあっても、視界のなかからすっぽりと抜け落ちてしまう。
これは物理的なことに限らない。たとえば仕事なんかでもおなじだ。「これはもうどうしようもないんだ」と思いながら考えても、きっといいポジティブなアイデアは出てこない。
「きっとどうにかなる」「うまいやりかたがあるはずだ」と信じていれば、可能性を引き出せるような考え方になるし、アイデアからアイデアが生まれるような発想力を持てるのだ。
先入観や思い込みをなくして、自分をフラットな状態にもっていくことは、簡単ではないかもしれない。
しかし、焦ったり、困ったり、テンパったりしているときほど、自分をニュートラルな状態に一旦もどさなければいけないのだ。きっとね。