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「ポテトチップス」②

私、どこをどう歩いて帰ってきたんだろう…

気がつくと家のドアの前に立って、インターホンに記されたアルファベットを見つめていた。

誰にも会いたくないな…ふぅ~っ、と深くため息をつき、ドアノブに手を掛けようとしたときガチャッとドアが開いた。

「あっ」
思わず伸ばした手を引っ込めた。

「あら、ナツキ早かったのね。部活は?」

「な~んだ、お姉ちゃん、来てたんだ。部活は…なんか調子悪いからサボっちゃった」

「そうなんだ。今日、仕事早く終わったから、みーちゃん連れて遊びに来たの。たまには孫の顔見せてあげないとね。今みーちゃん庭で遊んでるからちょっと相手してやってくれない?」

「うん、いいけど、どこか行くの?」

「ううん、車に荷物積まなくちゃいけないからさ。少しの間見てて」

リビングのテーブルには描きかけの絵とクレヨンが置かれている。私は椅子にカバンを置き、半分曇ったガラス窓越しに、庭で遊んでいるみーちゃんを探した。

いたいた、一人で黙々と遊んでいる。おままごとか、懐かしいな。あんなにたくさんお皿を並べて。私も小さかった頃はお姉ちゃんとああやっておままごとして遊んだっけ。

テラス戸を開けサンダルを履いて庭に出た。

「みーちゃん、ただいま」

「あーっ!なっちゃん、おかえりー!」

「みーちゃん、寒くないの?」

「さむくないよ、なっちゃんも一緒にあそぼう」

みーちゃんが、散らかったおままごとの道具を端に寄せ、場所を少し空けて手招きをする。嬉しそうに白い歯を見せて笑うみーちゃん。ふふ、ほっぺたを赤くして可愛い。みーちゃんはまた夢中になってお皿に木の実や小枝を盛り付けている。

私はみーちゃんの近くにある子供用の椅子に座り、頬杖をつき、赤くなったコキアの葉を見つめた。

なんなの、もう…。いつもはみーちゃんと遊ぶのも楽しいのに、あんなことがあったからため息しか出ないよ。

みーちゃん、私、初めて告白して初めてフラれちゃったよ。フラレたばかりなのに、変だね、涙も出ない。

席替えしてLINE交換したときから、なんとなく意識し始めてた。
ユウヤは他の男子みたいにチャラチャラしてなくて、静かでいつも落ち着いていた。口数は少ないけど、ユウヤが慎重に選んで話す言葉はいつも正しくて、強くて、だけど優しくて、波打ち際に落ちてる大きな白い貝殻のように、ずーっと私の心の中に残っている。

ユウヤに数学の問題の解き方を聞くと、「ナツキはどこからわからないの?」って優しく言ってくれる。私に教え始めると、まるで難問を解くときのような真剣な顔になって、同じところを私がきちんと理解するまで何度も繰り返す。その横顔が好きで、解き方がわかってからも「全然わかんない」って言って困らせた。

ユウヤが音楽室のピアノで「ときめきママレード」のエンディング曲を弾いたときも、私はドキドキした。みんなは「よっ!さすがアニヲタ!」なんて冷やかしながら、教室に戻って行ったけど、私はその流れるような繊細な演奏をずっと聴いていたかった。

ユウヤには、私には無い真っ直ぐな芯の強さがある。テストの採点に間違いがあると、それで自分の点数が下がったとしても先生に言いに行く。周りの子達に「ユウヤ、正直すぎてアホじゃね?」って言われても、「嘘をついてまで点数が欲しい?俺はそんなことしていい点取ったって嬉しくないけど」ってその子たちに言い返してた。

いつもはおとなしいユウヤなのに、間違ったことは許さない。あんなにはっきり自分の意見を言える勇気、私の中には無いな。ユウヤみたいな強さ、私も欲しかったのかも。

でもさ、フラレても悲しくないってやっぱり変じゃない?
私、ユウヤのこと好きじゃなかったのかな。正直ここ最近、もえちゃんとアンナに彼氏ができて、話を聞く度に羨ましかった。私も早くみんなみたいに、彼氏と二人で帰ったりしたいなって思ってたし。

ユウヤに恋してる自分、ユウヤに振り向いてもらおうとしておしゃれしたり、リップグロスつけたりしてる自分が好きだっただけなんじゃない?腕にハートマークが現れるとか、恋をしてることが一目でわかる印でもあったらいいのに。

私、恋愛小説みたいにヤキモチ妬いたり、泣いたりもしてない。いつもずーっとその人のことを考えたりするのが恋なんだったら、私のは違うよね。あー、わけわかんない。私はいつもふわふわと周りに流される。いつもそう。

そのとき、みーちゃんが私の顔を下から覗きこみ
「なっちゃん、どうしたの?」と言った。

「みーちゃん、なんでもないよ。どした?」

「こっちがなっちゃんので、こっちはみーちゃんのだよ。はいどうぞ、めしあがれ」

みーちゃんがニッコリ笑って、私の前にピンク色のお皿を置いた。

「あれ?みーちゃん、おやつ食べてたの?」

「ちがうよ はっぱだよ」

「えっ……ポテトチップスかと思った…。あっ本当だよく見ると葉っぱだね」

「たくさんめしあがれ、おかわりもありますよ」

スマホの時計を見る。まだ四時過ぎなんだ。時間が経つのがやけに遅い。

あ~もうやだ。LINEアプリ、ホームから消したい…。だってこの状況で既読無視…ツラい。早く今日という日が終わって欲しい。

「ねぇ、ナツキ、コンビニで牛乳買ってきてくれない?シチューの仕上げに入れようと思ったら冷蔵庫に無いのよ。みーちゃんはもう大丈夫だから行ってきて」

「お姉ちゃん、お姉ちゃんてさぁ、なんでまーくんのこと好きになったの?」

「何よ突然。あんた、聞く相手間違ってるよ。バツイチの姉に聞く?そういうこと。」

「だよね~ハハ」

少しだけ笑えた。私わりと大丈夫かも。

「まーくんはね、初めはこんなに優しい人がいるのかなって思うくらい優しい人だったの。一緒にいるときはいつも私のことを笑わせてくれたし、俺にはよし子しかいないんだって言ってくれた。それが結婚したとたん変わったんだよね。だんだん夜遊びが多くなって、みーちゃんが生まれてからは女遊びもひどくなって、挙げ句の果てに…」

「暴力だもんね。手首に青アザ作って帰って来たこと覚えてるよ。私がお姉ちゃんの代わりにまーくんをやっつけに行こうと思ったもん」

あの時のことを思い出した。肩を震わせて泣いているお姉ちゃんを、私が守りたいって本気で思った。

「わかってるなら。聞かないで。私はもう結婚しないの。結婚なんてうんざり!結婚なんて二度とするもんか!」

だんだんお姉ちゃんの声が大きくなる。

「まぁまぁ、お姉ちゃんにはみーちゃんがいるからね」

「そうそう、アイツに感謝できることはみーちゃんを私に授けてくれた、ただそれだけよ」

お姉ちゃんが遊んでいるみーちゃんを愛おしそうに見つめている。

「初めは優しい…か。男の人ってそんなもんなのかな。変なこと聞いてごめんね。お姉ちゃんだってそんなこと思い出したくなかったよね」

「なになに?ナツキ、もしかして彼氏でもできたの?」
お姉ちゃんは探るような目付きで私の顔や髪型を見つめ、くっつきそうなくらい顔を近づけてきた。

「そんなわけないじゃん!わたし、友達と騒いでる方が楽しいし。部活だって忙しいんだから!」

慌てて両手を振って答えたら、オーバーアクションになっちゃった。恥ずかしい…

「ふーん…めっちゃいい匂いしてるけど。シャンプーも変えたみたいだし」

「もう!シャンプー変えるくらいいいでしょ。コンビニ行ってくるね」
ヤバい、顔が熱くなってきた。私は逃げるようにテラス戸を開け、サンダルを脱いでリビングに上がった。

「あっそうだった。牛乳ね、小さいパックでいいから」

私に必要なのは、一人でゆっくり考える時間なのかも。コンビニに行って、牛乳を買って帰ってくる間に何か答えがみつかるかな。

私はお気に入りの白いマフラーで顔の半分をしっかりと覆って外に出た。おでこに冷たい風が当たる。

眼鏡をかけたサラリーマンが、私のすぐ横を自転車で追い越して行った。急いでいるのかな。リュックのファスナーが半分開いて青いファイルが見えている。

ピンク色の雲を見上げたら、どこからか悲しそうな犬の鳴き声が聴こえてきた。

ふわふわと漂うあの雲が流れて消えちゃう前に、私の本当の気持ちを探さなくちゃ。

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