「ポテトチップス」①
「ユウヤ、一緒に帰ろう!」
えっ…俺と?一瞬自分の耳を疑った。
1ヶ月くらい前の席替えで、ナツキは俺の前の席になった。俺とナツキはその日のうちにLINEを交換した。正直、女子とLINEできる日が来るとは思っていなかった。それは俺にとって今年一番の奇跡だ。ナツキとLINEでやりとりしたのはたったの三回だけど、俺はそれをスクショして大切に保存している。
普段ほとんど誰とも口をきかない俺に話しかけてくれる女子はナツキくらいだ。基本、俺は女子と目を合わせないようにしている。自意識過剰な女子に「何?」とか「きもっ!見ないでよ」とか言われるのが面倒だからだ。
女子の中でナツキだけは可愛いと思っていた。小さい顔に整った目鼻立ち、そしてサラサラのショートヘア。駅前で芸能事務所の人にスカウトされたこともあるらしい。可愛い上に明るくて優しいから、休み時間になるとナツキの周りにはいつも人が集まってくる。
今日も一人ぼっちで帰る俺を見かけて、可哀想だと思ってくれたのかもしれない。ホント、ナツキは優しいやつだ。
「俺は部活も何も無いからいいけど、ナツキ、部活は?」
「今日は部活サボっちゃった。たまにはいいでしょ。最近なんか調子悪いんだよね…」
ナツキはそう言うとラケットバッグをロッカーに立て掛け、ポケットから手袋を出した。
「片方貸してあげよっか」
「いいよ、っつーか入んねーよ」
「大丈夫だよ、伸びるから、ほら」ナツキは白い歯を見せてニッコリ笑いながら、手袋をびよーんと伸ばして見せた。
「そんなに言うなら…」俺は黄色と白の柔らかな手袋を受け取り手にはめた。ナツキのポケットに入っていた手袋は温かい。まるでナツキに触れているようだ。
俺とナツキは二人で校門の方へ歩きだした。女の子と二人で帰るのは生まれて初めてかもしれない。意識し過ぎているのか、歩く速さを合わせるのが難しい。
隣を歩くナツキの顔を初めて横から見ると、思ったよりまつ毛が長い。こんな至近距離でナツキの顔をじっくり見るのは初めてだ。日焼けした健康的な肌、リップグロスをつけた柔らかそうな唇。俺は思わず見とれてしまった。
前を歩いている女子三人がこちらを見て何か言っている。隣のクラスの奴らだ。こんな風に二人で歩いていたら、付き合ってるように見えるのだろうか。明日噂にでもなったらナツキに悪いな…そんなことを考えていた。
「…だからさぁ、意味わかんないよね?
ねぇ、ユウヤ、聞いてる!?」
「えっなになになに?もう一回言って」
「もう、どこから聞いてないの?」
「あ、いや、最初から、ごめん」
「ユウヤっていつもそうだよね。休み時間とかもさー、こっちが話しかけてんのになんにも聞いてない。いつも無視だもんね」
「えっ、えっ?俺に話しかけてんの?」
思わず聞き返してしまった。ナツキの周りにはいつも誰かがいて、その人たちと話してると思って俺はいつもスマホばかり見ていた。
「ごめん、何の用も無いのに俺に話しかけてくれてるなんて思わなかったからさ」
「ユウヤってなんか鈍いよね」そう言ってナツキは俺の背中についた枯れ葉を取ってくれた。
「そうかな、鈍いかな……あっ俺、公園抜けたらすぐ曲がるから。ナツキはコンビニの方に行くんでしょ」
「うん、そう。じゃあもう少しだけ一緒に歩けるね」
あともう少しだけ一緒に歩けるね…!?
俺は顔が熱くなった。心臓の鼓動がいつもより早く、大きくなる。やべードキドキしてる。
そもそもなんで俺なんかと歩きたいんだろう。もしかして俺に気があるってこと?
いや、待て待て、俺太ってるしイケメンでもないし、第一アニヲタだよ。林崎とアニメの話していたとき、ナツキに「ほんっと、アニメの話してるときだけは楽しそうだよね~!」なんて言われたこともあるくらい…
ってことはいつもナツキは俺のことを見て…いやいやそんなはずはない。落ち着け俺!
ポプラの葉が散り歩道に落ちて、夕日に照らされ辺り一面黄色く輝いている。サクッサクッ、踏みしめる度に乾いた枯れ葉の心地よい音がする。
「ユウヤ…私、ユウヤと一緒にいるとなんか落ち着くんだよね。」
「あぁ、そうなんだ。ありがとうよく言われるよ、ハハハ」
落ち着くんだよね、か。よくプーさんみたいって言われるしな。やっぱそうだよな。よくある話だよ。いい人だけど付き合うのは無理!みたいなね。あー変な期待して損したわ。
サクッサクッ…サクッサクッ…。なんだか枯れ葉のパリパリ感がポテトチップスみたいだ。
そう言えば…昨日俺の大好きなポテチのビッグバッグを買って部屋に置いてあるんだ。
しかも今日は金曜日。「愛すホッケー💜緑が丘女子!」の新作DVDがTamazonから届いているはず。早く帰ってポテチを食べながらDVDを観たい。俺は唾を飲み込んだ。
「ユウヤってさぁ、一緒にいるとすごく楽しいし、なんか…癒されるっていうかさ…
うまく言えないけど、すごく安心するんだよね…ねぇ!聞いてる?」
「……あぁ、うん」
風が吹き、枯れ葉が舞い落ちる。
サクッサクッ…サクッサクッ…。パリッパリッ…。脳裏にポテチのビッグバッグとアイスホッケー部のアミカちゃんの顔ががよぎる。
サクッ…サクッ…サクッサクッ
ポテトと塩と油の絶妙なハーモニー
あぁ、ポテチが食べたい。意識の中の俺の右手は袋の奥の分厚いポテチの層を感じる。
幸せの時間の長さを測る。二時間は大丈夫だろう。そうだ帰りにコーラを買わないと。500ミリのペットボトルを二本だ。
「私、ずっと二人で話したかったんだ。
ユウヤのこと好きだなんて、周りに人がいたら言えないじゃん。
もしかして…私の気持ちわかってた?」
「……えっ、わかってたってなに?コーラのこと?」
「コーラ?ユウヤなに言ってんの」
アミカちゃん、アイスホッケー部の先輩に嫌がらせを受けて部活を休んだところで終わったんだったな大丈夫かな。サクッサクッ…サクッサクッパリッパリッ…
口の中のポテチをコーラで一気に流し込む。ああ…もうダメだ。
俺は立ち止まってナツキの方を見た。
「どうしたの?」
「あっ俺、用事思い出したから帰るわ」
「えっ?ユウヤちょっと待っ…」
俺は家に向かって全力で走りだした。舞い上がる枯れ葉、いやこれはポテトチップスだ。そうだよ!俺の青春はアミカちゃんとポテチなんだ。待ってろよ!緑が丘女子アイスホッケー部!そしてポテチ!
息を切らしながら家の近くの自販機でコーラを2本買い、勢いよく自宅のドアを開けた。
帰ってきた俺に母ちゃんは驚いて
「ちょっと何なの?そんなに急いで」と言い、迷惑そうな顔で俺の顔を見た。
今は母ちゃんの相手をしている場合じゃない。俺はコートも脱がず、リビングに置いてあったTamazonの薄い段ボール箱をガッと掴み階段を駆け上がった。
落ち着け俺、アミカちゃんは逃げない、そう自分に言い聞かせつつも段ボールを荒々しく開ける。白い梱包資材の中から出てきたのは
『チークダンスは夢の中で』と書かれたDVD……
なんだこれは…。
そのとき、ドスドスと階段を上がる音がしたかと思うと、部屋のドアがガチャっと開いた
「ハァハァ、あんた、あたしのパク様のDVD持って行かないでよ。ハァハァ、今から観るんだから!」
手にざらめ煎餅を持った母ちゃんが、息を切らし、恐ろしい形相で俺からDVDを奪い取った。
その瞬間、やっと俺は自分の犯した過ちに気付いた。
ナツキを、公園に置き去りにして来てしまった。慌ててポケットからスマホを取り出すと一件のLINEがきていた。
「ずっとユウヤのこと好きだったんだ。
でも、私じゃダメなんだよね、きっと。
だからもういいや。またいいお友達でいてね😊」
「……そうか…好きだったのか…
えぇー!俺のこと好きだったの?嘘だろぉ~!?」
俺は力無く椅子に座った。
どうして、どうしてこんなことになってしまったんだろう。好きなら言ってくれればよかったのに。ああ、こんなときはどうしたらいいんだ、ググる?検索ワードは?
【告白 間違えて振る 初恋 】?
いやおかしいだろ。
LINEを返したいけど、そんな勇気、俺には無い。
あぁ、もうダメだ。俺には無理だ。
これはきっと生身の女の子と仲良くしようとした罰だ。
はぁーっこんなんじゃもう学校に行けないよ……
机の上にはビッグバッグがある。
そうだ、すべてポテチのせいなんだ。あの時ポテチを思い出さなければこんなことになっていなかった。
ナツキはどんな気持ちで帰ったんだろう。
公園に一人取り残されたナツキのことを考えたら、自分の馬鹿さ加減に腹が立って、悔しくて涙が出てきた。こんな俺に勇気を出して告白してくれた人を、こんな形で傷つけてしまうなんて。
椅子の背もたれにだらりともたれ掛かり、コーラの蓋を開け、一口飲んだ。
アニメを観る気分にもなれない。ポテチの袋を開けて机の上に無造作に置いた。本当はもうポテチを食べる気さえ失せていた。
だけど、何も思い出したくなかった。現実から逃げ出したかった。
何かで気を紛らわせなければ、壊れそうだった。
もうナツキはいない。
今の俺にはポテチとコーラしか残っていない。
乱暴に置いた袋から飛び出したポテチを力無く指でつまみ口元へ運んだ。
あっ、
俺は手を止めてそれを見つめた。
それは一枚の枯れ葉だった
「なんだ… 枯れ葉かよ…」
俺はゆっくりと枯れ葉を握り潰し、机に突っ伏して泣いた。
【続く】
この小説は、ミソ画伯が玄関に落ちている枯れ葉を見て
「ポテチだと思ったら枯れ葉だった…」
というシュールな一言を放ったことから生まれた物語です。ショートショートのようにまとめようと思ったんですが、不完全燃焼な恋愛小説にまとまってしまいました😅(人生初の小説なのでお許しを)
ご意見のある方は(文句でも何でも)是非コメント欄に残してくださいね💕
ここまで読んでくださった方、ありがとうございました☺️
この後も続きます😃