ラジオ局の閉局というものを思い知る
6月30日24時00分00秒 停波。
たまたま好奇心から合わせたradikoでこんなに泣かされるとは。
新潟のFM放送局「FM PORT」が6月30日を以って放送を終了、同時に閉局すると見聞きしたのは流し見していたネットの何かのニュース。確か3月末のこと。
そのときは特段何の気にも留めず「ふーん」と流し見していただけだった。何の気にも留めず。
それが6月30日、ふと開いたツイッターで目にしたどなたかのリツイート「~あと3時間~」
普段特に入りもしないのに「閉店」とあると気になってしまうそんな気持ちでradikoを合わせてみる。
「Many Thanks from FM PORT」
と題された番組。いかにも閉局を迎える特番という感じ。
FM PORTで番組を担当している人、担当した人が番組の思い出や閉局のへの想いを語っていた。そんな番組のナビゲータは遠藤麻理さん、松本愛さんという方らしい。
なんだこれ
すっげー面白い。
開局からを振り返ってとか、何かしんみりにおって来る「今までありがとうございました」感よりも、この2人がすごい勝手に伸びやかに、高笑いを響かせながら番組を進行させている。
もっとちゃんと聴いておけばよかった。コロナのおかげでradikoを使う時間は増えていたけれど、だいたい在阪局か東京のキー局でもいつも聞いている番組ぐらいしか聴いていなかった。そして基本AM。とはいえ、コロナで仕事もゴリゴリなくなり、毎日ぼんやりしていたのだからもっと聴くことができていたはずだし。3月末に見てたよ閉局って。
閉局。
考えてみれば、子どもの頃から、とにかく一週間をやり過ごして毎週楽しみ見ていたテレビ番組が終わるとかはいっぱい経験してきたけれど。
閉局。ラジオから声が聴こえない。
ラジオって、くるくる周波数を合わせるラジオなら動かさなければずっとそのままいつもの局だし、最初にサーチしてあとは勝手にプリセットされるとか、本当に良く聴く局は自分でプリセットする。プリセットしたボタンを押すか、押さなくてもただラジオやコンポの電源を入れれば、エンジンをかければ勝手に流れてくる。当たり前に。
それが明日からないのか。
ラジオが停波するとどうなるんだろう。
いきなり砂嵐になってしまうのかな?
何かつなぎの音楽が流れたりするのかな?
停波だからやっぱり砂嵐かな…。
ラジオの停波、閉局について特に今まで何も考えたことはなかったし、どうなるのかも経験したことがない。ただ、ナビゲーターの方がさらりと言った「明日の朝もうラジオないんでしたっけ」という言葉が引っかかる。担当だった人達は明日の朝も多分いつものように起きるんだろうな。
でも、そんな閉局特番は「私、横浜流星さんと結婚しますとか言えたらよかったよね」とか「ねぇ(今)何ページ? あ、私だね」とか、「あたし彼氏いないとか言ってない」とか「あたし達47なんだから」とか「あんた今日2回目だけど殺していいかな」とか。
閉局を惜しむリスナーさんのメッセージが読まれるけれど、「夫が閉局すればいい」とか、ラジオネームが「ふぐり」さんとか、リスナーさんのメッセージもなかなか。
FMといえばのなんかスタイリッシュな進行や音楽なんか全くない。深夜のAMを聴いているみたい。みんなFMらしいいい声だけど。
ただ、時間は刻一刻と流れてゆく。停波へと。
停波約30分前。お酒が入っていい心持ちのDJさんとかが出たり、「乳首」という言葉をしきりに電波に乗せたりしている。
約15分前。ナビゲーター2人の閉局への想いに。しんみり。ご贔屓さんでもないのに。
約10分前。
遠藤麻理さん「あと30秒となりました。私達がおはなしできることは」
松本愛さん「何か逆に時間いわれると胸がつまる」
遠藤麻理さん「そうだねー、はい。でも、最後はやっぱり、ね、愛ちゃん、私達は47歳でした」
松本愛さん「違います」
遠藤麻理さん「そうなの?」
番組終了。
えー。
そしてサイモンとガーファンクルの「明日へ架ける橋」とともに今まで番組にかかわったDJさん達のリスナーやFM PORTに送るメッセージ。
泣けてくる。すごく。ご贔屓さんでもないのに。
停波約1分前。
「JOWV-FM、JOWV-FM、こちらは新潟県民FM放送、FM PORTです。新潟79.0MHz、堀之内大和 87.9MHz、高田83.2MHz、以上各周波数でお送りしてまいりました。FM PORTは本日24時を以って閉局いたします。開局から19年と6ヶ月での閉局は大変残念ですが、これまで新潟県民FM放送、愛称FM PORTを愛していただいたリスナーのみなさまに、あらためて感謝申し上げます。本当にありがとうございました。JOWV-FM、JOWV-FM、こちらは新潟県民FM放送、FM PORTです。リスナーのみなさま、ありがとうございました」
声は最後の放送をしていたお2人のものだったので、多分生でのものだと思う。心の内は穏やかではないと思うし、最後の仕事としては辛いものがあるとも思う。
そして。
その後、砂嵐でした。radikoではほんとわずかに。そして切れた。
そして、番組欄には「放送終了」の文字。
次に配信予定の番組欄にも「放送終了」の文字。
そして今まで選局画面にあったFM PORTのロゴが消え、「データ受信エラー:再試行します」と
もはや無かったことになっちゃった。号泣です。radikoには余韻も何もないんだなと。
ラジオだと砂嵐の余韻と喪失感に包まれる時間があるのでしょうけれど、radikoにはそれがないんだなって知りました。
いまさらどんなDJさんたちが関わっていたのかなとHPを見てみたら、アドレスが「http://www.fmport.com/thankyou.html」となっていて「thankyou」はいいけれど、他のリンクは全くたどれない。なんだか哀しすぎる。そんなにきっちり仕事しなくてもいいのでは。
いや、きっちり仕事することが、担当の人にとって大事なことなのかもしれない。心が少しでも穏やかでいられるために。
そして何より、
翌日、多分地元で、電波を拾って聴いている人は、
ラジオの電源をつけると
車のエンジンをかけると
いつも流れていたはずの、聴こえていたはずの声が、日常がない。
それはDJの人にとっても、スタッフの人にとっても。
ラジオ局の閉局とはこういうものなのか。
サイモンとガーファンクルの「明日へ架ける橋」をどこかで聴いたらまた泣いてしまいそうです。
ありがとうございました。新潟県民FM放送、FM PORT。
またどこかで。