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4. ディジュリドゥとハミング
吹く or しゃべる
「2. 唇の作り方 - 唇をどうふるわせるのか?」の後半では、実際に唇を閉じた状態でマウスサウンドをしゃべる所まで実践しました。実はこの状態でマウスピースに唇をつければドローンの音は鳴りはじめます。
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つまり、一般的な管楽器のように息を吹いて鳴らすのではなく、声を使ってディジュリドゥを鳴らす。しゃべるように、唄うようにディジュリドゥを鳴らすというのが基本です。
でも、やみくもに好きなトーンでしゃべっていいわけではありません。ピタっと合うトーンでしゃべらないと不協和音になり、イレギュラーなビリビリした響きになります。
自分の楽器のドローンの音(基音)を「ド」としてとらえて三度上の音「ミ」のトーンでしゃべるのがハミングの音程です。
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ハミングは研究者が作った言葉
60年代にアボリジナル音楽を研究した大家Alice M. Moyleは、ディジュリドゥの演奏に関する分析で「ハミング」という言葉を用いていますが、その引用元はアボリジナル音楽研究者Trevor A. Jonesです。
オーバートーンの有無によって、ディジュリドゥの伴奏スタイルは次の二つに分類される。A-Typeは途切れることのないドローンの基本音の中に、ほんのわずかなピッチ変化でアクセントをつけるか、声を発して(「10度上のハミング」, Jones 1973)重ね合わせることで彩る。B-typeには前述のようにオーバートーンが使われる。
ここでのオーバートーンとはトゥーツのことです。以下のJones文章で は「ハミング」をリズムパターンを作る技術として解説しています。
吹いて鳴らされる基本音とハミングするようにして鳴らされる基本音の10度上の倍音が、最初の変化のポイントで聞かれ、次にアボリジナルの演奏者が練習でするように豊かなかん高い和音を管の中で生むビートを形成するように重ねていく。この和音を伴って通常の基本音が変化するということは、その和音が鼻から空気を吸っていない時に足されれば、それがリズム・パターンを生む別の手段になるという事である。
Jonesの言う「基本音の10度上の倍音」はディジュリドゥの基本音(ドローンの持続低音)を1オクターブ低く見積もってしまっているので、音楽的にとらえなおすなら「ドローンの3度上の声」であり、Jonesの「和音を伴って通常の基本音が変化する」という洞察は的を得ています。
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けれど、「和音が足されれば、それがリズム・パターンを生む別の手段になる」というJonesの目線は、「息で吹いて鳴らしているところに和音の声(ハミング)を足して違う音色を作る」という、ハミングを装飾的な技術としてとらえています。
これは以前に書いたコラム「2. ディジュリドゥの唇の作り方」で紹介したブラジルの巨匠エルメート・パスコアールのフルート演奏とかなり似通った発想です。
ぼくも伝統奏法を学びはじめた当初はJonesと同じアプローチで、息でドローンを鳴らしている中に、所々刻み入れるように和音の「ミ」の声を入れて鳴らしていました。
これはゆったりしたテンポでシンプルなリズムを演奏する場合には無理なくフィットするように感じたのですが、David Blanasiの演奏に見られるようなテンポの速い曲の中で細かくマウスサウンドを刻むといった場合には到底追いつきませんでした。
しかも、頭の中では常にドローンの音程「ド」とハミングの音程の「ミ」の2種類の音程が混在していて、マウスサウンドを2種類の音程でしゃべるという複雑なことになってしまうのでした。
このように、「ハミング」という言葉はTrevor A. Jonesがアボリジナルのディジュリドゥ演奏を研究・分析する中で生み出した表現であり、「3度上の和音の声を出す」という部分では的を得ていたものの、根本的に彼らの演奏を理解し、体感していたわけではなさそうです。
じゃぁ、ハミングって何なのか?アボリジナルのディジュリドゥ奏者たちはあきらかにハミングを使ってディジュリドゥを鳴らしているように見えます。でも、彼らはごくナチュラルにそれをやっているのであって、そのテクニックに取り分け名前が付いているわけでもない、というのが現実なように感じます。
そういう意味では、アボリジナルがディジュリドゥを鳴らす時に当たり前のこととしてやっているハミングを、ぼくらは教わらなければできない。その点において、「3度上の和音の声を出す」テクニックをハミングという言葉で表現したJonesは、ぼくたちがディジュリドゥ演奏を理解するための架け橋になっていると思います。
ハミングってなに?
では実際にディジュリドゥを鳴らす時のテクニックとして、ハミングをメタ認知していきたいと思います。ハミングを英英辞典で調べると「to sing without opening your mouth(口を開けずに唄うこと)」、つまり「鼻歌」ということになります。
文字通りのハミングをするとなると、口は閉じっぱなしにして鼻から声が出ることになります。その状態でディジュリドゥを鳴らすことはできません。つまり、ディジュリドゥ演奏に求められるハミングはいわゆる鼻歌とは違う、ということは注意すべきポイントじゃないかなと思います。
「3. 軟口蓋でフタをしてしゃべる」で説明したように、管楽器は軟口蓋で咽頭を閉じて息や声が鼻腔に入りこまない状態で演奏されるため、「軟口蓋で鼻腔への道を遮断した状態で唄うこと」がディジュリドゥ演奏に必要とされるハミングということになります。
軟口蓋を閉じた声
「ハミング=軟口蓋を閉じた声」と仮定すると、それは一体どんな声なのか?これは「3. 軟口蓋でフタをしてしゃべる」で詳しく書いたので、ここでは誰でも自然に「軟口蓋を閉じた声」を体感する方法を説明します。
一つは、「g」、「d」、「t」、「k」、「b」、「p」といった破裂音(閉鎖音)を発音することです。破裂音を組み合わせた簡単なマウスサウンドとして「Digu- Degeirra」をやってみてください。シンプルな「Ditu-」もわかりやすいです。
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「Ditu-」や「Digu- Degeirra」を唄っている間に鼻をつまんでもほとんど音に変化は起きません。それにより軟口蓋が閉じた状態をキープできていることがわかります。
もう一つは裏声で唄うという方法です。裏声を出す時、軟口蓋は閉じっぱなしになります。しかし、この二つのケース以外で人間が声を出す時は軟口蓋は開いています。
この二つのケースを実践することで、軟口蓋を閉じて声を出した時の響きや感覚をなんとなく理解することができるようになります。
ソングパワー / 声量があって一息が長い歌声
ディジュリドゥ演奏に必要な声「ハミング」をもっと一般化してイメージ的にとらえることもできるんじゃないか?そう考えた時に、一番最初に思い浮かぶのはアボリジナルのソングマンの歌声でした。
アボリジナルのCDをはじめて聞いた時、声のキーが高いのでオバちゃんが歌っているのかと勘違いしたほどでした。
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民族音楽の世界に目をむけると、言語や伝統を越えてアボリジナルのソングマンたちとどこか通じるようなものを感じます。
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そして、それは日本においても伝統的な歌謡の中に息づいているように感じます
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これらの唄い手は共通して、一息が長く、声量が大きく、マイクを使わなくても聴衆に届く声の力を持っています。声の扱いという点では、日本人にとってはお経、演歌、民謡、能や狂言の謡いのイメージなんかもナチュラルに理解できるんじゃないかなと感じます。
「南無阿弥陀仏」とか「南無妙法蓮華経」とか、自分がお坊さんになった気分で本気で唱えてみたら、普段の自分の声と違う感じがすると思います。この時声がどこに響いているのかを観察すれば、「ハミング」のヒントになるでしょう。
ハミングまとめ
ドローンの音を「ド」ととらえて「ミ」の音程の声で唄う
軟口蓋で咽頭を閉じて鼻腔から声が抜けない状態で唄う
声量があって一息が長い声のイメージで口腔共鳴を使った声質をめざす
ポイントはこの3点だけと考えると非常にシンプルですよね。パッとできることでもあり、実は現地のアボリジナルのディジュリドゥ奏者にとっても、この「ハミング」の技芸が一番の伸び代なんじゃないかなと推測します。と言うのも、前述のYouTubeの動画の歌い手たちのような声ですぐに歌えるようになるかと言うと、そこは長きにわたる鍛錬が必要なようにも思えるからです。
普通に上手なディジュリドゥ奏者と、マスターと呼ばれるほどの人とは何が違うのか?マスターと呼ばれるような人たちのディジュリドゥのサウンドは、パワフルで音量もあって、なぜかやわらかく心地よい。
舌の動かし方や唇うんぬんよりも、声に直接かかわっている「ハミング」の精度を高めることが実はプレイ感を圧倒的に変化させていくんじゃないかなと感じています。
しっかり「ハミング」でしゃべれば、より重く深く、しかもパワフルに鳴らせるようになります。アボジナル的演奏の一丁目一番地、彼らの演奏のベースになっているのが「ハミング」なんじゃないかと僕は考えています。
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