石原夏織 Water Dropレビュー。 書き出しはいつも大切な言葉
いつもありがとう。
昨日の僕はまた大げさなことを言っていたようだ、笑ってくれ。石原夏織本人による十分にして完璧な解説もあり、そんな中でもう誰かが書いていることもあるかもしれない。そんな中僕はできるだけ何にも触れず、どれだけ彼女の作品から受け取れたか示してみたくなった。なんとか発売日、そして彼女の誕生日に間に合わせたくて、再び稚拙な文章を垂れ流すことをお許し願いたい。それでは。
ここからは様々な主人公がそれぞれの人生を歩んでいくオムニバス映画のようにWater Dropという作品はできているという仮定のもと読み解いていきたい。
Blooming Flowerと双璧をなす誰にとっても大切な曲、Face to Faceによる幕開け。ソロデビューからスタッフやファンと共に歩み、1stライブツアーFace to FACEまで紡いできた関係性をアルバムの1曲目で高らかに宣言している。
フィービー・フィービーは「Feel Beam, Feel Beat」の意。このbeamはライブの光・演出のレーザービーム、beatは溢れ出す音・明瞭に刻まれるリズムのビートと素直に受け取ることができる。それが彼女のライブの魅力の一つであることは誰もが知っていることである。しかしBeamには表情の輝きという意味、動詞では輝かんばかりの笑みという意味もある。例えば”Her face beamed. 彼女はにこにこ顔だった”という例文がある。さすれば、フィービー・フィービーという曲は、”Face” to ”Face”、”Face” to ”FACE”を経たからこそ生まれた曲だと解釈できる。その信頼関係があるからこそ、怖くないよと楽しもうよと、挑戦的な楽曲たちへ一歩を踏み出す号砲となっている。
ここから2曲、夜という単語が出てくる曲がWater Front と 夜とワンダーランド。彼女にして珍しく低く、響かせるようなAメロから入っていく。ぐっと抑えて説明的なセリフを重ねる。溢れたらを「溢れた、ら…」で”ら”をこぼす歌い方。日本語の美しい表現だと思う。そして先行公開されていなかった後半セクションへ。間奏のピアノから続くDメロの背後でモールス信号のようにツーツー言っている音がタイムラプスで流れ行く全天写真の星空、天体望遠鏡のようなイメージを持っているのは00年代を生きた僕だからか…。「どうして二人は出会ってしまったんだろう」。階段を登っていく音のとり方、落ちサビにあえて乱すメロディ。音を変え、リズムを変えてリフレインするフレーズが後奏まで続き、彼女の歌声と耳の奥に残っている。停滞していた想いを「どんな道を 選んでも」と振り切って走り出す。激動の只中、夜とワンダーランドとの歌詞の繋がりも美しい。「希望や夢を持つこと」それがどれだけ難しいことか、知っている。終始ギターが気持ちよさげに彼女と掛け合うサウンドも見てみたかった世界の一つ。
orange noteにも携わったkz氏が贈り出すリトルシングに、視界がまた違った色に染まる。リトルシングでは幼い頃自分で描いた未来予想図を遂に実現しようと、歩み始める”私”を”私である”と認識していくプロセスが描かれている。これもまた、少女から大人の女性へと心が成熟していくもう一つの面である。そして夜とワンダーランドの夢に向かって走り出す姿を受けていると捉えることもできる。「恥ずかしくなるような失敗でさえ 誰かの心を溶かしてるんだよ」。ちょっとだけ歌詞に彼女を感じる。そして失敗ばかりの私への励ましの言葉。気持ちよく刻まれるbeatは、これからも素晴らしいステージ演出が石原夏織に授けられるという証明である。間奏できっと、スペシャルな映像演出が見れると思うとすでに胸が高鳴っている。
キミしきるという完璧なバラードへの減速も必要だ。Crispy loveは優しく大切な気持ちを胸の前でギュッと抱きしめるように、とても贅沢に、高鳴った気持ちを落ち着けてくれる。Crispy loveはラブソングだけれど、描かれる感情のゆらぎは僕らの石原夏織へ抱く情念によく似ている。「想いがいっぱい 積み重なって 壊れそう でも 大丈夫だよ キミがいいから ずっと」。この気持が恋ならば、僕はもうずっと、石原夏織に恋をしている。
Empathy -winter alone ver.-で実力を魅せつけた石原夏織が満を持して贈る純然たるバラード、キミしきる。Dメロの持ち上げ方、間奏の”歌う”ギター。ストリングスとピアノが歌手の感情を揺さぶり、共振して聞き手の心をも小さく、激しく揺さぶっていく。彼女の歌声を代弁するかのごとくクリーンなギター・ソロが美しく、エモーショナル。半音上げ、半音下げの00年代の作法が醸し出す空気。こうしてメロディと歌詞と切なげな石原夏織の声に引きずられてはもう息苦しさから逃れることが出来ない。彼女の燦めく歌声が優しく僕の首が絞めていく心地よさ。聴きたかったけれど、聴きたくなかった。これを聴いたら、逃れられなくなるから。
キミしきるがギュッと密度を濃くした空気を振りほどくためには、もう一つの圧倒的な才能を解き放つしかない。1音1音の個性が強いビッグバンドの中でも燦めきを失わない石原夏織の歌声を味わえるのがDiorama-Dramaだ。実はさり気なく混じっているストリングスが、ブラスの強い印象を和らげている。(正直なところ)かなり癖が強いTEMPESTに向けて、落ち着いた雰囲気を振り払って再加速するために必要なエネルギーをチャージする。「嘘つきなDiorama」「虚構だらけの街」から「目を覚ます」のだ。
ここまで9曲をかけて新しい世界を歩いてきた石原夏織と僕らは新たなスタート地点に到着する。ここからはまたいつもの私たち。新しい世界も楽しかったでしょうと笑い合う。SUMMER DROPの裏打ちのベースに自然と胸が高鳴る。水の音・波の音のSEに遊び心すら感じるのに一点の曇りもない完成された音の厚み。これだけ明るくて楽しいメロディなのにどこか寂しい夏の夕暮れのような空気を胸いっぱいに吸い込んで只々切なくなる。落ちサビの伴奏でカットオフを触っているのは僕が好きな盛り上げ方。メリハリが美しい。そしてここでも歌詞に出てくるのは「届け Happy Beam」。フィービー・フィービーの”Beam”と”Beat"を石原夏織はアルバムの中で見事回収して魅せたのだ。これが「偶然って 必然に つながったドア」なのかもしれない。感じてるよ、届いてるよと、熱くなった心で応えたい。
アルバム最終曲はPage Flip。「シングルFace to Faceのジャケットは1stライブツアーのプロローグ映像に繋がっていて、手帳にライブの予定を書いているところだったんだよ」とオンラインイベントで明かした石原夏織。手帳に書き込んだ予定、共に走り抜けたライブツアーが終わり、時は流れ夏。新しい「Happy Days」を描くべく、ページ捲った先のお話。「書き出しはいつも大切な言葉」それが”ありがとう”なのか”大好き”なのか、”会いたいよ”なのか。それはきっと人それぞれ、きっと、石原夏織本人にもあって、それはそれぞれの言葉を記せばいい。言葉にしないからこそ広がる未来が見える。
2ndアルバム Water Dropは曲順や歌詞に相関性を探すことが楽しかった。音楽的な挑戦もさることながら、一枚のアルバムを通して、様々な言葉で一つのメッセージを伝えようとしていたように感じた。
1.Face to Face
2.フィービー・フィービー
M1~2にはいつもの聡明で朗らかなまっすぐな石原夏織が。
3.Water Front
4.夜とワンダーランド
ここでは夜というテーマに沿って、歌唱力・技巧的に物語を紡いでいく挑戦が。
5.リトルシング
6.Crispy love
ライブでの評価が高かったCrispy love、そして最高の演出への期待値が(僕の中で)高いリトルシング
7.キミしきる
その歌声を武器に満を持して挑むバラード
8.Diorama-Drama
9.TEMPEST
個性の強い音や楽曲に負けない石原夏織にしか出せない歌声
10.SUMMER DROP
11.Page Flip
こうして試行錯誤・挑戦してきたアルバムを「楽しかったね」と笑い、「これからももっともっと楽しいことをやろう!」と手を取り合う。集合地点がSUMMER DROPと、Page Flip・・・。
僕たちはこうして歌詞の小さな言葉尻を掴んではああでもない、こうでもないと”フカヨミ”をして楽しんでいる。改めてアルバムをさっと見渡すと、1曲1曲の完成度もさることながら、それに合わせて変化する石原夏織の歌声、そしてこれほどのたくさんの物語を一つにまとめてしまうトラックリストに笑ってしまうくらい感動した。
最後に特に僕が好きな新曲を書いておこう。Water Front、夜とワンダーランド、キミしきる、SUMMER DROPの4曲だ。見たことのない石原夏織がたくさん詰まっているWater Front。「半透明の世界で」以来の激しい疾走感を感じる夜とワンダーランド。正統派バラードでありつつも石原夏織の内外面の魅力を最大限に引き出し、魅せてくれたキミしきる。おかしくなるくらい楽しいのにどこか切ないSUMMER DROPは感傷的な気分が夏という季節・思い出を想起させてくれる。
きっとこれからみんなで紡いでいく新しい1ページも、書き出しはいつも大切な言葉。
そして誕生日おめでとう。夏織ちゃん。
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