一旦やめて帰った
大切な友人の誕生会の帰り、音楽を聴かずに歩いた。
小学3年生のころには音楽プレーヤーを持って、どこに行くにもイヤホンあるいはヘッドホンをつけていた。音楽なしに歩くのは自分にとって、心もとなく、退屈で、不愉快である。音楽を聴いている間は、自信がつき、楽しく、豊かである。そのような考えで生活していた。
ある日、”明らかに音楽を消費している”という感覚を覚えた。「ある日」とは言ったが、実際にはアナログなツマを回しながらなだらかにピントが合わなくなるという感覚が近く、その閾値の超過をある日突然に言語化できたという意味だ。音楽に対する有難み、貴重さ、そこから得られる毎音楽を一音も聞き逃さず楽しもうというリスペクトの欠落。
要は当然のようにfeedされる音楽への慣れ。景色のように日常に溶け込み、「とりあえずしょっぱいから美味い」くらいの解像度で大味にて満足している自分。
自覚しながらも長年の習慣となっている「移動中に音楽を聴く」はなかなかやめられなかったが(当然音楽自体も好きで聴いていて、楽しんでいる自覚もある)ふと気まぐれで音楽を聴かずに帰った。
音楽を手離してみると、不思議と自分と似た人を探すようになる。
つまりイヤホンを挿さず、携帯を見ない人。
何も驚くべき事実でも何でもないが、現代人、文字通り皆スマホを見るかイヤホンを差しているのだ。そこそこの強度の目力で目先の女性を見つめてみても気づかない。目の前の画面に夢中である。
この小さな画面がない時代、人々は一体どこを向いて電車に揺られ、目的地まで体を運んでいたのだろうか。
直感的にいつもと毛色の違う「豊かさ」を抱いたあたりで、ある種の”優越感”を抱いてしまう自分自身に気色悪さを抱いた。たとえば”小さな画面”を手放して”広い世界へ”目を向ける、というプリミティブ信仰な説法が成立しそうではあるが、小さいと形容したその画面は目に見える情報よりもよっぽど豊かに社会を映し出している。それは定量的な意味でも、定性的な意味でも。
事実、自分自身小さい画面に張り付いて恩恵を受けてきた一人だし、人には言えないスクリーンタイムを更新することなど珍しくない。よくインターネットを”仮想”と表現することがあるが、たとえ小さな画面に張り付いていた間に流れゆく時間も、自分にとっては紛れもなく命を削った時間、すなわち”現実”なのであった。
とはいえ、「音楽なしに歩くのは自分にとって、心もとなく、退屈で、不愉快である」というかつて自分の中にあった(そして今もなお続く)考え・原体験は上書きの余地が十分にあった。
「音楽を聴かない」というだけ。
それだけで、均一に張られたのぼり階段の古びた標識の角が破れていることも、その脇にぐしゃぐしゃに捨てられた切符の存在も、ホームの柱に張り付いた数字の意味について思考を巡らせることもなかったのだろうという体験は、少なくとも自分にとっては衝撃が大きかった。体験の引き算で、非日常を味わえるというのはお得な感じだ。
例えば、階段脇にアディダスの黒い布マスクが落ちている。おそらく安くはないし、少なくとも自分がつけている不織布のマスクよりは貴重だ。そしてこの貴重なアディダスマスクを駅の階段に無造作に放っておかれる状況の必然性について考えてみる。急いで落としたのか、酔っぱらって落としたのか、あるいは彼彼女にとっては価値などなく、ただ使い古して捨てたのか。その辺の落とし物にあっても、このようなナラティブの余白を持っている。
そして音楽の代わりに、自分の足音を聞いて帰った。
普段しないくせにわざわざいろんなものに注意を向けて歩いた。ただの足音にも性格がある、とわかった。一音一音を大切に読み上げる朗読のように、確かに景色を味わいながらゆっくり踏みしめているこの音。自分の足音は好きだ。そして、乾いたアスファルトと靴のかかとをすり減らして、足早に鳴る音と重なる。最寄駅の階段で自分の後ろにいたはずの女性の足音と重なる。身体を追い抜かれる。足跡が遠のく。
そして今、久々に文章に起こしたいなと思い、今に至る。
普段は手に届きやすい言葉を多用していたことに気づいた。コンビニエンスな言葉、きっといつも150㎝くらいの棚の最前列にある、埃の代わりにたくさんの垢がついた言葉ばかり使っていた。久々に思い出したように引っ張ってきた梯子を登って一番上の棚の奥にあるような言葉を引っ張り出して使うような、そういうのも自分にとって大事にしたい。
今回はたまたま「音楽を聴かない」を引き金に(そしてその前に大事な友人の誕生日を祝えた、という稀有な幸運もあり)踏みなれた道ではない道の楽しさを知ったのだだと思う。なにかをしない、というのもいいものだな、と月並みな感想だが、まあそうである。