それはね
移植1回目が着床せずに終わって、私は家のダイニングの椅子に座ったまま泣いていた。
まだ、始まったばかり。
1回目からうまくいくほど甘くない。
そう思って望んだハズなのに、涙が溢れてとまらない。
普通の妊娠と違って、顕微授精の場合、移植前に今回移植する受精卵の写真を見せながら、培養師が受精卵のグレードやこれからの移植について説明をしてくれる。
医師から私の子宮に受精卵が戻されると、今、まさに命がお腹の中に入れられたんだと意識せざるを得ない。
私のお腹に入れられた命が、私の知らないうちに身体の外に出ていってしまったことが悲しくて、私は泣いていた。
私の嗚咽が一段落するのを待って、
ダンナ氏がそっと聞いてきた。
「何でそこまでして子どもが欲しいと思ったの?」
責めている声ではなかった。
ただ泣きじゃくる私をそぉーっと手の平で掬うような、そんな声だった。
【お互い、子どもは好きだけど、出来なかったら出来なかったで、治療とかしないで夫婦2人の生活を楽しむことでいいよね?】
その約束が彼も引っ掛かっていたのだ。
「何か心境の変化でもあったの?」
私がゆっくり言葉を紡ぐのをジーっと待っている気配がする。
私は、ゆっくりと息を整えて、ダンナ氏を真っ直ぐ見て言った。
「あなたと子育てをしたら、きっと楽しいと思って。」
ダンナ氏はちょっと意外そうな顔をしていた。
そして、「そっか」とポツリと言った。
私が友達と競っているんじゃないかと心配していたみたいだった。
周りが、どんどんママになっていくのをみて、私も!みたいに競争してる気持ちになっているのかと思ってた。
競争に負けて悔しくて傷ついて泣いているのかと思っていた。
そうダンナ氏は言葉を続けた。
確かに私は相当な負けず嫌いだ。
でも、子どもの事は違う。
愛するあなたと子どもを育てたい。
きっとあなたはいいパパになる。
子どもと遊び、必要な時にはちゃんと叱れるパパに。
「結婚した時より、今の方があなたのことが好きなの。結婚以来、ずっと右肩上がり」
私はなんだか中学生の頃みたいな、駆け引きのない恋心を打ち明けた。
私のそんなウブな告白をダンナ氏は黙って聞いていた。
普段はよくしゃべるくせに、肝心な時には何も言えない。
そんな不器用なところも結婚してから、好きになった。
私のウブな告白はじんわりダンナ氏に染みたようだ。
大丈夫…
この先もこの人と一緒にやっていける。