ファイナル公演を終えて。バンビPを変えたブランフェス夏樹。

担当全滅も覚悟していたら、全員集合。歓喜と熱狂のファイナル公演もアーカイブを終えながらなお余韻を残している。いや、ホントに未だに残ってるのよ。

ノワール蘭子さんが話題をかっさらっている今、少し時間を戻して「ブランフェス夏樹」の話を改めてしておきたいなと思います。衣装やセリフの考察ではなく、自分自身に起きたプロデューサーとしての変化についてです。

端的に言うなら、肩の荷が降りた。もっと大袈裟な言い方をするなら。呪いが解けた。本音でしょう。間違いなく。

予約が始まってから即断即決。千葉公演の円盤を買いました。2日間輝いた夏樹を残しておきたい。その一心で。

しかし、千葉公演を終えた時点での自分の気持ちというのは、必ずしも晴れていませんでした。ロキエモの凄みこそ感じられましたが、それは後のトワスカをもって完成するものだったし、JttFの伝説だってそう。多田李衣菜さん、ここは青木瑠璃子さんと書くべきか?とにかくだりーの存在があって、夏樹と安野さんのパワーも引き出されていきました。

一部のRtBのプロデューサーさんからは大きな反感を買いましたが(その現場をタイムライン上で目にし、私はたいへん反省しました。アレは私の責任です。直接お会いしてお詫びしたいとさえ思う)私は当時「このままでは木村夏樹はダメになる」と本気で思っていました。夏樹に、自分で道を切り開ける力はないと思っていました。

私にとってのシンデレラの媒体はデレステが99%でしたから、選挙の結果とかSSRの枚数とか。あとから「例の大阪公演」の話も知りましたし。とにかく様々な面で絶望とともに「藤原肇のPとして生きてりゃいいんだ」と本心を隠して過ごしていました。ちょうどレッドソールだとか竹湯呑とか、肇さんがプッシュされてた時期で。もうそこで「夏樹Pとしては寿命だ」と諦めていたわけです。

過去を遡っていただければわかると思いますが、私は「木村夏樹のSSRはしばらく出ない」と断言しています。ノワール李衣菜にかけろとまで記しました。だりーのブランは、リフレインだったのにね。炎陣の仲間たちのSSRが出てようやくワンチャンある程度かと思っていました。

無観客公演が決定し、感情を失っていたところ、そのシルエットが現れたのです。

それからというもの、私は他のアイドル達に与えられた機会を「素直に受けとめられるように」なりました。ブランフェスの夏樹に救われたからです。すんでのところで、希望が繋がったのです。トワスカのランクインもそうだし、友人激推しのU149の展開もそう。もしあのシルエットが夏樹でなかったら「おいSSR来とらんぞ」という怒りに支配されたままだったかもしれない。アンロックのパフォーマンスにだってあんなに感動しなかっただろうし、alwaysの歌詞にひたる余裕もなかったでしょう。

長々と書き連ねてしまいました。
確実に言えることは。
夏樹のフェス限が来てくれたから、自分は今でもシンデレラを好きでいられるということ。全部あの1枚が変えてくれた。気を楽にしてくれた。総選挙の予選突破は厳しいかもしれない。でも「圏外に実績がなかったブラン」という期待さえ許されなかった奇跡を夏樹と安野さんが実現してくれた。だりーが居たらダメになっちゃうとか、夏樹には人気がないとか。そういうことばかり考えて刺々しかった自分を、丸くしてくれたのはブラン夏樹です。

ただ…
こいかぜ、あらかね、トワスカ。皆さんのソロでの晴れ舞台を何度も見返したからこそでしょう。

ロキエモをききたいし、2曲目が欲しい。炎陣でも新ユニットでもみられない景色がその願いの先に待っていると思っています。