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○○の手習い

人生八十年、の半ばを過ぎたあたりから、まだあと半分もあるのならやりたいことはとりあえずやってみよう、となぜか急に思い立つようになった。
例えば、ずっと開けてみたかった軟骨ピアスを開けること。この時点でピアス自体はすでに左右合わせて四つ開いていたが、すべて耳たぶだった。軟骨に開けた今でも、できればもう一つか二つ増やしたいと考えている。
例えば、賃貸を離れて家を買うこと。
例えば、猫と一緒に暮らすこと。

今日の本題である「大人になってから克服したもの」も、そのうちの一つだ。
それは、バイオリンを習うこと。
もっと正確に言うのなら楽器、音楽を誰かに習うこと、だ。
わたしは子どもの頃からずっと、これが怖くて仕方なかった

 歌うことは好きだった。
音楽を聴くことも好きだった。
ピアノを弾くお隣のお姉さんに憧れたり、多分、課外授業か何かだったのだろう。オーケストラで演奏されるバイオリンを素敵だなと、思ったりもした。
少なくとも幼稚園のお遊戯や、リコーダーや鍵盤ハーモニカを触り始めた頃は音楽は純粋に楽しいものであったし、学校の授業だってそんなに嫌ではなかったはずだ。
でも、ある時を境にわたしは音楽の授業が怖くなった。
誰かに音楽を教わることも、人前で演奏したり歌ったりすることも怖くなった。

一つ目には、親に「バイオリンを習いたいな」と言った時だ。
正直に言おう、それほど真剣ではなかった。
それ以前に「ピアノを習いたい」と告げた時、大きな楽器は家には置けない、とか何とか親に言われたのだったと思う。あるいは、ピアノは高いから、であるとか。
ならばピアノより小さいバイオリンなら、という安直さと、バイオリンが弾けたら格好いい、という単純な気持ちで告げたのは確かで、でも、その時に母から「最初からきれいな音が弾けたらいいわよ」といなされた。
今なら絶対、まったく、これっぽっちも、傷つきもしない科白になぜか小学生のわたしはちょっぴり、それでいて何十年と経っても忘れられないくらいにはショックを受けたのだ。

二つ目には、小学校高学年の時の担任の一言だった。
特にこれが決定的な出来事となって、それ以来音楽の授業、というやつが嫌いになった。
彼女はそもそも、音楽の教師だった。
わたしの通っていた小学校には学年音楽会、というものがあり、そこで一番うまいクラスは学校の代表として市の主催する音楽会に出場することができた。
そして彼女は、自分の担当するクラスを出場させることに並々ならぬ野心があった。
そのため、担当する楽器に複数の希望者がいるとオーディションとなった。
当然だけれど鍵盤や木管や、目立って尚且つ人気となりやすい楽器はピアノを習っている子たちが有利だったし、彼女はそういった子たちを当てがった。
それでもなんとか、スポーツで言うのなら補欠くらいのギリギリでオルガンをゲットしたわたしに、彼女はこう言った。
「あなたは楽器を弾いても音痴なのだから、本番では(ピアノを習っている)クラスメイトに任せて弾くふりだけしていればいいわ」
……いや、小学六年生の児童に担任教師が言う科白ではない。
今なら大問題になりそうな発言だけれど、まあ特に問題にはならなかった。
当時のわたしが笑って誤魔化して、ひとりで泣いていたことを母しか知らないからだ。
その母にも、成人したのち「もう忘れたら?」と言われたわけで、我ながら執念深いとは思う。
だけれど、音楽を専門とする「教師」に「楽器を弾いても」音痴だというレッテルを貼られて平気な子どものほうが少ないのではないか。だって、それって、つまり先生は普段、歌ったりしているわたしに対しても「音痴だな」と思っていた、ということだ。
悲しいかな、そこまできちんと言葉の意味を汲み取れる子どもだった。

以降、音楽の授業のみならずカラオケでもなんでも、人前で音楽を披露することがずっと苦痛だった。
授業でリコーダーのテストでもあった日には最悪だ。
合奏ではちゃんと吹けるのに、家ではきちんと吹けたのに、皆の前で、先生の弾くピアノの横でいざ、と思うとなんともならなかった。
そうしてどんどんどんどん苦手になっていく、悪循環を克服できないままわたしは大人になった。

でも、音楽そのものはずっと好きだった。
やっぱり、楽器を弾ける人は素敵だなと思った。
音楽を、楽器を演奏することを嫌いなままで終わるのは悔しかった。
そんな気持ちはずーっとあって、そんな時にとあるゲームに出会った。

www.gamecity.ne.jp

元々、コンシューマーでいくつかシリーズの出ている、大好きな作品だ。
音楽科のある学校に入学した主人公が、バイオリンと音楽を通じて仲間に出会い、恋をし、青春を満喫する。
いわゆる乙女ゲーム、というジャンルのソーシャルゲームがリリースされた(そして現在、サービスは終了している。あしからず)。
コンシューマー版の頃はまだ学生だったり、社会人としても新米で、時間的にも金銭的にも楽器を習うなんて到底無理であったし、ましてやわたしにかけられていた呪いは健在だった。
色んなことが落ち着き始めて、なんとか余裕のでき始めたタイミングでスマホ向けゲームとしてリリースされたこと、親しい友人たちと揃ってハマれたこと、はちょっと大げさな表現かもしれないけれど、ご縁だったのだと思う。

バイオリンの価格に慄いたり、案外お教室が少ないことに驚いたりしながら、大手の個人レッスンに体験申し込みをしてから、一年と少しが過ぎた。
音痴、というかリズム感はやはりないし、苦手意識を抱えたまま来てしまったので楽譜を読むのにも四苦八苦している。
週に一度、できなければできるまで宿題として持ち帰り、できたらめちゃくちゃに褒めて貰える。そんなレッスンを続けてようやく、楽器を習うこと、間違えること、できないことは多分わたしが思うよりも恥ずかしいことではないのだと気づけた。
勿論、先生にとってのわたしはお客様だ。
この年で始めたバイオリンなんてプロになれるわけでもないし、なりたいわけでもない。
でも、週に一回30分。少しでも前回よりできていれば褒めてくれる、できなくても励まして、どこが駄目なのかと向き合ってくれる。
大人になるとシンプルに褒められるということがなくなるため、仕事とも、普段の趣味とも離れた場所でそういう経験ができるのが嬉しい。
それと、バイオリンケースを背負っているだけで何となく、周囲から「あの人、バイオリン弾けるんだ……」と思われるのもちょっぴり自己肯定感が上がる(全然弾けない)。
発表会に出るかどうか、という点については、まだそのレベルではないということを横に置いておいてもまだ勇気はないけれど、それはそれでいいのかもしれない。

 

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わたしの相棒

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