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タルトゥの壁を楽しむ

エストニアのタルトゥの街歩きはいつも私の目を楽しませてくれる。
ほとんどの日本の皆さんは、エストニアに行くということは、イコールタリン日帰りか1泊、フィンランドのヘルシンキから2時間のクルーズでエストニアに「立ち寄る」のだ。観光客にとってはタリンは行きやすい便利な場所なのだから納得である。

だから、自ずとタルトゥに来る観光客は圧倒的に少なくなる。タルトゥという街はエストニアで2番目に大きな街である。首都のタリンが43万人(2018年)で、タルトゥは9万3000人(2018年)だから、タリンがどれだけ2位のタルトゥに比べて大きな場所かわかるだろう。ちなみに人口は130万人ほどなので、国内のおよそ30%の人々がタリンに住んでいることになる。(2021年)。
タリンから別の地域に行くことを勧めているのは、けしてタリンだけがエストニアの顔だけではないからである。

タルトゥは、タリンから南におよそバスで2時間半、エストニアの最高学府であるタルトゥ大学が街の中心に鎮座している、エストニア中の頭脳が育つ街なのだ。旧市街は、残念ながら戦争で半分を消失してしまったから、現在は残った半分が旧市街として存在している。だから旧市街はタリンに比べるとだいぶコンパクトである。
5年に一度行われる合唱祭はタルトゥ発祥であり、南エストニア出身の友人に言わせると「エストニアの文化は南から発生するんだ」と、まるで南エストニアの方が文化的には優れているかのような発言も聞いたことがある。

そんなタルトゥは筆者がバルト三国に行くと必ず滞在する場所だ。理由は、パートナーの故郷であり、義母の自宅があるためである。
義母の自宅はタルトゥ中心からバスで20分程度離れた旧ソ連の時に建ったアパートだった。このアパートは義父が2019年に亡くなるまで家族がずっと過ごしてきた場所だった。1970年代のソ連時代、ソ連崩壊、エストニア独立回復そしてその後もずっとだった。
このアパートはソ連が崩壊したあとは義父、義母の仕事、家族の人数などから算出され、それまで支給されていたアパートを政府がチケットのようなものでさまざまな財産を国民に配分したのである。その際に彼らが手にしたのはソ連時代に与えられていた郊外に作物を作るダーチャ(市民農園)と住んでいたアパートだった。
私にとって、義父母が古いアパートに住んでいることはソ連時代にどんな間取りに住んでいたか、どんな場所で多くのソ連の国民が生きていたのかを知ることができる興味深いものでその貴重な経験を楽しんでいた。その後、義父も亡くなり義母だけが住んでいた。
アパートは独り住まいには広い物件だったので、現在は賃貸物件として保有することになったそうだが、2年ほど前にタルトゥ中心に程近い1LDKの真新しいコンパクトなアパートに義母が住むことになった。それまであったたくさんの荷物はほとんど廃棄してしまい引っ越したとたまに悲しそうな顔をしながら義母は話す。日本だと「終活」という言葉がふさわしいような気がする。

だから、滞在するときはアパートのリビングのソファーに寝かせてもらっている。幸いなことに私はどこでも寝ることができる恐るべき才能を持っているため、寝心地には満足している。何よりも、近年は物価高騰しているため、滞在費用を出す必要がないので、義母のアパートの存在だけでありがたい。
そして、新しいアパートというものがどういうものか知ることができ、ありがたいことに経験値としては上がっている。

最近は筆者の活動がエストニアだけではなく、ラトビア、リトアニアまで行くことが多くなり、以前と比べてタルトゥに滞在する時間は少なくなりつつあるが、それでも拠点はタルトゥなのだ。
もう、この街のほとんどの観光スポットは行っているので、タルトゥにいる間は、友人に会うか、買い物に行くか、散歩するか住むように過ごしている。
そして、タルトゥは面白いものがたくさんあるので退屈しない。街の方針なのか、中心に近い街にはビルや集合住宅の壁はアーティストの作品が多い。中には落書きかと思われるものがあるが、それも含めてまるで外の美術館だ。

前述した通り、タルトゥは文化や学問に熱心な人々が住む地域だと、個人的には感じている。そういう風土だから、街をより楽しく絵画で彩ることに寛容なのではないかと感じている。

消火栓のような設備に描かれた絵
「今日(täna)を大事に」という活動のために落書きされたらしい
アパートの建物を活かした力作
白樺が映えるアパートの壁

基本的にはこの街にいる間は、徒歩で移動するのだから、よりたくさんの魅力的な情景を発見できるのが、タルトゥの味わい方だ。
バスや自転車の速さも好きだが、ゆっくりと歩くとまた新しい発見があるのも街の歩き方なのではないだろうか。もしも、タリンやタルトゥそれ以外の街にあなたが歩く機会があれば、建物の色づかいや、落書きなど細かい場所を発見して楽しんでみてはいかがだろうか。


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バルトの森
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