お台場合衆国幻影探究⑤ -舌鼓-
《チリーン………チリーン……》
ネプリーグメンバーが全員去ると、すぐに日が沈み、あたりは闇の静寂に包まれた。
──はずだった。
《チリーン………チリーン……チリーン…》
幻聴だろうか…。いや、確かに聴こえる。
《チリンチリン……チリーン……》
夜空の向こうから、ちいさなベルのような、か細い音が聞こえるのだ。
旧友の声よりも聴いたような、いま人生で初めて聴くような…。
不可能かもしれない………でも、すごく大切な誰かの願いを、強く、哀しく、訴えかけるような、音色。
オーダー……
しゃがれた声だ。こんな声では歌は唄えなかろう、しかしダンスはうまく踊れよう。バンダナを巻いた上でないと帽子は被れなかろう。一旦整理しよう。
声の主の顔が浮かんだ。
そうか。誰かが、作ってほしい料理を必死に訴えているのだ。夜空ノムコウから。
そうとなれば、首に色鮮やかなバンダナを巻いてコック帽を被るほかなかろう。BISTROだ。
吾郎ちゃんが好きなので青いバンダナを巻いた。草彅剛容疑者の黄色と香取の緑色、なんだか逆だよなといつまでも思う。草は緑という雑な共感覚と、仮装大賞唯一の若人間こと香取の肌が黄色いせいだろう。キムタクの赤いバンダナを巻いてしまうと、一人だけ腕まくりしないといけなくなって、恥ずかしい。
《チリンチリンチリン…》
洋食か和食か中華かビーフかチキンか。料理の腕前に自信はないがやるしかない。
オーダー………………………………
来い!
チーン!!!!!
!?
チーン!チーン!
何だ…!?
はい 池田先生!
水は水に浮きます
ホンマでっか!
知だ。
これは知だ。すぐに判った。
"知"が流れ込んでくる。
奇妙な感覚だった。知とは本来目に見えないはずのものだ。しかし明らかにここには在る。つい先程までと比べ物にならない知識、論理、思考、形容しがたき『聡さ』──そういうものが明確なる質量と質感を伴ってここに渦巻いている。そして、この空間中に弾け飛び出す時を今や遅しと待っている。
チーン!
そしてこの音はオーダーのベルじゃない。カウンターベルだ。🔔じゃなくて🛎️だったのだ。
気づくとホンマでっかTVの専門家たちが、スタジオの陣形を自らうろ覚えで組んでいた。池田先生と武田先生の位置が逆だったり、澤口先生が完全に後ろを向いていたり、植木先生のマスカラが5㎝手前の空間に浮いていたりなどしたが、全員信じられないぐらい姿勢が良い。
はい 門倉先生!
五郎丸の手を模した塔を建てた場合その塔の免震費用とメタモンの間に生まれる子供はISTJなんです
ホンマでっか!
ベルが響くと、お台場を浮かべる東京湾の水面を跳ねている魚のように、"知"がそこら中で跳ね返る。あの魚は、決して興奮ゆえではなく、東京湾の汚水に潜む寄生虫を体から振り払うため、つまり現状に耐えかねて跳ねている。
チーン!
はい 武田先生!
来年、人が暗さに完全に慣れます
ホンマでっか!
奇しくも魚と同じように、"知"は、興奮ではなく、専門家の脳の中に抑圧された状況に耐えかねて、世界中に解放される時を待ちかねて、跳ね交っているのである。
チーン!
はい 重田先生!
「恐竜」と「文字起こし」の語源は同じであるという説と違うという説があります
ホンマでっか!
さんまの犬歯が鈍光を放つ。貴方はさんまの〈犬歯〉を今まで見たことがおありだろうか。
本当かどうか、疑うことしか知らないさんま。確かに疑念は知性の土台だ。疑うな、とは言わない。あるいは、専門家の言葉通りに世界が動くと決まっているなどと嘯いてイルミナティ・カードを切るつもりもない。しかし土台を放り込みすぎてもそれは単なるゴミの塊となろう。なにしろ此処は夢の島ではない。台場である…。
はい 澤口先生!
ブックオフ、全部違法
ホンマでっか!
めくるめく"知"の螺旋花火に、さんまは水を差しつつあった。
ホンマでっか!ホンマでっか!
繰り返される真偽を確かめるだけの単純作業。モダン・タイムスのチャップリンを気取っているのか?私は貧乏ゆすりを止められない。
ホンマでっか!ホンマでっか!ホンマでっか!ホンマでっか!ホンマ!でっか!でっかホンマ!ホでンっマか!でホっンかマ!でっかホンマでっか!ホンホンホン!ホンマン!チェ・ホンマン!チェ・ホンマン!でっかチェ・ホンマン!チェ・ホンマンでっかい!これはホンマ!チェ・ホンマンがでっかいのはホンマ!ホンマにでっかかったチェ・ホンマン!多分大丈夫なのは分かってはいるけどいつおかしな挙動を始めるかがわからない感じずっと怖かった!みんなスタッフとかがチェックした上で地上波に流してるから大丈夫なのは分かってはいるけど怪物くんの最中とか今にも平気で暴れ出しそうな感じ正直ずっと恐怖していた!言葉が通じたのか通じなかったのかうろ覚えだけどそういう言語でコミュニケーション取れることが確約されてない感じ地味にすごい不安だった!来ないでほしいチェ・ホンマン!近所に来ないでほしい!でもその秘めた恐ろしさや危険な雰囲気が役とうまく合っていたのかもなあ!
刹那。
チーーーーーーーーーーーン
全員が一斉にベルを鳴らした。
全員、ずっと立っていたのだが、今初めて自分の足で立ったみたいな顔をしていた。
もう夜が深いので、さっきからずっと懐中電灯でしゃべり出す人の顔面を照らしているのだが、ここでは代表して武田先生を照らさせてもらった。
はい ぁあい!
カトパンも必死の対応だ。カトパンはこの後自分の臨機応変さに大満足して知らない神社に参拝した。
皆、徐に口を開いた。
ぜ…笑、全部ウソでぇ〜す笑
ヘラヘラしていた。
さんまは、「ホンマ」か「でっか」か、ついに決着がついてしまったことに動揺を隠せず、文字通り魚のように、"知"といっしょに辺りを跳ね回りはじめた。
釣人が、つい先程までかろうじて残っていたであろう人間の温もりを僅かに湛えた眼差しのまま、泣きたくなるほど冷酷に、跳ね回るさんまを釣り上げた。
私は憐憫の目をせめて隠すため、瞼を閉じた。涙が頬を伝った。耳には蓋がないから、オーダーは聴こえてしまうのだ。
オーダー………秋刀魚………
皿を迎えたゲストのYOUは秋刀魚の塩焼きを頬張った。
YOUは満足げに笑って、「そこのアナタ…アナタ…アナタ…」とホンマでっかTVの一番最初に流れるやつをやると、ホンマもんのガチ男声が出て、しかもなんかすごい勝手にめっちゃエコーもして、それでなんかマジでその場みんなめっちゃすげくね!?ってなってマジでびっくりしたんっすよ!マジで。