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お台場合衆国幻影探究④ -贖罪-

粉々になったフジテレビの球体展望台の破片を拾い集めようと、軍手を二重に嵌めたその時、聞き覚えのある声がこだました。



「ホンマごめんホンマごめんホンマごめん」


フジテレビ本社屋全壁側面駆け巡りネプリーグトロッコ展望台到達瞬間展望台粉々トロッコ落下全員死不可避命背負い平謝り名倉潤だった。


本当に謝っても謝りきれないという顔をしていた。


確かに、これまで本社屋の中を歩いている最中にも、時折窓の外からトロッコのけたたましい轟音とあそこでしか聞かない「鎖が張り巡らされる時のジャッという音」が聞こえてくるような気がしていたが、どうやら空耳ではなかったらしい。

こんな高い所で、まさか本社屋の側面を駆け巡りながら、ネプリーグのトロッコアドベンチャーでもやっているのか…と半ば冗談混じりに浮かべた空想は、寸分違わず合っていたようなのである。

そしてトロッコが球体展望台の真上まで来たところで、私が投げたビバリとルイのシャツボタンが球体を粉微塵にしてしまったのだった。支えを失ったトロッコは、真っ逆さまに落下している最中だった。



いったい、どれほどの問題をクリアしてきたのだろう。
名倉潤の背後では、唇が紫色になった林修と、東大王と、血色のいい原田泰造が諦めの表情を浮かべていた。


東大王は、東大王であることは分かるが、いつの東大王の誰なのかは全くわからなかった。オックスフォードが認めた才媛・鈴木光ではないことは確かだった。
彼は、これから自分が転落死という運命を辿ることよりも、全問正解してきたというのに敗者と同じ結末を迎えることに不満げな様子だった。


東大王「納得いきません。第4問と第5問の間のフェイントじゃないんですよ。これ。」

林修「勝負にこだわっている場合じゃねえ、このまま落ちて死ぬんだぞ」

やはり林修は頭がいいので、合っていることを言っていた。

東大王「次は房総半島を治めたいですね。あ、僕は、東大王(ひがしだいおう)でもあるんですよ…」


名倉潤は、自分でもそんな訳はないと分かっているのに、第4問と第5問の間のフェイントの可能性を期待してほんのちょっとだけ目が笑っていた。


血色のいい原田泰造が口を開いた。

「潤よォ…謝られても、こっちはどうしようもねぇんだよ。そもそも、お前が言い出したんだよなァ?……。」

そう言うと、落下中のトロッコで、これまでの流れを再現し始めた。

「オレがいつも通り、楽屋弁当を食っていたら、お前が…

『オイ!泰造、健!トロッコに乗ろうぜ!』

『今は、テレビの時間ではないんだから、やめた方がいいよ。』

『スタッフさんに怒られるよ。』

『別にいいよ!ウワー、楽しい!』

『やめた方がいいですよ。』

『このまま外に出て、フジテレビ本社屋の壁とか、柱とかを駆け巡って、トロッコアドベンチャーをしようぜ!』

『今はテレビではないのに。』

『やめようよ。』

『全員、乗れ!』

……そして、お前がみんなを乗せてトロッコアドベンチャーをやり出したんだ。それまでは、ずっと楽しかったのに、ネプリーグ、いや、オレたちの人生、こんな感じで終わりかよ。……ったくよ、こんなことになっちまってよ……。
どぅおしてくれるんだよォォォ!!!!!!!」




この一人再現が、

本当に、本当に、うまかった。




演じ分け、声のトーン、感情の乗せ方。今誰が話しているのか、はっきりとわかった。各人物の肌感のようなものがそのまま乗り移っていた。それどころではない。ネプリーグのメンバー間でも話したことのなかったバックボーン──人生で初めての最寄駅、経験人数、傘を失くした電車の居処、さらには互いの両親が最後に聴いたレコードの名前まで、彼の演技からすべてはっきりとわかった。彼はもはや、古代からギリシア、ローマ、そしてイングランドの先人さえ紡ぎきれなかった演劇の全てを体現していた。もはや誰も原田泰造を見ていなかった。そこにいた誰もが、突如として眼前に現れた崇高なカメレオンを、どうしていいのかわからず、ただただ目と口をあんぐりと開けたまま、迫り来る己の死など頭になく立ち尽くしていた。全員が、彼の手の一挙げ、足の一振りから、再び芝居の雫が僅かでもこぼれ落ちてくることだけを待ち望むだけの、口渇の犬と化していた。


しかも原田泰造は、この間、一回も瞬きをしなかった。


林修はこれを受けて、自分が銀行員だった頃に「この銀行は間もなく倒産する」と思って辞めた9年後にその銀行が倒産した過去(実話)まで全員に知られたことを悟った。
これを思い出すたびに、彼の頭の中では、倒産を言い当てた凄さと、9年後の凄くなさがぶつかり合って、その境目に自分の死に顔がドーンと見えてしまうのだ。怖すぎる。




しかしながらこの時限りは、数秒先に死を迎える自分への心構えとして、皮肉にも、はじめて良い方に作用したのだった。













林修は原田泰造に感謝した。


















すると、真紫だった林修の唇に、突如、稲妻にも似た亀裂が入り、龍の鱗のようになると、パキパキと音を立てて、瞬く間にそれらが剥がれ落ち始めた。そして奥から、あまりにも眩い輝きを放ちながら、潤った虹色の唇が露わになった。

全員びっくりした。



原田泰造がものすごくうまい演技をした直後に林修の唇が虹色になったのを見て、東大王はどんな故事成語もどんな数式も捻り出すことができず、勉強でも学べない世界があることを感じ取り、東大王から"人"に成った。


トロッコはさらに下降する。
その日の夕陽は無慈悲にも一段と美しかった。
男たちは覚悟を決めた。

今や地面に向かって叩きつけられようかという刹那、風向きが変わった。比喩ではない。本当に風の向きが変わったのである。下からの凄まじい旋風がトロッコを直撃した。


両腕を振り回して上昇する櫻井翔の姿がそこにあった。


トロッコはあれよあれよという間に旋風に巻かれて浮上し、やがて屋上に着地した。櫻井翔は夕空の向こう側の常闇へ上昇を続け、すぐに見えなくなった。
名倉潤は天を仰ぎ続けた。
"人"は自分の両掌をまじまじと見つめた。
原田泰造は両眼を見開いて涙を流しながら自分のLINEの名前を「神」に変えた。

林修は、ただただ唇が虹色になっただけだった。
そして林修は、普通に感謝は大事だなと思った。



このトロッコ問題をマイケル・サンデルに見せたら、彼はどんな顔をするだろう。


夏が迫る。


⑤に続く。

スタンフォードだった

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