トコトコアルキドリ
おはこんばんちは!
どうもエロ界の王とルビーの指輪ことバーテンの貴さんです。
僕は鳥も結構好きです。あまり詳しくはないですが。見てて面白いんですね。スズメも好きだしカラスも好き、日常で見れる鳥も好きだし動物園的なところにいる外国の鳥も好きです。鳥類というのは恐竜の末裔なんですが恐竜を復活させるために鳥類を退化させる研究をしているところがあるというのを何かで見た記憶があります。それもまたええなとは思うのですが個人的にはもうそこにいる鳥に恐竜の面影を感じるくらいがなんだか風情があって良いなと感じます。
しかし今回のテーマは鳥かというとそうではありませんどちらかというと人間の女性にありがちな事を述べていきたいと思います。気になる人は過去の記事「女性の脳にウケるもの」を読むと更に面白いかもしれません。
トコトコアルキドリってなんだ
僕は割とかわいいものが好きです。ヘンテコな動きとかをされるとイチコロです。昔からよく見かけるある鳥が好きでした。個人的に「トコトコアルキドリ」と呼んでいました。小さな体にボールペンで書いたような足でキョロキョロしながら歩く様は正に「トコトコアルキドリ!!」僕は長年心の中でそう呼んで時折目の前に現れたら眺めていました。そんなある日嫁と歩いている時に思わず「あっ!トコトコアルキドリや!」と声に出して呼んでしまったんですね。そうしたら嫁が「なんじゃそりゃ」となりました。当たり前ですが。そこでやっとトコトコアルキドリの名前を調べるにあたったわけです。
トコトコアルキドリの正式名称は「セキレイ」でした。どうですか、皆さんも一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。調べてみると彼等は中々面白い鳥であることがわかりました。伝承ではイザナミとイザナギが性交の仕方がわからず戸惑っているところにセキレイが飛び下り仕方を教えたという言い伝えがあり夫婦円満や子孫繁栄の象徴とされていたようです。中国のある伝承ではこのセキレイをいじめると末代まで祟られるというのもあるようです。まあ、それくらい夫婦仲が良いということです。
とまあここまでセキレイについて述べたということは夫婦のことについて述べるのかと思いきやそうではありません。それはまた近々ということで。今回は呼び方がテーマです。僕の場合は適当なのですがこの呼び方というもの一つで印象が大きく変わったりするということを述べていきたいなということです。何のために呼び方を変えるのかというのを認識してみると結構面白いのではないかなというのを掘り下げてみたいと思います。
お茶濁す
呼び方を変えることの典型は省略です「キムタク」とか「クドカン」とかいうあれです。こういう略することはアメリカ人が大好きですね。単語の頭文字だけで表すから初見ではわからないこともしばしば。まあそれが面白いのですが。
事実と違ったり、違和感から呼び方が変わることもあります。僕はよくこれをします。どちらかというと言葉が生まれる時に近いかもしれません。
お茶を濁す呼び方の変更もあります。どちらかというと女性が始める傾向があるかなと思います。言語野が発達しやすい故かもしれません。彼氏のことを「ぴっぴ」とか呼ぶアレです。言いにくいことやものがあった時に言い換えるということです。
このお茶濁す系というのがなかなかの罠だったりします。言いにくいというのを正当化するという価値観だからです。抑圧を助長してしまいやすい事態になりやすいということです。またこの仕組みを実際に罠として使われてしますということもあります。援助交際をエンコーやウリと称してみたり。実際は同じ構造なのに出会い系をマッチングアプリと言ってみたり。交際クラブと言ってみたりと多岐にわたります。
つまりどういうことかと言うと、呼び方さえマイルドにするとやりにくいこともしてくれるということです。価値観に基づいて生きている人ほどハマりやすい傾向があります。騙す側からするとありがたい話です。呼び方を変えるだけでよいのですから。
これは騙しの構造ともいえます。言いにくいが言いたいという自分に嘘をついた状態なので嘘つきが寄ってきて被害にあうということです。もちろんだました方も損をするので誰も得をしない頭の悪い結果になるのですが。嘘というのは幼稚な反応だと常々言っているのですがここでもそれが当てはまります。成熟した人はお茶を濁すような呼び方の変更をしないからです。
ええ年こいてお茶を濁した言葉の変更をして若者に近づく大人はちょっと疑ってかかるくらいの方が良いです。まともじゃない可能性が高い。こういうのはトコトコアルキドリのように自分の中に留めるか支障がない範囲がよろしいのではないかなと思います。つまりは自分の心を抑圧したり自分に嘘をつかないようにするということです。
このお茶を濁した言葉が世の中に溢れていることに気付きましたか?そうですお茶を濁した言葉はもう十分価値観になっているということです。使う時も使われる時も少し意識してみると面白いかもしれません。では、バイチャ!
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