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「田沼意次の時代」大石慎三郎著
「田沼意次の時代」大石慎三郎著・岩波現代文庫2001年6月発行
著者は1923年生~2004年81歳で没する。学習院大学名誉教授、専門は近世日本史、特に近世農村史から歴史研究に入り、享保の改革を生涯の研究テーマとした。
本書は、硬直した幕藩体制の改革への期待が庶民に胸に膨らむ時代に登場した田沼意次の真の姿を描いた歴史書である。
田沼は鋭い財政感覚で幕府の経済秩序の立て直しを図り、ロシアとの交易、蝦夷地開発、印旛沼干拓など、幕府財政再建に努力する。意次は良識人かつ、有能な政治家であると断定する。
のちの松平定信の寛政の改革、また定信の自叙伝「宇下人言」では田沼時代を賄賂政治と徹底的に非難し、悪者扱いである。日本史の三大悪人、弓削道鏡、足利尊氏、田沼意次と並べられる。
新井白石が書いた「折たく柴の記」における萩原重秀批判など、喧嘩別れした女房の前亭主批判に近い。しかし信頼される政治家の著書ゆえに史書として信用されてきた。
本書は、寛政の改革を田沼意次ら能力主義による幕藩体制改革派と松平定信ら譜代門閥主義復活を目指す既得権保守派との対立と見なす。そのため、勝利した定信らは田沼を悪者に仕立てる必要があった。田沼意次の本質を評価した本は少ない。その意味でも再評価されるべき本である。
一方的に非難され、悪者扱いされる風評は近年特に増えている。それは感情論、ネットを含む一方的なメディア報道など、庶民にとって非常に分かり易いためである。しかしそれが必ずしも正しいとは限らない。トランプ批判、ネット選挙など一方的な批判は真の姿、社会の本質を見間違える。
反知性主義、ネット情報などスローガンの分かり易い言葉に騙されてはならない。批判にはまず、疑ってみることが必要。善悪、勝ち負けが一方的に存在するのは真の姿を見誤っていると考えるべきだろう。