田中信昭先生の合唱指揮マスタークラスに参加しました
先日、田中信昭先生の合唱指揮マスタークラス(★)に参加しました。折角貴重な機会を頂いたので、記憶が鮮明なうちに感じたことを書き留めておきます。(どうして音楽家でも音大生でもないただのサラリーマンがこんなにプレミアムなマスタークラスに参加したの?という謎については、長くなるのでここでは割愛します。笑)
1. 「あなたの演奏になりましたか?」
田中先生は「あなたの演奏になりましたか?」「今の演奏で満足しましたか?」...と、受講生に何度も問うていました。
モデル合唱団のEnsemble PVDはご存知の通りハイレベルな団体で、第一声から素晴らしいですし、一言指摘すれば高水準に返してくれます。「どんどんいい感じになっていくなあ〜」などと呑気にリハーサルを進めていた直後の問いかけに、いざ振り返ると、「こんなもんで良いかな」と妥協しながら表面だけ撫でていたこと、聴いているようで歌声の微妙な変化を聴けていなかったこと...色々な甘さが脳裏を掠めます。すっかり見透かされていました。
現実のリハーサルでは、限られた時間の中で追求すべきことを取捨選択したり、アプローチを重ねても上手くいかなければ妥協したり...そうして効率よく合唱団のパフォーマンスを高めていく...ということが多いと思います。それも重要な視点ですが、いつしかそれが甘えに変容し、私の耳を塞いでしまっているのではないか...ということに気付かされました。
田中先生が直接合唱団へ指導を行う場面もありました。発語一つ一つ、子音一つ一つにただならぬこだわりを持ち、もっとこうだ、まだまだ不十分だ...と、繰り返し妥協なく指導される姿は印象的で、「自分の演奏をする」には指揮者も合唱団もここまでの覚悟で取り組まねばならない...ということを示して下さったように感じました。
2. 合唱団との信頼関係
田中先生は「合唱団と信頼関係を築くこと」「指揮者と合唱団のメンバーが考えを交わし合うこと」の重要性を繰り返し強調されていました。マスタークラス中は、合唱団のメンバーへ「この指揮者、あなたはどう思う?」と問いかける場面もたくさんありました(前回も同じような場面があったので心構えしていましたが、ドキドキです)。「何がしたいのかよく分からない」、「ここの指揮が分かりずらい」といった率直な意見も、厳しいものであっても辛い体験ではありませんでした。むしろ、指揮から多くを読み解こうとして下さっていること、それに意見を持ってくださること自体への喜びが大きかったのです。
現場では、指揮者とメンバーが正面からもの言い合う団体は少ないのではないでしょうか。指揮者は合唱団のメンバーにとっては先生という存在で、メンバーはそのビジョンに近づいていく、という団体がほとんどだと思います。が、指揮者のビジョンに迎合するのではなく、お互いの音楽性をぶつけ合うような活動ができたら...もはや本番のステージでもそのぶつけ合いを見せつけちゃう、みたいな事ができたら...どんな演奏体験になるだろう...と、そんなことを思ったのでした。
3.演奏するとは演じ奏でること
マスタークラスの最中、課題曲のDie Nachtigallを指揮する先生を間近で拝見する機会に恵まれました。先生の、身体全体に走る緊張と弛緩、息遣い、目線、表情、地を掴んで離さぬ足...一音たりとも逃すまいという凄まじい集中力の指揮に、すっかり圧倒されてしまいました。合唱団の歌声も、これは言葉で言い表しづらいですが、「一音一音に血が滾っていて、意思なく歌っている瞬間がどこにもない」ような、そんな歌声に聴こえました。先生は「綺麗なだけでは意味がない。演じなければならない。演奏するとは演じ奏でることである。」と何度も強調されていましたが、その体現を見た瞬間でした。
5.最後に
振り返って、このマスタークラスを真に吸収しきる実力は、まだ今の自分にはありませんでした。(そんなことは初めから分かっていて飛び込んでいるのですが...笑)。が、この経験がなければ得られなかった宿題をたくさん頂きました。指揮にとどまらず、音楽への向き合い方、あるいは生き方そのものを考えさせられる経験となりました。
厳しくも真っ直ぐに指導してくださった田中信昭先生と中嶋香先生、素晴らしい意思と歌声で私たちに応えてくださったEnsemble PVDのみなさま、厳しい情勢下でマスタークラスを実現してくださった日本合唱指揮者協会のみなさまに、心から感謝します。ありがとうございました。
そして、全貌が気になる方は、ぜひアーカイブを購入しましょう。(回し者ではありません。笑)