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気配
子供の頃、毎日通った通学路。
その道の途中に、いつもカーテンのすき間から顔を出して、窓の外を眺めている猫のいる家があった。
私は毎日その家の前を通っては猫の顔を見るのが楽しみだった。時々、窓辺に猫がいない日があって、だけどそんな日もカーテンにはさっきまで猫が顔を出していたそのままの形のぽっこりとしたすき間が空いていた。
そういう気配みたいなものだけが残ったかたちを眺めるのがすきだ。
雨風にさらされた建物の壁にてっぺんからぶら下がる長い蔦が何度もこすれて描いた謎の放物線。
駅の色褪せたブルーの4連の待ち合い椅子のすぐ後ろの壁に染み付いた並んで座る4つの人影のようなシルエット。
街は長い時間をかけて、さまざまな気配をそこかしこに定着させてゆく。
自分自身もまた街の空気に、時間に、トレースされながら、何度もなぞり描かれた先にかたちになって現れはじめた気配の中を歩く。