ちょっとしたイタズラ(うち+よそ)
悪魔クロウは魔法陣を使って、自分の部屋に戻るはずだった。しかしたどり着いた先は自分の部屋ではなく、どこかの部屋だった。
「もしかして細工されたかな」
クロウは帽子をかぶり直し、あたりを見回す。自分の足元に魔法陣はそこにはあらず、振り向けばクロウでもくぐらずに通れるような背丈のある丸くて細長い鏡があった。
それに気づいた途端、クロウは誰かに声をかけられた。
「お前は…!?」
「あれ、君は…」
お互いに目を合わせ、驚く。目線は少し違っており、クロウの方がやや下に見ている。
そこにいたのは晶天使のシグルド。クロウをモデルに変化したファントムの恋人だった。二人は以前、宙に浮かぶ島々で顔を合わせている。
「んと、周りを見るに、君の部屋なのかな。私もどうしてココに来たのか分からなくてね」
彼にとっては初めての場所であった。
神聖な場のようだが、魔界に住まう悪魔にとっては特に何も感じることはなかった。魔族たちがいても悪影響がないようだ。
「クロウ、ここは『水晶の間』――俺の部屋だ。あの手帳を通じて来た訳ではなさそうだが…まさかトムの仕業か?」
「魔法陣で来たんだけど、そうなると納得できるかも。トム君が私の置いた魔法陣に細工してここに来させた…有り得なくはないね。転移先が君の部屋だったのは、正にイタズラ好きの彼らしいよね」
とため息をついた。
クロウもシグルドも魔族ファントムがイタズラを好むのはよく知っていた。
「ああ、トムならやりかねない。まったくしょうがない奴だ」
とシグルドは言ったが、むしろその表情は笑顔で、好意的である。
「君も毎回大変じゃない?まさか私にまで仕掛けられるとは思わなかったよ。前は鏡をたたき割りたいとか思ってたけど、今じゃもうそんな気は起きないね」
クロウとファントムの出会いは廃墟となった寂れた屋敷だった。
クロウはその時はもう一つの姿である『ダニエル』になっていたが、クロウを元にクロウとほぼ同じ姿に変化していたファントムに怒りをあらわにしたのは記憶に新しい。
「いや大変ではないな。トムはいつも驚かせてくれて、楽しませてくれる。それに…トムは俺を悲しませるような酷いイタズラを仕掛けることはないからな」
付き合った時間は誰よりも短いかもしれないが、恋人だからこそ分かる事もあり、楽しいと思えることも沢山あるようだ。
「ふうん。君って――いや何でもない。幸せなら私もそれで文句は言わないさ。それより出口はどうしたらいいのかな?」
周りを見るに移動できる手段は何も無さそうだとクロウは思った。鏡の魔物や鏡から生まれた者ではないので、当然クロウはすり抜けることができず、姿もしっかり見えている。
「どうするべきか、だな……そういえばクロウは『手帳』はあるのか?」
「え?ああ『手帳』ね。あるよ」
シグルドに言われて、クロウは懐から手帳を取り出す。赤紫色の小さな手帳だ。
「実はこの場所も隠蔽はされているが、手帳に登録されているうちの一つだ。それを使えば…お前の行きたい場所に帰れるはずだ」
シグルドの台詞で希望の光が見えたクロウは、一瞬だけ目を見開いた。
「うん。私の家も『手帳』に登録されているから丁度良いね。あー良かった。安心したよ~」
その言葉を聴いてシグルドも安心した。いくら恋人とは言え、ファントムも帰れる手段を見つけられるのだと思い、クロウを信じたのだろう。
「そうか…お前の家もいつか来たいところだ」
「そう?今はちょっと無理だけど、また後日お誘いするから来てほしいな」
「本当か?それはありがたい。トムの話では【自分の家にしたいほど豪華】だと言うからな…!」
シグルドからすれば魔界の屋敷という存在をまだ知らないため、非常に楽しみなようだ。
「はは、家を明け渡す気はさらさらないけどね。彼だって豪邸を異空間に作っているみたいだし、それで良いんじゃないのかな」
苦笑いをしたクロウはまだ未訪問だったが、弟子から噂は聞いているようだ。
「確かにトムの館は豪邸なのだろうな。薔薇の庭園も飾られている鏡や装飾も大層立派だった…!と、引き留めてしまってすまなかった。またお前も来てほしい」
その答えにクロウは頷いて
「お言葉に甘えてそうさせてもらうよ。今度はちゃんとイタズラに引っかからないようにしとかないと。またね」
クロウは手帳を開いて、手を振りながら去っていった。シグルドも彼らしい笑顔で見送る。
だがこの時、クロウではなく別の人物が来ることをシグルドはまだ知らないのであった。