ラブレター群

・風の神様になって、わたしがまばたきをする度に起こる強い風であなたを何度も何度も転ばせたい

・あなたが世界を素晴らしいと思って歩く夜道にて出会う占い師になりたい とても不吉な予言をあなたに贈って、時折思い出されてあなたの心を蝕む記憶になりたい

・とても美しい女の子になって、駅、待ち合わせであなたを待つあなたの彼女の数メートル隣に立ちたい 改札から現れたあなたは恋人の姿を探して駅前をぐるりと見渡して 半ば無意識的に美しいわたしに目を奪われる でもそれだけ、ほんの数秒視線がひっかかるだけ、そのためだけに美しい女の子に生まれなおしたい

・想像のフルート奏者になって、あなたが夢をあきらめた日の翌朝、その脳内で「愛の翌朝」を演奏したい

・校庭に現れるつむじ風になって、窓際の席にて授業を受けるあなたに見つめられたい よく晴れた日に生まれてよく晴れた日に死んでいく生涯のすべてを見せるから、だるい空気に満ちた午後の授業 あなたを飲み込もうとする眠気に勝ちたい

・鳶になって、船の上に立って海風に目を細めるあなたの帽子をかろやかに盗みたい

・とても長生きする雀蜂になって、幼少期のあなたを一度刺して 後もう一度刺されたら死んでしまうかもしれない、って思いながら大人になったあなたのことを、わたしがもう一度刺したい

・ぼろぼろの潜水艦になって、あなたのことを深海にて閉じ込めたい 遂に外に出ることをあきらめたあなたが、最後に深海の真っ暗な風景をどうにか目に焼き付けようとしているのをどうしようもない気持ちで見守りたい

・おおきなアメジストドームになって、あなたの家の玄関に置かれたい 幼いころのあなたは毎日特に意味もなく私を撫でてから学校に行っていたのだけれど、成長するに従って私が価値あるものなんだって気づいたあなたが、段々気軽にわたしに触れてくださらなくなるのを、寂しく思いたい

・遠い国の駱駝になって、旅行でわたしの国にやってきたあなたを背に乗せて砂漠を歩きたい あなたが、履いている靴のいちばん当たっても痛くない面をわたしの脇腹に当ててくれてるって気がついて、その優しさを何度も何度も思い返しながら、遠い日本に帰ってしまってたぶん二度と会えないあなたのことを思いつづけて一生を終えたい

・とてもきれいな声で歌う人魚になって、あなたを海に誘い込みたい いちど沈めてしまおうかと思ったあなたを、やっぱり砂浜に返して、海水に濡れて月光を薄ら反射しているぐったりとしたその四肢を朝が来るまで見つめていたい

・住みにくい街になって、そこに生まれてしまったあなたにあちこちで悪口を言われたい

・お祭りの日売られているピンクいろのべっこう飴になって、あなたの舌にちいさな傷をたくさん作りたい

・あなたの家の近くに立つ古い木になって、嵐の夜、道路に倒れたい 早朝に家を発ったあなたがわたしによって道が塞がれているのを見て驚き、乗り越えるためにわたしに手を置いたとき 立っていた頃高いところにあった部分を、誰かに触れてもらったのは久しぶりだと気がついて もうすぐ解体されて撤去されてしまうっていうのに、救われた気持ちになりたい

・あなたが百均で気まぐれに買った砂時計の中のなかの砂になってなんどか破滅的なまでにわたしの世界をめちゃくちゃにされる経験をしたあと、すぐに飽きられて、その後は部屋の隅で砂時計の下はんぶんに留まったまま忘れられたい

・便箋になってあなたに買われたい あなたの手に選び取っていただいたことを喜んだあと、わたしに文字を綴っていくあなたがわたしではない別の人のことを思っていることに気がついて それを、受け入れたくないけれど受け入れて 誰かに贈られて、それからは、あなたが手紙を綴った相手のもとで朽ちたい

・さくらんぼまで頭に乗せたすごくかわいいクリームソーダになって、まひる、陽の当たる席に座ったあなたのもとに提供されたあと、すぐさまストローでめちゃくちゃにされて、飲み干されたい


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