日本語表現の道具箱 〜26のレトリック〜
はじめに
人は時に、簡潔で論理的な言葉よりも、心にスッと落ちてくるような言い回しを好むものです。一つ例をだすのであれば、「他人の気持ちを慮らない人」というよりも、「冷たい人」と言う方が、パッとイメージできませんか?
言い回しや言語表現の技術、いわゆる修辞学(レトリック)というのは、こうした言い換えを意識的に行う技術です。
人の心を動かすためだけではなく、分かりやすく意図を伝えることや、事柄を適切に理解する術を増やすことにも繋がるでしょう。人は言語を使わなければ高度な思考はできませんから。
本稿では、そうした言い回しのtips、主要な修辞技法(レトリック)のうち、26の技法を四章に分けてまとめました。ちょっと言語表現に迷った時にご参照ください。
一応形ばかりの章立てはしておりますが、伝統的な分類法に則ったものではないという点をご承知おきください。
❇︎ちなみに、言い回しの『道具箱』と言うのは、個人的な愛読書の一つ、『哲学の道具箱』をオマージュしたものです。
第一章 例えてみる
第一章には、主に「比喩法」に属する諸道具をまとめました。直喩、隠喩、換喩、提喩などは、他の様々な技法の基礎になっています(これも隠喩)。
【直喩(シミリ)】
概説:「〇〇は▲▲のようだ」といったように、明示的にあるものを別のものに例える技法。より抽象的でイメージしずらい事象〇〇を、より具体的な事象▲▲で例えることが多い。
用例:「彼女は花のように綺麗だ」「此奴など我にとっては塵に等しい」「燃えるような恋がしたい」「キッチンからおぞましい匂いがする」
付記:もっとも基本的な比喩では無いでしょうか。
【隠喩(メタファー)】
概説:「〇〇は▲▲である」といったように、明示せずに別のものに例える技法。より抽象的でイメージしずらい事象〇〇を、より具体的な事象▲▲で例えることが多い。
用例:「何事も基礎が大切だ」「受験を戦う戦士たち」「教育こそ日本の礎だ」「芸術は爆発だ!」
付記:似ている、という直感に働きかける比喩で、「比喩の女王」と呼ばれることもあります。
【共感覚法(シネスシージア)】
概説:感覚を表す言葉を用いた言語表現の技法で、直喩の一種(とされることもある)。「鼻腔を『くすぐる』香り」といったものがあたる。「美しい声」など慣用的に使われているものも多い。
用例:「透き通るような歌声(視覚)」「騒々しい見た目(聴覚)」「それは何とも香しい話だな(嗅覚)」「直視できないのほど痛々しい(触覚)」「ほろ苦い経験(味覚)」
付記:これを五感を使って表現できないだろうか、という経路で考えれば、人によってさまざまな表現が浮かんできそうな面白い技法です。
【活喩と擬人法(パーソニフィケーション)】
概説:隠喩の一つで、意思のない主体を意思ある主体に見立てて表現する技法。特に人間に見立てる技法は擬人法とも呼ぶ。言葉は人間の被造物なので、用例としては人になぞるえるものに偏っている。
用例:「この風、少し泣いているわ」「諸帝国の産声」「人類の悪癖」「この会社の銃は素直かつ個性がない」「唸れっ、直列4気筒!(後述する換喩との合わせ技)」
付記:擬人法のWikipediaには、ローマ帝国の修辞学者が、「神々を天上から下ろし、死者を蘇らせ、町や国に声を与える」と擬人法の力を述べたという話が載っていますね。この原典は『弁論家の教育』という題で日本語訳されています。
【換喩(メトニミー)】
概説:〇〇を示す際に、それと関連のある、ある意味でズレた言葉を使って表現する技法。「手を貸してください」というのがそれにあたる。
用例:「教鞭をとる」「ユニフォームを脱ぐ」「マンキューを学ぶ」「碧眼に侍の歴史など語れまい」「太陽系第三惑星人」
付記:空間や時間、表現をずらすと発想しやすい技法です。〇〇の横には何があるでしょうか、将来〇〇の前には何をするでしょうか、〇〇はより具体的に(抽象的に)言うと何だと言えるでしょうか。より詳細な分類として、「転喩(メタレプシス)」があります(用例中だと、ユニフォームを脱ぐ、があたる)。
【提喩(シネクドキ)】
概説:〇〇を示す際に、類と種の関係を利用する技法です。それを含むより大きな分類や、〇〇に含まれるより小さな分類(あるいは個別のそれ)を用いるもので、ティラノサウルスを巨大恐竜と言ったり、リバーシ一般を指してオセロという商品名で読んだりするのがそれにあたる。
用例:「今日は花見に行こうか」「このタッパーは密閉性がよくないな」「今度ごはんでも食べに行こう」
付記:タッパーの例などは、何が提喩なのかわからない人も多いのではないでしょうか(実は商品名)。検索技術としても知られている技法で、マルクスについて知るために、哲学者(包摂される概念)や資本論(著作)を調べる、といったふうにも使えます。
【宇喩】
概説:文字を利用して〇〇を表す技法で、その形状を利用するものから、構成要素間の関係を利用したものまである。
用例:「川の字になって寝る」「人という字は、二人が支え合ってできているので、人は支え合わないと生きていけないことを表している」
付記:あんまり活用する機会はないかもしれませんが、慣用的に用いられる表現はそれなりに見られます。
第二章 言い様を変えてみる
第二章には、より広範な意味表現を拡張する技法をまとめました。
【くびき語法(ジューグマ )】
概説:「〇〇の▲▲は、□□の▲▲」といったように、別の意義を持つ一語を用いて表現する技法。先の例に言葉を当てはめるのなら、「服装の乱れは、心の乱れ」といったものです。
用例:「夢も希望も、大きくて困ることはない」「頭も痛いし懐も痛い」
付記:できるだけ対照的な意味にすることがポイント、だそうな。同音異義語を用いた掛詞、詞喩とは異なり、同語異義を利用します。ダブル・ミーニングの効果を狙いたい時には。
【誇張法(ハイパーバリー )】
概説:張喩とも。事柄を大げさに表現する技法。誇張というと実際以上という印象がつくが、現実の並外れ度合いと表現のギャップを埋めるという用法が多い。
用例:「子猫のひたい程度の庭」「堰を切ったように泣く」「底なし沼」「みんなやってるよ!」「これを知らないなんて人生の九割損してるよ」「鉄の心臓」
付記:あまり良い印象がないかも知れませんが、「みんな使っている」といっても過言ではないでしょう。この技法の素敵な用例は別で参照いただければと思います。
【抑言法(マイオーシス )】
概説:誇張法とは逆に、むしろ表現を控えめする技法。日常的にも、「少々話が」という言葉は時に重要な要件である可能性を想起させる。
用例:「ちょっと問題がありまして」「普通は大した悩みではないんだけどね」「ほんの小さな軋轢でしかなかった」
付記:この技法は、文脈によって大きな威力を発揮します。悲しみを容易に想像できるような文脈であるならば、大号泣という表現をするよりも、一筋の涙を描写した方が、深い悲しみが伝わるかもしれません。また、緩叙法と訳されることもありますが、以下の曲言法と紛らわしくなりますので、抑言法としました。
【曲言法(ライトティーズ)】
概説:表現を遠回しにすることによって強調する技法。あからさまな表現を避けたい場合や、文脈上想定されることとは逆のことを主張したい場合に用いられやすい。緩叙法とも。
用例:「悪くはない」「半端ではない」「そんなにダメってわけではない」「まさか間違っていたわけがない」
付記:一言で強調するとはいっても、より意味を強くするものも、弱くするものもあります(用例の通り)。
【対義結合(オクシモロン)】
概説:相矛盾する語を付き合わせることで、一見辻褄が合わないことを表現する技法。撞着語法とも呼ぶ(『撞着』は矛盾を意味する),
用例:「ゆっくり急いで!」「厳しくて優しい人」「美しく輝く闇」
付記:避難訓練で何が必要なのか、を表現するには必須の技法ではないかと思われます。
【同語反復法(トートロジー)】
概説:撞着語法と逆に、「〇〇は〇〇である」といったように、同じ単語を繰り返すことで意味を強調する表現技法。
用例:「場所が場所だから、普段よりも警戒しよう」「腐っても大国は大国だ」「ことがことだけに、両親に相談はできない」
付記:どのように用いられるかは用例によるものの、〇〇の慣用的な意味を強調する場合が多いように思われます。
【修辞疑問法(レトリカル・クエスチョン )】
概説:疑問文を利用して、平叙文(客観的な事実を述べるのに用いられる文)の意味に近いことを表現する技法。
用例:「誰がこの悲劇を予想できただろうか」「こんな結末が望まれていたというのか?」
付記:疑問文との区別が曖昧な表現もあります。本当に疑問として言っている可能性もあり得るためです。
【暗示的看過法(パラレプシス)】
概説:逆言法とも。言わないといいつつ言ってしまう(実質的に言っている)という表現技法。
用例:「昨日の醜態については言わぬが花だろう」「この素晴らしさを言葉で表すことはできそうにない」「さっきの事とはとは特に関係のないのだが」「誰とは言わないが」
付記:強い強調を表すこともあれば、ツッコミを期待したギャグにもなる技法です。
【婉曲語法(ユーフェミズム)】
概説:対象に直接言及せず、遠回しに表現する技法。直喩、隠喩、換喩等の応用技法であり、気遣いや敬語表現として用いられる。
用例:「母は五年前に遠くへ行ってしまいました」「ぽっちゃり体型」「一般職(女性限定職の婉曲語法として用いられる場合)」「化粧室」
付記:前述の抑言法を用いる場合もあります。
第三章 言い方を変えてみる
第三章には、二章までに当てはまらない語句や文についての技法をまとめました。
【声喩(オノマトペ)】
概説:音声(物音、なき声など)を言葉で表現する技法。
用例:「ボォッ……っと火が灯る」「ヒリヒリする」「ふわっと浮きあがる」
付記:些か子供っぽいイメージもありますが、オノマトペだからできる表現しかありません。
【倒置法(インヴァージョン )】
概説:「▲▲だ、〇〇は」といったように、語句・文節の順序を入れ替える表現技法。文脈によって、▲▲の方を強調したい場合と、〇〇の方を強調したい場合がある。
用例:「上手いねぇ、あの選手」「終わったと思った、ちょうど吊り橋で足を滑らせなような気がして」「パリだよ、フランスの首都は」
付記:学校で学んだ記憶がある人も多いと思います。うまく使えないと読みにくさや違和感を生じさせることもありますが、効果が分かりやすい技法です。
【対句法(アンティセシス)】
概説:「〇〇は▲▲であるが、●●は△△である」といったように、意味的な対比を際立たせるために、類似の形式で二つの句を並べる表現技法。
用例:「狐の頭脳と獅子の力」「故郷では無敗だったが、東京に出ると必敗だった」
付記:どの程度細かく見るかによって、文中にいくつ対句法が見出せるかが異なってくることもあります。
【反復法(リピティション )】
概説:同じ言葉や似た言葉を繰り返すことで、表現にリズム感を持たせて強調する技法。
用例:「ソーランソーラン!」「退かぬ! 媚びぬ! 省みぬ!」「それは国を揺るがした。それは世紀の発見だった。それは世界を変える事件だった」
付記:文節は記憶に残りませんが、リズミカルな文章は記憶に残ります。
【挿入法(パレンシシス )】
概説:〇〇である(という▲▲もある)、といったように、括弧やダッシュ等を用いて、文中に文脈と異なる文章を挿入する表現技法。
用例:「古代の超大国(ローマ帝国と漢帝国)」「強化尋問――という名の拷問なのだが――を行うことになった」
付記:便利なので多用したくなりますが、文章のリズム感を損ない、時に単純に読みにくくする場合があります。
第四章 語りを工夫する
第四章には、文脈を活用して修辞効果をねらう技法をまとめました。
【列叙法(アキュムレイション)】
概説:あるカテゴリー(集合、分類、系統他)に属する要素を並べ立てていくことで、カテゴリー、あるいは諸要素をの特質や多様性を強調する修辞技法。
用例:「うまい、やすい、はやい」「世界にはさまざまな国存在する。ある国は絶海の孤島に佇み、ある国は大山脈の山麓に伸びる。ある国は一大陸を席巻し、ある国は砂漠を貫く大河の賜物である。」
付記:用例の二つ目、後者二つは一応特定の国を想定しております。
【逆説法(パラドクス )】
概説:「(一般には〇〇と思われているだろうが)〇〇は全く良くない。●●が何より良い。」といったように、一見常識に反する内容で、一面の真実を示すことを試みる表現技法。逆説である以上、正説(一般的な説明)が読み手、聞き手に認知されていることが重要となる。
用例:「急がば回れ」「天才は人に教えるのに向かない」
付記:用例が少ないのは、議論をよる可能性があるためです。しかし、常識的な意見や、深く納得した意見につおいても一度逆説法で何か言うことができないかを考えることは、視野狭窄を避けることに繋がります。
【漸層法(クライマックス )】
概説:「〇〇は〈弱〉より〈中〉より、それどころか〈強〉よりも▲▲だった」といったように、文章中で、その表現や内容を強めながら語句を繰り返し、非常に強い強調(クライマックスやオチ)をねらう技法。
用例:「ユダヤ教の歴史は、イスラム教はもちろん、キリスト教、さらには仏教よりも長い」「この部屋は私の国、世界、ひいては城である(最後に落ちる)」「彼のやる気は、ペテルギウスや太陽、ひいては白色矮星よりも燃え盛っていた(逆)」
付記:比較の効果を活用する技法は数多いですが、対比効果を重ね合わせることでより強い印象を残すことを狙う技法です。
【諷喩(アレゴリー)】
概説:拡大された隠喩(つまりは例え話、寓話)を用いて、間接的に意図を理解させる表現技能。思考術における「直感ポンプ」と近い役割を果たす。
用例:「彼にも筆の誤りというものがある」「教皇は太陽、皇帝は月」「草原の英雄、蒼き狼の一族は、やがて世界の中心を飲み込んだ」
付記:抽象的な教訓を具体的なストーリー(教訓話)に落とし込むようなイメージです。なお、最後の用例はチンギス=ハンの一族が南宋(中国)を征服したことを表現した例です。
【反語法(アイロニー)】
概説:本意とは反対のことを述べることで、皮肉的な意味を伝える(自省を促す)表現技法。相手の言葉を引用しておうむ返しにする方法と、引用しない方法がある。
用例:「(少し失敗しちゃってね、という発言に対して)少し? 確かに、宇宙的に考えて少しだね」「(どう見ても失敗しているものを見て)大成功じゃないか!」
付記:アンブローズ・ビアス『悪魔の辞典』などは、皮肉をはじめ、修辞技法の用例が豊富です。
おわりに
以上、本稿では、言語表現の基本的な道具を紹介してまいりました。こうした道具を意識的に活用することができれば、言語表現の幅、ひいては思考可能な世界がより広がることと思います。ただし、本稿は親しみやすさを重視したため、修辞技法(レトリック)の真価をほとんど発揮できていないと言っても過言ではありません。より有効な使い方を学びたい方は、以下四つの参考文献をご参照ください。
・カクヨム作品
『文章表現の幅を広げる「レトリック講座」』 板野かも著(URL: https://kakuyomu.jp/works/16816700428506664323)
拙作よりも説明・例ともに豊富で、より詳細に修辞技法の活用法が述べられています。紹介されている項目については、本稿よりはるかに詳しいので、ぜひご一読くださいませ。解説自体に多くの修辞技法が用いられており、著者の熱が伝わってきます。
・無料
『J-FIG 日本語レトリックコーパス』(URL: https://www.kotorica.net/j-fig/)
検索機能を持つ修辞技法のデータベースで、約2,400例が収録されております。本稿と異なり、分類体系もテキトーではないので、一度訪れてみてください。
『比喩表現の理論と分類』中村 明著,1977,懸立瞬語研究所.(URL: https://core.ac.uk/download/pdf/234725796.pdf)
古いですが、比喩について網羅的な解説がなされており、本稿における比喩法の分類に大きく影響したものになります。
・有料
『日本語のレトリック : 文章表現の技法』瀬戸賢一 著,2007,岩波書店.
洗練されたものが多いと評判の岩波ジュニア新書で、30項目のレトリックが紹介されております。巻末にはなんと早見表があるという親切設計。本稿の基礎となった著作ですので、もし本稿で修辞技法に興味を持たれた方がおられましたら、是非ともお勧めしたい一冊になります。