2023/6/30 もう7月である面談

今日は9時に起きた。昨日もそこそこ早く寝たような気がする。
今日、6/30は黙っていたが、野球ネタの賞レース(なんだそれ)へのエントリーの最終日であった。ネタを用意しないといけないのであるが、笑フェスの予選に向けて、1分ネタとはいえ新ネタ×2という難関があったため準備は放っておいた。
昨晩の時点で起きてネタを書いても良かったのだが、なんだか気分が乗らず眠ってしまっていた。

起きて、なんだか一応考えてみるかと思って起きてすぐにwordのアプリを開いて(正確にはお金がないのでパチモンアプリ)を開いて書き始めてみるとなんということでしょう、次から次へと漫才が思い浮かんできた。
やはり、野球のネタとなるとさささ~っと書けるもんだ。これはすごいな。
小学生の頃の私が今の私を見たら何と思うだろうか。「売れてはいないけど、ネタをこんなにさささ~っとかけるなんておじさんすげえや!」と思ってくれるだろうか。いや、思わない。小学生の頃の私はお笑い芸人のネタなんて簡単にかけるっしょ!と書いたことも無いのに言っているようなタイプの最悪の子供だったからである。

今の自分を肯定できる自分と言うのは今しか存在しないのだ。これから数年後の私が、いまの私を見ると確実に「つまんねえことをだらだらうるせえ若手だな」と思うはずである。

というのも、今日準備した野球ネタと言うのは1,2年前に書いたネタを原案として、再度書き直してグレードアップした作品であり、原案を見るとしょーもねえなと思ったからである。
本当に、気づかないうちに人間は成長しているものである。中学生くらいで、卒園した幼稚園に行くとあの頃はあんなに大きく感じた遊具がこんなに小さかったのだと思うようなものである。
いま、あらためてあの頃(どの頃でもいいから)を思い起こせば何とも若く、思慮浅く、愚かであったと自戒するものである。

この感覚というのは誰もが経験するもので、おそらく100年前の子供も、100年後の子供も経験した(する)と思う。すると、人類の進歩は果たして一部のとてつもない進歩的な存在が動かすものであり、我々庶民は何も歴史を動かすことができないのだと、絶望に似た諦観を持つのだ。

本当に人類が地球の、いや宇宙の歴史において、圧倒的に進歩的で文明をもった生物であるとして。第一の個体が小さいころに見たものが大人になると小さく、子供だましであったということに気付きさえすれば、それ以降の個体はその感覚を知って、持っているからそのようなことに驚くことは無いのだ。驚くこともなく、当然のこととして知っているのであるから、より高速で文明を発達させることができるだろう。
それができないことが人間という生き物のかわいさではないかと私は思うのだ。

昨今の事例を挙げてみる。回転ずしチェーンのスシローにおいて、醤油さしを舐めた少年の映像が拡散され、世間からのバッシングを受けるとともにスシローより6700万円の賠償請求を求められている。
しかし、こんなものは数年前から「バイトテロ」と言う言葉で、いわゆる若気の至りがインターネット上で拡散されることの恐ろしさと実害をメディアで報道されてきた。メディアの報道ではSNSの恐ろしさや、こんな人がいるなんて許せない信じられないと、神妙な顔でタレントやアナウンサーがバッシングしてきた。

それらをこの少年は全く知らないわけは無い。ネット上に内輪の動画が上がって炎上した奴がいるけど、俺はそうはならねえと高をくくっていたのだ。

その認識は大きな間違いであり、バイトテロのような動画の本質は「内輪ノリ」の拡散にある。だいたい多くの人が若いころにこっそりとその場のノリで変なことをしてきたものだ。それがたまたま悪意のある者の手に渡り、拡散されたのだ。バイトテロ、カスタマーテロ的な事件と言うのは我々が(これを読んでいる皆さんを含めて)生きていくうえで常に隣り合わせで生きている。
そのなかで、我々は強い規範意識を持たなければいけないのだ。

とにかく誠実で、自律しなければいけない。そんなことは果たしてできるのだろうか。喫煙者であれば、一度はその場のノリで路上喫煙をしたことがある。男性であれば、おしっこが我慢できず立小便をしたことが一度はあるだろう。完全な潔白な人間とは存在しないのだ。

話が大きくそれたが、何が言いたいのかと言うと、人間には個体差がそれぞれあり、どの個体の規範意識もばらばらであり、大きな失敗をするものもいれば、バレずに過ちを繰り返し続けている人もいるし、自分は一度も間違ったことをしたことが無いと思いながら人の失敗をとにかく怒る人もいる。過去の人類の失敗を見習わず、たとえその事実を知っていても「あのときのあいつらと、今の自分の状況は似ているが全く別物だ」と思いながら、過去の人類の過ちとまったく同じことを繰り返す。
それがとても可愛いと思えるのだ。人間を鳥瞰してみれば、なんともかわいい生き物だ。
こんな小さな場所で何億と暮らしながらその全員がそれぞれの正義をもって戦い、愛を育んでいる。それがとても可愛いのである。

はあ?
なにいってんだかである。思い立った言葉をただただ書き連ねた何の意味もないことを書いてみた。


とりあえず、こういった思想めいていて実は内容が全くないものを書いておけば、途中で多くの人が脱落し、このあとの個人情報を含んだ日記を誰にも読まれずに済むという利点がある。いわば、たこ墨イカ墨のような役目だ。


さてと、野球ネタを書き終えた。今日は15時ころから、マセキの事務所に出向いて半年に一回の面談がある。マセキユース(マセキの預かり)の芸人さんは漏れなくこの儀式を行わなければいけない。
面談と言うのは、マネージャーの方やスタッフの方、そのコンビやトリオのメンバーで、ここ半年の活動はどうであったかと反省と目標を語り合う場所である。ここでクビを宣告されるものもいるというまさに恐怖の儀式と言っていいだろう。

我々は2021年の10月ころにマセキユースに入った気がする。おそらく4度目の面談である。
この面談は、面談開始の15分前くらいには事務所に訪れ、自己分析レポート的な個人に対しての簡単なアンケートと、コンビの活動についてのアンケートがある。コンビのアンケートはコンビで1枚で良い。

始めて面談をした2021年の年末に、このアンケートが思ったよりも書くことが多く時間が足りないなと思った私はだいたい25~30分前には到着して書くようにしている。
これくらい早く来れば、個人のものもコンビのものも余裕をもって記入できる。

ん。待てよ。なぜコンビのアンケートを私がすべて書かなければいけないのか。私は時間が足りないと思って早めに来て、全部書いている。田川くんは規定の15分前ぎりぎりに来て自分のものだけを15分かけて書いている。これはおかしいな。むむむ。
コンビのものはコンビで話し合って書くべきであり、その話し合いのためにも30分前に二人とも到着して15分で自分のもの、残りの15分で話しながら一緒に書いていくのが当然ではないだろうか。これはおかしいな。

本当にどうでもいいここだけの話なのだが、今日は面談の後に野球ネタ賞レースへのエントリーのための動画を撮ることにしていた。朝11時過ぎ頃に田川くんへは漫才の台本と、今日はこういったスケジュールで撮影もやろうとメッセージを送っていた。これがなかなか既読にならず、面談待機室へやってくる直前に既読になった。
そして、既読無視であった。うーん。大人としてどうなんだろうか。まずはもっと早く起きて確実に遅刻しないようにしないといけない。そして、いくらコンビで私がネタを書き、スケジュール管理をする役割とは言え(いろいろやりすぎなのは置いておく)既読無視とはいかがなものであろうか。

とそんなことを思いながら面談をした。それぞれの課題と今後の話をした。
この内容については書かないほうが吉であることはいくら学がない私でもわかっている。それこそバイトテロのようなことになりかねない。

面談を終えて、件の野球ネタのネタ合わせをする。普段はやらない形のネタだったので、そこそこ躓きながらもなんとか形にはできた。
そのあとは、大人気漫才コンビプロポーズ(もうすぐ売れるとか売れないとか)に撮影協力をしてもらってなんとかエントリー用の映像も確保できた。

その後、私以外の3人はラーメン二郎三田本店に行くと言って、夜の田町に消えていった。彼らの健康状態が不安である。前日、田川くんは痛風のような症状が出ていた。ありゃ死ぬで。

私は帰宅して、お好み焼きを作って食べた。そして現在に至る。
これから明日の漫才大行進と夜のライブのネタを調整して寝る。
働き者~~~~~~あああああああああああああああああああああ!!!!しんどい!夜は眠りたいものである。

今日面白いと思ったことは「久しぶりに頭に浮かんだ文字をひたすらに打ち込んでみた。面白いかはわからないことがおもしろい。」


こんなつらい人生。ここに空き缶を置いておきます。