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近所のばんばに里芋もらった話

 私の家の向かいには、ちょっと耳の遠いばんばが住んでいる。ばんばはじんじと一緒に住んでいて、じんじは去年ブヨに噛まれて足を引きずっていた私にアンメルツヨコヨコを授けてくれた。いわく、刺されたり噛まれたりしたらこれを塗るとバッチリ!とのこと。アンメルツには「へび・まむす用」と書かれており、部屋に戻ってから私は「書き文字まで訛るのかよ!」とひとしきり笑わせてもらったのだった。ほのぼの。

 ばんばの家には小さな畑があって、お芋やらほうれん草やらトマトやらネギやらズッキーニやらがたくさん植わっている。私は寝坊なので朝はいつも余裕がなく、ばたばたと家をあとにするのだが、そのばたばたのかたわらでばんばとじんじが畑作業にいそしんでいるのは横目で見て知っていた。ただ私とばんばたちでは生活リズムが微妙に異なっており、私が眠っている間にばんばたちは畑作業にいそしむが、私が家に帰ってくるころにはばんばたちの部屋の明かりは落ちていることが多い。ここのところ仕事が立て込んでいたこともあり、私はばんばたちとのおしゃべりの機会を逸していた。

 さてそのばんばが、玄関先で何かを干している。朝見た時は、きのこかな?と思った。ちょうどシーズンだし、干しシイタケ的なものを想像した。用事を終えて昼過ぎにまた家に戻ってくると、ばんばが玄関からひょっこり顔を出していた。ちょうどいい、直接聞いてみることにしよう。

「何を干してるんですか?」
「里芋だ」

 里芋!ばんばの家の畑では、里芋も作っていたのか。ふたごになっているやつとか、ミッキーマウスのかたちのやつとか、見た目にもバリエーション豊かで、なんだかうきうきしてくる。

「好ぎなぶんもってけ」

 ええー!!それじゃあなんか、私がおこぼれを期待して聞いたみたいじゃん……。ほんとはちょっと、心のどこかでは期待していた気持ちがないわけではないだけに、なんだかちょっとばつがわるくなって、「いいんですか?」と恐る恐る聞いてみた。「あんたいつも家にいないから、あげたくてもあげられなかったの」ありゃ、そうだったのか……。それはそれは、いつも帰りが遅くて(そのわりに電気つけっぱで寝落ちたりして)悪かったなあ。というわけで、ばんばからビニール袋をもらって、気に入ったかたちの里芋を三つ四ついただいた。「大きいの取ってけ」「は~い」「好ぎなぐれ取ったか」「たくさんもらいました!」ばんばは袋を覗き込んで、「あれ、もっと持ってけ」と私にすすめた。ええ~~だってばんばたちが育てたお芋でしょ、いいの?と思いつつ、追加でもう四つほどいただいた。ありがとう、ばんば。私はこれで芋の子汁を作ろうとおもう。私の大好物を……。

「ほうれん草と、ネギもいるか?」

 いります、と言ってしまった。私は里芋も好きだけど、ほうれん草とネギだって好きなんだ……。ばんばは刃の長い包丁を持ってきて、ひとつふたつみっつとほうれん草の株を引っこ抜き、根っこについている土をはらってくれた。私はばんばの手慣れた包丁遣いを眺めながら、しみじみとうれしくなつかしい気持ちになった。ネギの根っこを上手に切り落としながら、ばんばが言う。「このまえ、北海道に行ってきたんだって?」「うん、そうなの」「長いこと電気もつかない車も見えないしで、さびしく思ってらった」ばんばは少しばかり耳が遠いので、こうしておしゃべりするときはぴったり横について、ばんばにもわかるようにゆっくりと・大きな声で話しかける必要がある。「このまえは東京に行ってきたの」「なんだって?」「と・う・きょ・う!行ってきた!」「ああ……それはいがった」ばんばと私は、ぜんぜんちっとも血がつながっていない(ばんばはずっとここの人だけど、私の生まれは青森)のに、私のことを孫みたいにかわいがってくれる。私の帰りが遅い日は、まだ帰ってこないまだ帰ってこないと思いながら窓からうちを眺めてるんだって。くすぐったいような恥ずかしいような、なんだかとっても嬉しいような……。

「このネギ、太いな。あんまり太いとおいしくないの」
「太くてもいいよ。私なんでも食べるから」

 いやほんと、自分に好き嫌いがなくてよかったと、こういう時しみじみ思う。ばんばが手ずから土をはらってくれた野菜を、心おきなくおいしくいただくことができる。一人で食べる分には多すぎるくらいの量をもらったけど、なんとか全部、おいしく食べられるうちに食べきりたい。ネギは鍋に入れて、ほうれん草は片っ端から茹でておひたしにするのがいいだろうか。自分の舌に料理の技術が追いつかないのがもどかしいけど、どうやったらばんば謹製の野菜たちをよりおいしくいただけるか、しばらく台所で悩んでみるのも悪くはない気がする。

(余談だけど、このあとぼやーっと天気予報みてたら数日後に雪の予報が出ていて目を疑った。長い冬がもうすぐはじまるんだなあ……)

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