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遅まきながらやってきた「メガネを愛でる」日々
ずっとメガネは自分には関係ないものだと思って生きてきた。とにかく視力だけはよかったから。
けれど気がついたら、本の文字がよく見えなくなっていた。それでも「そんなわけない、まだ見えてる!」とすぐには視力の衰えを認められなかった。見えないせいで本を読むのが億劫になり、読書から遠ざかった。
とはいえ仕事もある。何も読まないわけにもいかず、しばらくして安い読書用のメガネを初めて手に入れた。
「見える!」
こんなことなら早く買えばよかった。「見える」そして「読める」というのは本当に素晴らしい。知らないうちに下がっていた生活の質が元に戻った。
最初のメガネ
それならちゃんとしたメガネを一つ持つのもいいだろうと思った。
そこで恐る恐るメガネ屋さんに行き視力を測定し、読書と仕事用に使えるメガネがほしいと相談した。提案された中に、かけているのを忘れるくらい軽く、黒とアンバーの色の組み合わせがきれいなものがあった。フランスのブランド「Anne et Valentin アンバレンタイン」だ。これに決めた。
ただ買うときにかなりビビった。メガネがこんなに高いものだとは知らなかったから(これまで2000円くらいのを使っていたワケだし)。
このメガネは近くを見る用なので家の中だけで使っている。でも買い物で確認したい食品の原材料や洗剤の使い方など、外出先で読めなくて困るものが増えていった。
教師が女子のメガネにかけた呪い
そこで外でも使える遠近両用レンズのメガネを買うことに決めた。これがなかなか買おうと思えなかったのにはワケがある。
「メガネが似合わない」からだ。鼻だって低い。まずメガネをかけてこなかったので、かけているときの自分の顔に違和感がある。それと、過去の出来事だ。
高校生のとき、友人が突然メガネからコンタクトにかえたことがあった。「なんで?」と聞いたら、友人が悔しそうに言った。
「先生にバカにされたから」
確かに少し前、授業中に男性教師が、女はメガネをかけたらブサイクになる、的なことを冗談めかして言っていた。わたしは自分がメガネをかけていないからとその発言をスルーしていた。
友人は傷ついていた。よく考えたらクラスにメガネをかけている女子は2、3人だ。ほぼ個人を攻撃したようなものだった。それ以来「メガネ」というと、わたしはいつもこのことを思い出す。自分の鈍感さを。バカにされたのはわたしも含めた女子全員だったのに。抗議すべきだった。そうしなかったことで、友人の悔しさとともに教師の発言が呪縛のように残ってしまった。
そんなこともあり、人前でメガネをかけるなど長い間、わたしにとってはありえないことだった。しかし背に腹はかえられない。
2本目のメガネ
そんなある日、美しい商品が並んだ棚に引き寄せられて入ったメガネ屋さんで、店員さんに話しかけられた。
「どんなのお探しですか?」
と聞かれて、「まあ今日は買わないけど」と思いつつ事情を話した。店員さんがいくつかメガネを持ってきてくれた。あんまりしっくりこない。「ほらね、今日は買わない」。そう思った。
店員さんは、「これはどうですか?」とまた次々持ってきてくれる。その中に深いネイビーのフレームのものがあった。
「その形はウェリントンと言うんです」
なんでもジョニー・デップが近年、流行らせた形なんだとか。初めて本当にしっくりくるのを見つけた気がした。日本のブランド「999.9 フォーナインズ」だ。
これを手に入れてからメガネがとても好きになった。似合うとか似合わないとか、誰かが言ったことは問題じゃない。自分が好きかどうか、でいいんだと思えたからだ。
人のメガネが気になりすぎる
自分がこうしてメガネをかけるようになって、人のかけているメガネが気になって仕方なくなった。
いま毎週金曜日に放映中のドラマ「クジャクのダンス、誰が見た?」は、わたしにとってはメガネを見るドラマだ。見るたび松山ケンイチさんが素敵なメガネをかけている。
あのメガネはどこのブランドなのか知りたい。と思っていたら、松山ケンイチさんがXに投稿してくれていた(投稿を辿るとドラマに登場の他のメガネについても教えてくれている)。
松山ケンイチさんがかけていた中のひとつ、このayameのメガネがとくに気になる。
ドラマとメガネ、といえば。Apple TVで観られるドラマ「窓際のスパイ」だ。ゲイリー・オールドマンが演じるMI5のスパイのジャクソン・ラム。彼は落ちこぼれスパイたちの上司で、自身も落ちこぼれ。大きな組織の隅っこに弾き飛ばされている。
ラムのメガネのレンズは汚れている。見ていると拭きたくて仕方なくなる。そんなメガネをかけていて許されるのは彼だけ。それでも大事なことを見逃さないのがジャクソン・ラムなのだ(とにかく最高に面白いドラマ)。
そして3本目
わたしはこの間、またメガネを買ってしまった。ウェリントンのメガネを買ったお店で、またあの店員さんが、「これはどうですか?」と持ってきてくれた日本のブランド「yellows plus イエローズプラス」。裏側にとても細かく美しい模様が刻印された金属が貼ってあり、横からその銀色が覗くのが素敵だ。
店員さん、どうしてわたしが好きなのを知ってるんだろう? のっぺりしたわたしの顔に合うものを知っている、掘り深い顔立ちの店員さんよ、ありがとう。とても気に入って手に入れた3本目。どれも一生、大事に使いたい。
あー今日も、道ですれ違う人のメガネが気になる。