スタジオベイカー短編小説「ディレクターズチェア」第7話
第7話「予算獲得と仲間たち」
光田浩一は決意を固めていた。佐伯監督の未完の映画『月夜の囁き』を完成させる。そのためには、フィルムの断片やノートから読み取れる情報だけでなく、実際に撮影を再開する準備が必要だった。映画制作には時間も労力も、そして何より資金が欠かせない。独立系映画の制作経験が少ない光田にとって、予算を確保することが最初の難関だった。
しかし、彼は一つの確信を抱いていた。あの椅子に座るたびに湧き上がる鮮烈なイメージ、そして佐伯監督の魂とも言える執念がこもった未完の構想。それを映像化すれば、きっと今まで誰も見たことのない、映画史に残るような作品になる――そう信じていた。
光田はまず、映画学校時代の同期や過去に短編で一緒に仕事をした仲間たちに連絡を取り、企画の説明を始めた。しかしその反応は冷ややかだった。
「未完成の映画を今さら引き継ぐって?それ、ただの自己満足じゃないのか?」
「佐伯謙一郎は確かに伝説的な監督だけど、未完の映画には呪いの噂もあるだろう?そんな企画に出資する奴がいるのか?」
光田の熱意に耳を傾ける者は少なく、むしろ彼の話を「危険な挑戦」として敬遠する者が多かった。過去に聞いた「関係者が業界を去った」という噂もあいまって、『月夜の囁き』には不可解な不気味さがつきまとっていた。
しかし、そんな中でも光田に協力を申し出た者がいた。それは大学時代からの親友であり、若手プロデューサーとして活動している橋本恭平だった。
「俺も昔から佐伯監督の作品には興味があった。彼の未完の映画を完成させるなんて、確かに無謀だけど、面白そうだ。やってみようぜ」と橋本は言った。
橋本はすぐに動き始めた。まずはクラウドファンディングのプラットフォームを活用し、企画をプレゼンテーション用の資料にまとめ、オンラインで公開した。そこには、佐伯監督の残した未完成フィルムの一部や、ノートに記されたスケッチの画像を使い、「伝説の映画の復活」という壮大なテーマを掲げた。さらに「現代の技術と新たなクリエイターの力で、かつての名作を甦らせる」というメッセージを加えたことで、少しずつ注目が集まり始めた。
公開後すぐには大きな反響はなかったものの、映画ファンやインディーズ映画界隈で話題となり、SNSで拡散されていった。その過程で、小規模な映画制作を支援している投資家の目にも留まり、少額ながら出資が決定した。
また、過去に光田と一緒に短編映画を制作したカメラマンの井上大輔も協力を申し出た。
「正直、こんな変わった企画には興味がある。俺は映像が好きだし、佐伯監督の未完成映画って聞くと、ゾクゾクするんだよ」と井上は笑った。彼は、限られた予算でも魅力的な映像を作る技術に長けたカメラマンであり、光田にとって頼もしい存在だった。
さらに、音響技師の渡辺沙織も加わった。彼女はクラウドファンディングのページを見て興味を持ち、自ら光田に連絡を取ってきた。渡辺は、古いフィルムに残る音声を解析する技術に精通しており、佐伯監督のフィルムに刻まれたノイズや不気味な音響を解析したいという好奇心を持っていた。
こうして少しずつ仲間が集まり、プロジェクトは動き出した。しかし、資金はまだ十分ではなく、予算の不足を補うために光田自身もアルバイトを続ける日々だった。映画制作の現場が動き出すには、まだ多くの課題が残っている。それでも、光田の中には確固たる熱意があった。
「俺たちでこの映画を完成させる。そして、この映画が何を語ろうとしていたのかを明らかにする」
それがただの夢で終わるのか、あるいは現実になるのか――光田自身もまだ確信はなかった。しかし、仲間たちの協力と支援、そして佐伯監督の遺したフィルムが示す断片的なヒントは、彼の胸に新たな希望を灯していた。
やがて、彼らは撮影再開に向けて準備を整え始める。その一方で、ディレクターズチェアの周りで起き始めた不気味な出来事に、誰も気づいていなかった。プロジェクトが進むにつれて、椅子が持つ「力」は、より強く光田たちに影響を与え始めていたのだ。
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(第8話へつづく)
(文・七味)