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【短編小説】オタループ
俺には意中の女性がいる。それは、俺が応援している女性アイドルグループのメンバー・・・ではなく、その女オタだ。某SNSのアイドル垢で知り合い、現場でも一緒に行動することが増え、気が付いたら好きになっていた。俺みたいな女オタが好きなオタクを、世間では”女オタオタ”と呼ぶらしい。
今日もアイドルのライブが開催される。開場よりも何時間も早く会場前に着いた俺は、同年代のオタクで結成されたLINEグループで打ち合わせした集合場所に向かった。そこには既に1人の女性がいた。実は、その人には以前告白されたことがある。女オタオタオタとは仲も良いし一緒にいて楽しいのだが、やっぱり俺は女オタのことが頭から離れなかった。
「ごめん、他に好きな人がいるんだ・・・」
女オタオタオタは少し悲しそうな顔を見せたが、すぐにいつもの笑顔に戻り、「そっか!」と受け止めてくれた。しばらく会うのが気まずかったが、女オタオタオタが明るく振る舞ってくれるおかげで今は友達のように会話している。
「今日の物販は何買うつもり?」
「うーん、今金欠だから、俺はちょっと様子見かな~」
物販での戦略を立てている間に、俺がグループ内で一番信頼している親友が現れた。そもそもこのグループに誘ってくれたのがこの男で、彼がいるおかげで俺はオタ活を楽しめている、と言っても過言ではない。
「お、おはよう」
いつも気さくに声をかける親友が、照れくさそうに挨拶した。理由は明確で、彼にとっての意中の相手がいるからだ。先月のライブ終わりに二人きりで飲みに行った際、女オタオタオタに惚れていることを打ち明けられた。その後に女オタオタオタから告白されたことは、女オタオタオタオタには黙っている。打ち明けられた後は女オタオタオタオタからLINEで恋愛相談を受けるようになったのだが、自身の恋愛も上手くいってないので女オタオタオタオタにアドバイスできずにいた。
「今日はあと誰が来るんだっけ?」
「ちゃーちゃんは来ると言ってたけど、太鳳(たお)は家庭の用事で来れないんだって」
”ちゃーちゃん”も”太鳳”も本名ではなく、グループ内だけで通じるあだ名だ。ちゃーちゃんは女オタのことで、SNSのアカウント名に「ちゃー」が入っていたからそう呼ばれている。太鳳は顔が女優の土屋太鳳に瓜二つだからだ。ちなみに太鳳は女オタオタオタオタに好意を抱いているのが傍から見てわかる。女オタオタオタオタは鈍感だから気付いてないが、女オタオタオタオタオタタオは女オタオタオタオタとしゃべるときだけ声のトーンが変わる。
「そういえば、久々に田にも会いたいなー」
と、女オタオタオタが言った。田は”でん”と読む苗字だが、グループ内では愛称として”た”と呼んでいる。おそらく世界で一番短いあだ名だ。その田が来ない理由を俺と女オタオタオタオタは知っている。女オタオタオタオタオタタオに告白して振られたショックを引きずっているのだ。俺と女オタオタオタオタは女オタオタオタオタオタタオオタタのことを何回も慰めてライブに来るように促したが、女オタオタオタオタオタタオオタタはあれ以来一回も現場に顔を見せていない。
「やっほー!みんな待った?」
女オタが屈託のない笑顔で、空中に弧を描くようにこちらに手を振っていた。
「これで全員集合ね。ちゃーちゃんは物販行く?」
「いや〜私は先行注文で欲しいの大体買えたから、今日はいいかな。」
そう言いながら、女オタは今日のライブのロゴが書かれたTシャツを自慢げに見せた。かわいい。
「じゃあ、ちゃーちゃんと太田はここで待っててね」
太田とは俺こと女オタオタのこと。なぜか自分だけ本名の苗字で呼ばれてる。物販に向かう女オタオタオタと女オタオタオタオタを見送り、女オタと女オタオタは近場のベンチに二人で腰掛けた。
「いやー昨日のインスタライブ、見ましたかね?」
「あれは最高でしたね〜」
謎の敬語で会話するくだらないノリも、今は楽しくてしょうがない。ライブを見るために会場に訪れたはずが、この時間が続くためにライブまだ始まるな!とさえも思ってしまった。
「・・・太田としゃべると、なんか落ち着きますなー」
女オタが言ったその一言が頭を駆け巡り、脳内の奥底にある変なスイッチを押してしまった。
「俺、ちゃーちゃんのことが好きなんだ」
あまりにも唐突な告白に、女オタは目を見開いて驚いていた。そして下を向き、何か考えた後に意を決したようにこちらを向いた。
「ごめん、他に好きな人がいるんだ・・・」
女オタオタオタに言ったセリフが、そのまま自分に帰ってきた。俺の唖然とした表情を見て申し訳なさそうな顔をしつつ続けた。
「私、田尾くんのことが好きなの」
頭がパニックになる。田尾というのは田尾安志の大ファンでもある親友のあだ名である。つまり女オタオタオタオタのことだ。ということはちゃーちゃんは女オタオタオタオタオタで、俺は女オタオタじゃなく女オタオタオタオタオタオタなのか…。
えっ、じゃあ女オタオタオタは女オタオタオタオタオタオタオタで、女オタオタオタオタは女オタオタオタオタオタオタオタオタになるのか。でもちゃーちゃんは女オタオタオタオタオタオタオタオタのことが好きだから女オタオタオタオタオタオタオタオタオタで、それを好きな俺は女オタオタオタオタオタオタオタオタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ・・・
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