雑感。。「こくそう」
国葬が閣議決定されましたね。
ここでいくつか気になるのは、安倍氏があのような凄惨な事件で亡くならないで、普通に寿命を全うしても国葬扱いたる評価になっていたかということ。
仮に事件が失敗に終わって無事に30年先に寿命を全うできたとしても、恐らくは、大平さんや中曽根さん同様に、新聞の片隅におくやみを読んで「あーそういえば昔そんな人いたね」ぐらいの感覚なのではないだろうか?
もうひとつは、安倍晋三氏のような人徳の高い人物が、国費で行われる自らの国葬を喜ぶだろうかということ。
察するに彼のように信者を、、もとい国民を大事に思って生きてこられた方なら、今の日本の状況を鑑み、きっぱりと辞退を申し出るに違いない。
センセーショナルな事件に高揚して、浮かれて盛り上がっているのは、自民党の一部の関係者だけではなかろうか?
本来であれば故人の気持ちを慮り、少しは汲んであげるのが人としての正しい行いだと思うのだが、少しは倫理観のある宗教哲学でも勉強したほうがいいのではないかと思う。
可愛そうなのは、残された奥様たる昭恵夫人だ。
聡明で謙虚な方らしいので、死んでまでも自民党の宣伝ピエロとして祭り上げられる亡き夫が不敏でならないはず。
ただでさえ心中穏やかではない状況で、死を宣伝材料にするようなやり方は、無神経にもほどがある。
夫人は、選挙で選ばれたわけでもない、本当にただの一般人なので、死を悼む気持ちがあるなら、親族による葬儀も終わっているので、政界や俗世との関わりを断たせてあげて、これからはそっとしておいてあげてるのが優しさというものだろう。
閣議にて決まったことなので、反対派がやんや、やんや騒いだところで、中露朝が侵攻してきて全包囲され本土が完全制圧されるか、自衛隊の有志がクーデターでも起こさない限り、9月27日に国葬は粛々と行われるのものと諦めてはいるが、せめて全額クラファンで国民葬の形にしてもらいたかった。それなら誰もが納得できただろう。
安倍氏の国民葬に10万円以上寄付してくれた国民には、向う50年間の消費税免除とかをリターンにすれば、みんな喜んで寄付すると思うのだが。
熱心な方向けに、500万で安倍晋三氏純金像も用意すれば、1兆円ぐらい直ぐに集まるだろうに。
デジタル社会の今、なぜそれが出来ないのだろうか。
百歩譲って国葬として執り行うのなら、無宗教でとか言ってないで、せめて日本国らしく古来より馴染み深い「神道」の形式にて弔ってもらって、正しい「あの世」に送ってあげるのがいいだろう。
粗末なものでかまわないので、下関に「安倍晋三神社」なるものも建立して奉ってあげれば、関係が取り沙汰される旧統一教会とも繋がっていないと証明されて、故人にとってもいいと思うのだが。