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A町ノスタルジア vol.1「少年時代」

(著者)バカ公園・夢

僕がまだ小学生だった頃に住んでいたA町は、
思い返すとなにか変な町だった。

僕が生まれるずっと前。
A町には、現在はすでに倒産した大企業が所有する実験施設が
いくつも建てられていた。
A町は農業が盛んで、全国有数の出荷数を誇る。
そして、A町から出荷される農作物には、とある特徴があった。
デカくて美味くて栄養が豊富なのである。
肥沃な土地がそうさせるのか、はたまた農家の腕が良いのか。
日本中の農家から大きな注目を浴びていた。

A町の農作物に対しては、様々な憶測が飛び交った。
例の実験施設が絡んでいるのではないか。
認可されていない肥料や農薬を使っているのではないか。
オカルト雑誌には、実験施設では墜落したUFOから採取した
異星人のテクノロジーの実験が行われている。
などと書かれた始末だった。


そんな実験施設も、運営元の大企業が倒産し、もぬけの殻となった。
施設の取り壊しを求める声が多かったが、役所はなぜかそれに応じなかった。


僕が小学生の頃には、例の実験施設はすでに廃墟となっていた。
取り壊されず町に残されたのは、いくつかの工場や、実験用の施設の廃墟。
大人たちには、危ないからそこに入ってはいけないと言われていた。
小学校で配られるプリントにも、よく注意書きがされていた。
特に、夏休み前なんかには。

そんな大人たちの注意なんて、子供にとっては意味をなさない。
廃墟はたくさんの子供たちの秘密の遊び場になっていた。
もちろん、僕もよく遊んだ。

小学3年生の夏休み。
通っていた小学校が定めている校区の外にある廃墟に
探検に行くことにした。その廃墟というのが、
いくつかの曰くがついている町内で最も大きな廃墟だ。
校区外に行くこと自体が僕らにとっては冒険だったが、
行く先が曰く付きの廃墟である。自然と胸が高鳴る。

その廃墟の曰はいくつかあった。
中から赤ん坊の泣き声が聞こえる。
異世界に繋がる扉がある。
実は今でもなにかの実験がされている。
など。

友人のT、A、僕の3人は廃墟に向かった。

流石に夜に行く勇気がなかったので、
僕らは朝早くに出発した。
3時間ほど自転車を漕いだと思う。
当時は、自転車があればどこにでも行けたような気がしていた。
今は30分も自転車を漕ぐと、グッタリしてしまうというのに。

汗だくになりながらも、廃墟にたどり着いた。
この廃墟は地下付きの3階建てだが、
2階から上に登るための階段は崩れてしまっていた。
探検できるのは、1階と地下だけだった。

廃墟の中はめちゃくちゃに荒らされていた。
ワクワクしながら物色したけど、特に面白いものはなかった。
謎の実験がされていたのであれば、
見たことのない機械がそのまま置いてあるようなことも期待していただけに
少しがっかりした。

廃墟に入ってしばらくすると、
なんだかお腹の辺りにふわふわとした妙な感覚を覚えるようになった。
床に散乱しているゴミや紙屑なども、微かだがふわふわと動いている。
妙な浮遊感を感じる。
地の底から、なにかの力が湧き上がっているような感じがした。

TとAも妙な浮遊感を感じているようで、
キョロキョロとあたりを見回していた。と、その時。
「ィエアォォォ〜」
声がした。赤ん坊の泣き声に聞こえる。
噂は本当だったのかと背筋が凍る。

「ウワァァァ!!」

Tが悲鳴をあげて走り出した。
床に散乱したゴミに躓いたTが転倒し、ガシャーンと大きな音。
物陰から何かが現れた。

猫だった。

なるほど、赤ん坊の泣き声と噂されていたものは猫の鳴き声だったのか。


ほっとした僕らは、ひとしきりTくんをからかったあと、
地下を探検することにした。
地下に続く階段は、1階から外に出てすぐのところにあった。
雑草が生え放題だが、先客があったのだろう。
雑草が踏みしめられて、道ができている。
灯のない地下へと続く階段は、大きな化け物がぽっかりと口を開いて、
獲物が迷い込んでくるのをじっと待っているように見えた。

僕たちは軽口をたたきながら地下に降りた。
きっと、全員が怖がっているのを悟られないように
強がっていたんだと思う。

地下は本当に真っ暗で、夜よりも暗かった。
次第に目が暗闇に慣れてきた。あたりを見回してみる。
実験用の地下室があるのだと思っていたが、
空っぽの部屋があるだけだった。
それでも、地下室特有のカビ臭さや湿気、
そして何より光の届かない暗さが、僕らの胸を高鳴らせた。

「やっぱり、なにもないみたいだね」
僕がそう言うと、Aが「あっ」と声を上げた。
「ほら、あそこ! 奥に行けそうだよ」
ぼんやりとだが、地下室の奥の方に細い廊下が伸びているのが見える。
Aが廊下に向かっていったので、僕とTもあとに続く。

廊下を進むと、次第にコンクリートの壁が土の壁に変わっていき、
洞窟のようになっていった。
しばらく歩くと、僕たちの目に入ったのはトロッコとレール。
どうしてこんなものが?

「動くのかな。乗ってみようよ」
Aがそう言って、トロッコに乗った。
僕も少し怖かったけど、好奇心が勝ったのでAの後ろに乗った。

「T、ちょっと押してみてよ」
Aが声をかける。

「危ないんじゃない?」
Tは乗り気じゃないようだったが、恐る恐るトロッコを押した。

ギギギギ…。
トロッコはゆっくりとだが少しずつ動いた。
金属がこすれる音が次第に大きくなり、
トロッコのスピードが上がっていく。
「T!もういいよ!止めて!」
Aが叫んだ。
「やばい!止められない!」
Tは力いっぱいトロッコを止めようとしていたが、
すでに止められる状況ではなくなっていた。
地面が傾いているわけでもないのに、トロッコは自走し始めている。
Tを取り残してトロッコはぐんぐんスピードを上げていく。
Tは何かを大声で叫んでいたが、
すでにもう聞き取れないほど、距離が離れていた。
「降りよう!」
僕はとっさにトロッコから飛び降りようとしたが、
もうすでに地面がほとんどない。壁もなくなっていた。
地下の大空洞に点々と屹立するいくつかの地面があって、
その地面にレールが途切れ途切れに敷かれている。
このまま進むと、レールが途切れた部分で地下に真っ逆さまだ。

まずい!!
顔を上げると、信じられない光景が視界に飛び込んできた。
空中にバナナが回転しながら浮いている。
あのバナナを取るつもりでトロッコごとジャンプすれば、
途切れたレールから次のレールに飛び移れそうだ。
必死だったので、なぜそんなことができたのかはわからない。
僕とTは息を合わせてトロッコごとジャンプした。
バナナが目の前に近づいてくる。
Tの身体にバナナがぶつかり、『取った』。
何を言っているのかわからないかもしれないが、『取った』のである。

レールからレールへ。バナナを道しるべに、飛びうつる。
とにかく必死だった。

そして、次に僕の視界に飛び込んできたのは「K」のパネル。
バナナと同様に空中に浮いている。
ジャンプして、取った。

ジャンプする。バナナを取る。途切れたレールを飛び越える。
完全に空中に浮いているレールもあった。どういう原理なのか。

「O」のパネルも難なく取った。
「N」は取り逃して、「G」はギリギリ取った。

向かいから、別のトロッコが猛スピードで迫ってくる。
なんとそのトロッコには、ワニが乗っていた。人のようなワニだった。
ガチのワニというよりは、人間っぽくデフォルメされたワニだ。
ジャンプでかわす。ワニが乗ったトロッコを数台やり過ごしたところで、
気が緩んだのかもしれない。
レールが途切れた箇所で、地下へ真っ逆さまに転落した。

パンッ!
風船の割れる音がした。


気がつくと、最初からやり直していた。
さっき体験したばかりなので、「K」「O」「N」「G」はすべて取れた。
命がひとつ、増えた気がした。

そんなこんなで、結局3回ほどやり直して、
トロッコステージを『クリア』した。
何を言っているのかわからないかもしれないが、クリアしたのである。

気がつくと、僕とAは廃墟の外に倒れていた。
傍らには、Tが心配そうな顔をして佇んでいる。
いつの間にか、日は沈んでいた。

僕らは何も言わず、廃墟を後にした。


廃墟の地下に広がる謎の大空洞とトロッコステージ。
空中に浮くバナナ。KONGパネル。ワニ。
地の底から感じる謎の浮遊感は、あの大空洞に由来するものなのだろうか。

今となっては、あの廃墟で何が行われていたのか、真相は闇の中である。
廃墟はもう、存在しない。

だが、A町で採れる農作物は、今でもデカくて美味くて栄養が豊富だ。

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