スポーツで社会とつながる
自分のために実現するのではない、
選手のために実現するのだ。
いま、日本初のブラインドサッカーの女子クラブ作りを進めてます。このnoteでは、その道のりを記録していきます!
鈴木は、障害の有無に関係なく混じり合う社会を作るために Fukatomo Inclusive Lab でインクルーシブ活動をしてたり、
西野亮廣エンタメ研究所でさまざまな分野のエキスパートから学んでます。
現在までの道のり編です。
前回は心残りのことの話でした。
社会と繋がるきっかけ
人生の途上で障害者になり、
学校や職場に馴染めなくて、
病気や大怪我をして、
さまざま理由でひきこもりになり、
地域社会との接点を失った人。
僕は彼らを孤立させたくない。
なぜなら、
誰かを取り残す社会は健全じゃないから。
苦しむ人がいるのに、
見て見ぬ振りは嫌だから。
だから、
インクルーシブ活動をします。
スポーツを中心に。
スポーツがきっかけで社会と繋がるとは?
イギリスでの例
ウォーキングフットボール界の事例です。
兄弟の自死をきっかけに鬱病になり、誰との関わりも絶ってひきこもりになったAさん。
人生に絶望し、友人の誘いを拒み続けている中でウォーキングフットボールと出会いました。
少しずつ参加していくうちに彼の心は変化していきました。体を動かしていくうちに、前向きな気持ちがまた蘇ってきたのです。
参加を繰り返しているうちに、彼はひきこもりから抜け出せたのです。
日本での例
ブラインドサッカーでの事例です。
サッカー好きな青年のBさんが自動車に轢かれました。長い間意識不明で生死の境を彷徨ったのです。
長い期間を経て目が覚めた時、彼は視覚障害、半身麻痺と脳機能障害を負ったことを知るのです。
医者からは寝たきりの生活になることを告げられて絶望します。
ある日、地元にブラインドサッカーが出来たというニュースを知った家族が、視覚障害を負っても出来るサッカーがあるとBさんに紹介しました。
ブラインドサッカーが彼の希望になったのです。ブラインドサッカーする事が目標になり、辛いリハビリを乗り越えました。
2016年、彼はついにブラインドサッカーデビューしました。
乗り越えた事例はまだまだあります。
スポーツで社会と繋がっていく。
インクルーシブ活動をしていく理由はここにあります。
ブラインドサッカーについて綴っていきます。 日本初の女子ブラインドサッカークラブが出来ていく歴史を見守ってください!がんばります!