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10畳のベランダ

私の実家は、商店街の中心に位置していた。そこで、両親が自営業を営んでいたためだ。

中学生の頃、2階の平たい屋上に、3階部分として増築して作られた私の部屋にはクーラーはなく、あるのは壁掛けの扇風機のみだった。ベランダに出ると、下には商店街が東西に延びている。

猛暑日、そんな部屋で寝るのはしんどかったが、若さでカバーしていた。
高校生の頃、「ベランダで寝たほうが夜風が当たって涼しいのではないか」と思い立ち、実行に移した。

10畳ほどのベランダ。昼間の熱を優しく包み込んでいるコンクリートの床に、ゴザ、その上に布団と夏のミルフィーユを完成させる。

蚊よけに、部屋からコンセント式のベープマットを持ち出し、布団の横にセット。完璧だ。

予想通り、タオルケットの毛先を揺らす微風は室内よりマシと言える。ただ、その代償としての早朝は、太陽の日差しが朝5時前からすさまじく、汗だくになったものだったが、早めの自然の目覚ましと捉えていた。

そんなベランダで夏を過ごしてきた。
時は流れ、社会人になり、実家に戻っていた時、また夏がやってきた。

社会人経験を数年経た私は、経験値も格段に上がっていたので、ベランダで寝るためのさらなる冷涼効果の策を思いついた。

そう、ホラー映画鑑賞である。

暑さを和らげる、夏の三大『涼』と言えば、そうめん、風鈴、ホラー映画。
その偉大なる力を拝借することにした。

映画は『パラノーマルアクティビティ』というもので、怪奇現象が起こる部屋に設置した固定カメラを通して、ホラーを体感していく内容である。

部屋のコンセントから、ベープマット用コード1本、ノートパソコン用コード1本をスルスルと伸ばし、ベランダの布団の上でうつ伏せになり、枕と好奇心を胸下に置く。

部屋は消灯し、商店街にヤンキーはたむろっていない。街頭も下にあるため、夜の帳はおり、自然の映画館の完成。

パソコンにDVDを入れ再生。幕開けである。
低予算で制作された映画に、低予算で涼を求める私の思惑は一致した。

「ダンッ‼」
鑑賞中、やや遠い所で音がしたが、こんなものでは驚かない。
ジャンプした野良猫がトタン屋根に着地したのだろう。こんなのは、想像がつく。甘い甘い。

話は進んでいき、スリリングな展開が期待される中盤。

画面越しでちょっと驚いた瞬間である。リアルに近くで

ブウォーン、ヴォーンヴォンヴォン


と大きめの効果音が鳴り始めた。心拍数が急激に上がる。

何?怪奇現象?

なんてことはない。室外機のファンが回り始めた音だった。階下で親がクーラーを入れたのだろう。タイミングが良すぎて、脈が収まるのに時間がかかる。

視覚でみる非現実世界と音で反応した現実世界。世界が融合したホラーを10畳のベランダで体験していることに、涼はどこかに行き、いつからか興奮を覚えていた。

相変わらず室外機は回っている。映画が終盤に差し掛かったころである。
霊感を全く持ち合わせていない私が、横から誰かに凝視されている感じがした。

隣はアパートで、3階の住人がベランダに出れば、視線を感じることはある。しかし、電気もついてないし、あまり家にいるところも見たことがないし、可能性は低い。

ましてや親でもない。視線を感じる方向は部屋でも階段の方向でもない。

映画で呼び寄せた?でも、霊感ないけど、この感じは何?思い違い?

話は逸れるが、テレビのドッキリ企画で、飛び上がるほど驚いたり、腰の力が抜け、その場に座り込んだり、オーバーなリアクションをする人がいるが、私もその類である。
現に、過去、私の部屋のクローゼットの中に弟が潜んでいたことがあり、30分後ぐらいに出てこられた時には、文字通り【布団から飛び上がり】、弟から「漫画ような驚き具合だった」と言われたこともあった。
もっと言うと、高校生の文化祭のお化け屋敷程度で腰を抜かした男が私だ。

そんなビビり体質の私が、「何者か」に見られている。
振り向くべきか、否か。
振り向かない選択をした場合、映画の恐怖を煽るシーンに合わせて、その「何者か」に飛びかかられたら?

これは最悪である。

意を決して振り向くことにした。単なる気のせいという確率も少なくはない。


振り向くと、猫だった。


ベランダの柵に、類まれなる平衡感覚を兼ね備えた野良猫がジィーーーッとこちらを見ていた。まるで、「お前、こんなところで何してんの?」という顔だった。猫に小判。猫とホラー映画。

猫よ、映画のスリリングさに便乗して人間をもてあそぶの、やめてもらっていいですか。

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