5万アラビアンナイト千と十一夜珈琲店メモです😂
■アラビアンナイト珈琲店 第一集<X版>
2度と、2度とくりかえさることがありませんように!感性豊かで繊細な人たちへ。祈りの書
今日は一人の俳優さんがお亡くなりになった命日です。自死を個人責任、個人の自由、そう考える方もいらっしゃると思いますし、何が正解か、そもそも正解があるのかも不確かです。
ただ命を全うしてほしい、そんな気持ちから書きました(身の回りの不安定な問題で、4年越しになってしまいました><)。
わたしたちを楽しませてくれる芸の人は感受性豊かな方が多く、またご本人も自覚もないかもしれませんが、ひとつもふたつも抜きんでた人は完璧主義傾向の高い方々だと考えられます。芸の世界にも完璧などありませんが、追及する姿勢をもっているからこそ、わたしたちに姿を見せてくれ楽しませてくれたり生きることを楽しくするスパイスをくれるのでしょう。完ぺき主義は諸刃の剣、やさしい魂は良い方を私たちのために使い、もう一方をご自身に向ける><
芸の人に届きますように!
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■《アラビアンナイト珈琲店》
ここはアラビアンライト珈琲店。西の空が茜色に染める頃から、濃紺が空一面に広がり始める時のしじま、街角に忽然と姿を現す珈琲店。
とっぷりと日も暮れた。夜空には白に黄、赤の星々が踊り、珈琲店は月光を浴びている。
🌾カンテラはオレンジ色に灯っている。
カラランコカラン。月光に照らされた扉を開ける音が響いた。客の訪れである。
「・・・。」
お客は決まって無口で扉を開く。それは当珈琲店に限ったことではない。一人客なら大抵誰でも店内の人気を想像したりしながら静かに店の敷居を通る。ましてや新客なら当然のこと。
店の外観は由緒ある洋館といった趣で、扉はパリの街角にあるようなアンティーク調の木製である。濃茶の落ち着いた色調とオーソドックスではあるが、その形は異様なほど細長い。まるで茶室に入るあの小さなにじりぐちを縦にひきのばしたようである。必然大抵の大人は身を細めてやってくる。上背のあるすらりとした新客は少し前かがみのまま、肩をぶつけることもなくすっと敷居を超えた。髪はつやのある桎梏の黒。整った眉。きめの細かい肌は青白く、美しい顔には澄んだ目がのっているが思いつめたように沈んで見える。何か腑に落ちないものを抱えているのだろうか、いや、誰でも一つや二つ釈然としない塊を持て余しているものだ。
青年は素早く店内を見回した。
「いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました。ご案内致しますわ。」
芽依はしっとりと出迎えた。アラビアンナイト珈琲店のメイドである。口角が緩やかに上がったアルカイックな微笑は安定して幸福感の高い人がそうであるように出会う人を祝福で包みこむような喜びを称えている。歳は20代の半ばを過ぎた頃に見えるが実際はもっと年齢を重ねているのかもしれない。黒と白を基調としたレースと膨らみの多いメイド服で、膝が隠れる丈のスカートは清楚である。腰もとで巻かれたエプロンの白い紐は、華奢だが女性らしい芽衣の身体の凹凸を際立たせていた。
新客は心ここにあらずの様子ですっと長い足を前方にのばし、敷居を跨いだ。青年の手から離れた扉が滑らかに動いた。カラランコカラン。新客はハッとしたが、ドアベルの響きのためか、店の珈琲の香りのためなのかは分からない。
※
新客は珈琲店内を一覧した。
「あちらでよろしいかしら」と芽依がにこやかに声をかけた。
青年はすっと会釈をした。一礼はごく軽いものだったが礼儀正しさが伝わるには十分だった。翔子は来店した男性に目をやり、
「あら、イケ男。美男、好青年。あっ」と、驚き息を飲んだ。
翔子、彼女はこの珈琲店の常連である。やってくる客を時を忘れて観察しては歯に物を着せずものを言う主婦だが奇妙なほど毒がない。小さな女の子を子育て中という話だ。顔立ちは一見してクールな印象を与えるが、髪型はふわりと空気感をもたせてあり毛先は緩い内巻である。白いブラウスに主張しすぎないアッシュピンクの揺れ感のあるプリーツシフォンスカートをはいている。彼女も口元に微笑が見られるが芽衣とは異なる印象を与えた。「疲労困憊の果てに行きついたユートピアにいるのよ」とは彼女が言ったせりふである。
彼女は40代に入ったところであるそうだが、最近の子育てママがそうであるように彼女も十分に若々しく、かつ熟成した魅力が宿りつつある女性だ。
「・・・」
蒼白の新客は、イケメン、美男、好青年、との翔子の3拍子に対応するべくごくごく自然で歯にかんだ笑顔を見せた。好印象そのものであるが、目の奥の生気は今にも消えそうな蝋燭のともしびのようであったのをマスターは見逃さなかった。
「いらっしゃい。寒かったでしょう。おっと、7月に言うセリフではありませんかな。さぁ、温かい珈琲をお入れします。ゆっくり一息ついていってください。生きていると色々ありますからな」
マスターはまるで千年来の父のように迎えた。
<ナレーション>
さて、ここでこの小説を始める前にこの物語を書くに至った背景について少しお話しさせていただければと思います。
この小説はコロナ禍中の去る2020年7月、自死により地上を去り天界へと移動された有名な俳優さんがアラビアンナイト珈琲シリーズX版の新客X氏のモデルとなっております。
しかし当作品は当俳優さんが死を選んだ理由を追及しようとするものでも、また世の中に飛び交うネガティブな憶測を広げたり新たに作り出す目的で書かれたものではありません。あくまでも、有り余る才能でわたしたちを楽しませてくれた(ファンの方のご意見参照。”時に勇気や元気をくれたり、ドキドキさせてくれたり”と)この俳優さんへの冥福の祈りであり、そして彼の残してくれた勇気や希望など力を与えてくれる言葉の共有の場です。また、ご本人のみぞ知る自死の理由からは切り放した状態で、広く現代における心の病、それから自死の特徴、そして中でも特に芸能人やアーティストの心の特性について考察したフィクションです。
著名人の自死は少なからぬ影響を社会に及ぼします。わたしたちのより深い理解によりそのような悲しみが減りますように、また広く心が病みやすい人たちが生きやすくなりますように、芸の人やクリエイティブな方々が生き生きと創作活動ができますように、人生の底に迷い込んだとしても希望の光が見出せますように、そんな願いと安寧の祈りの物語集です。
ご理解いただける心ある方の目にとまり幸いです。ナレーションにお付き合いいただきありがとうございました。それでは本編をお楽しみください。<ナレーション終>
「いらっしゃい。摩訶不思議アラビアンナイト珈琲店へようこそ。あぁ、これはコンタクトレンズではありませんよ。これは先天的なものです。リアルな世界では珍しいと思うかもしれませんが世界の中では結構いるんですよ」
新客の青年は、なるほど、了解しました、と真摯な眼差しを向け口元に微笑みを浮かべた。
マスターは5万人に一人程の出現率と言われている虹彩異色症であり両目の色が異なる。「珈琲の香りでこうなったのですよ」とはマスターの説明であった。
「ほら、うちの猫と同じですよ。今日はあいにくどこかに遊びに行って店にはおりませんがな」
青年は席につくや腕を額の前で組み顔を覆い俯いた。
「きっとじきに戻ってきますわ。気紛れといったら、猫様の特権ですもの。あの子はそれでいつもちゃんと、戻ってきてくれるのですわ。猫様ですから」
ごくごく自然のていの芽衣に対し、翔子は唖然としていた。
「あ、あ、あのやっぱり・・X君、よね」
■《ジャスミンの薫り》
翔子はピンク色の薔薇模様の珈琲カップを宙に浮かせたまま、驚いた猫のように少し吊り上がった目を見開かせていた。新客は知名度の高い俳優X。ミーハーではない翔子だが一種の高揚を覚えていた。知性的で洗練されながら真っ直ぐで誠実な人間性が溢れる魅力を備えたXを目の前にしているのだから無理もない。
「いらっしゃいませ。こちらのメニューです。本日のコーヒーは、パナマ産ゲイシャと言って、ジャスミンの香りのする爽やかな逸品ですわ」
「それでお願いします」とXは顔をあげて言ってから、再び手のひらに顔を沈めた。
店内に珈琲の香りと静けさが広がり、マスターが禅の修行僧のように(とぎ済まされた茶人のように)珈琲を入れる音が響いた。
※
余白の後、芽衣が香りけぶる珈琲を運んだ。上品なメイド服は老舗珈琲店さながらで、芽衣が一瞬で相手の隅々まで温かく包み込むような笑みを伴っていたのはいうまでもない。テーブルに丁寧に置かれたスズラン模様の珈琲カップからは爽やかな香がした。
「ありがとうございます」
青年は息を大きく吸った。香りはXの脳の奥にひろがり目からこぼれるような恍惚を呼びおこした。生気を失っていた青年の目の奥に幾分か生命の火花が走った。
「どうですかな、目が覚めますかな。なんとも沈鬱な日はあるものです」
青年は真顔のままほほ笑むと花の香りの珈琲を口に運んだ。随分と精気が戻ったXだが、腑に落ちないなにか不可解な塊が鳩尾のあたりに詰まっているような表情に変わりはなかった。
「どうぞひと息おつきになって下さいな。Xさん。きっと気が楽になりますわ」芽衣の柔らかい口調はXを包んだ。
「そ、そうよ、そんな若いのに暗い顔していたらもったいないわよ。若い時は二度とこないんだから」
翔子は珈琲カップを未だ宙に浮かばせたままうわずった。いつもは大人の落ち着いた翔子の声が、キーが外れたリコーダーのように甲高い。
■永遠の38
俳優としてのXを誰もが口をそろえて一流の人と言うだろう。普段ドラマは勿論、テレビもほとんどつけない翔子が認知したぐらいだ。数年前はその若々しい美しさで多くのファンをうならせ、「神々しいまでの美しさ」と、ファンを魅了した。そして今大人の魅力も加わったXがここにいる。
「若さってそれだけで華なのじゃないかしら。まぁ、若さってものは失われて初めてその美しさに気が付くってものね。ねぇ、マスター」
「おやわたしですか?わたしは若いですよ。はちきれんばかりです」
マスターは力こぶを作る恰好をした。
「老いはまだやって来ないですな。一足早く老いなき世界の住人ですから。いつまでも気持ちは38歳です。38ですよ。ははは」
マスターの笑いは鷹揚であった。
「なんで38歳なの。18歳でも28歳でも33歳でもない。38。何かあるの?ロッテの39セットに対抗して38で勝ちに行った?それ古い?あ『さ(3)ーは(8)じまる』の語呂合わせ?」
「ははは、いやね、分岐点がありましてね。男はそのあたりを境に保守保守保守、出る杭を打ち、新しきは異質と排除し進歩と退化、伝統尊重と躍進の区別もつかなくなる老害コースか、古きはもちろん若きにも習い新しきを取り入れ次世代のために土地を耕し華をさかせ、よき種を残そうとする尊っとい成熟に至ろうと志すか分かれ道なのですよ。生か死か、右か左か、そんな風にはっきり2分割なんてできはしませんが、わたしは実に成熟の道を着々と前進ですよ、ははは」
「うん、確かにそうね」と、すんなり同意を示した翔子は、ここでやっと宙で停止していたカップに気が付き思い出したようにテーブルに置いた。
「あれ、つっこみはないのですかな」
「それわたしのセリフね。珈琲カップといっしょに宙ぶらりん、浮ついてるんだから」
くすくすと笑ったのは芽衣だった。場は和んだが、Xはまだ朦朧としたまま静かに珈琲を味わっている。マスターと芽衣は新客Xを見守るような目線を注いでから話をつづけた。
「マスターはお気持ちが若いですわ」
「確かに若いわよね 。たまに無理してる感がないでもないけれどね」
「なな。確かに昨日トレーニング過多で本日筋肉痛ですな、限界がきてから一歩のところ3歩行きましたかな、トホホ」
なんのことはない、マスターの鍛えあげられた肉体は見事なもので、胸板のふくらみはベスト越しによく見える。
「まぁね、そういうところも素敵だし、結晶知性よろしく、年齢にふさわしい知見ものぞかせてる。男の顔は履歴書っていうでしょう。そこはいい感じよね」
「ははは」とマスターは鷹揚に笑ったが翔子は真面目な顔をした。
「さしずめ女の顔は創作。今時は男も女もあってないようなものかしらね。選択の時代よね。男性性女性性、どちらも人は備えているもの。
ねぇ、お化粧、だなんて失礼だと思わない?化けるが入っているのよ。」翔子はすねたように芽衣をみた。
「うふふ。考えた事ありますわ。わたしは敢えて好意的に受け入れるようになりました。お化粧で千の顔を作り出せる、そう考えるのですわ」
「なる。わたしときたら化粧をすればするほどなんだか偽りを重ねるような気もちのなるのよ。素でいたいというか。何かと被ってたのかしらねぇ。そろそろしっかりとメイクしていい歳かもしれないわ。おっと、歳のせいは禁物ね」
芽衣はほほ笑んでいる。
「メークでご老人が元気になることもあるんだから、ルックスが人の心に与える影響は思う以上に大きいと思うの。だから美容産業も増毛産業も栄える」
「うふふ」
「視覚情報の影響力は大きい、きれいなものはきれい、そういうことよね。人は中身よ、とはいっても中身に外が伴えば無敵域なのは不文律ね。きれいなものはきれいよ。30代に入ったとき、京都の大原野神社に参拝に行ったの。しっとりとした場所にあるの。鹿の狛犬さんが鎮座してるのよ、でねそこで結婚フォトを撮影していたのよ。
無垢の衣装の花嫁に、おしろいのお化粧に深紅のルージュ。紅葉もそのときばかりは背景となって主役を飾ってたわ。きれいだった」
「素敵ですわね」
「Xさんのはかま姿って素敵よね、きっと」
「うふふ。本当に」
「芽衣さんも花嫁衣装きっと素敵ね。モデルでおできになるわ」
「うふふ、ありがとうございます」
「お肌もきれいだしスタイル抜群!男性陣が聞いたらたるいとか何とかうざがられる会話かしらね?」
「何か言いました?」カウンター越しのマスターは食器洗いの手を止めた。
「なんでもないでーす。友情ある女子トークよー。アラフォーのお肌事情は複雑よ、永遠のゼロ歳肌がいいわ」
Xは黙々と珈琲を飲んでいる。
■
いつ夜明けはくるんだろう
「そんな心配はわたしと夜露に預けて
何かしてもしなくても
ただ時を眺めやれば夜は明けるから」
それならどうして心の闇には夜明けが来ない?
いつまでたってもきやしない
待ちぼうける合間に僕は彷徨うよ黒い森
彷徨っていることなんて
見ないようにしてきたさ
だって空は青いから
黒い森からも空が見える
彷徨いなんて
ほら生きることの一部だからね
空が仰げればそれでいい
その日はきっと魔がさした
暗黒の闇に落ちた僕の隙をねらっていたのさ
夜な夜な現れて
沼へと続く道に僕をひっぱった
気が付けば真っ暗闇で
空もなければ
木々もなかった
君はあちらの道へ
花咲く道はあっちだよ
そこにも茨はあるけれど
開けた場所に君を運ぶ
そこでもやっぱり空は青いだろう
僕はここから立ち上がり
歌おう 君に歌おう
森に光がさすまで
■神妙な飲み物
Xが華奢な作りのスズランの花形のカップを静かに飲む姿に翔子はみとれていた。
「きれいねぇ。ちゃらくない素敵男子発生率はそんな高くないと思うの。稀に見る逸材って騒がれてたのはわたしでも知ってる。そういうことね、納得。一見にしかず。これは、THE俳優さん。日本版アラン・ドロン。古いかしら?誰にも似てないわ、Xさんよ!まっすぐで透明度は摩周湖ね?あら湖よりも宮古島の空と海かしら。晴れの日の地中海!どれもこれも知ってるきれいな景色が思い浮かぶのよ」
翔子は興奮しているが、Xは鮮やかな空色の細線で縁どられていた珈琲カップを口元に運びゆっくりと珈琲を飲んでいる。翔子の声が届いているのか聞こえていないのかわからない。
「はぁ。嘆息。あ、ごめんなさい。プライベートなんだから、まじまじ見られるの困るわよね。芸能の方も人なんだから。なんなら思わない?好き勝手人はいうわよね、芸能の人も心ある人なのにねって思ってきたけど目が離せていないわ」
翔子は目を覆うと、小花が咲いた優雅な形をしたカップを手にした。
「おやおや、アイリッシュ珈琲をお入れしたつもりはありませんよ」
「顔、赤い?よね、赤いよね。やだ、わたしったら、春が来たわ」
翔子は今度は頬を手で覆った。
「わたし確かに変わった見たい」
「何がですか?」
「年齢と聞いたらすぐにわたしは年だから、なんて答えてたのが、今じゃアラフォーは若い、随分と若い、これからよ、なんて言ってるのよ。セロトニン投与なしで言ってるの。これってマスターの洗脳技術かしらね」
「洗脳ですか?これはこれは」
マスターは食器をふきんで拭きながら渋みのある声を響かせた。
「あら言葉が悪いかしら?言葉選びでえらく違って聞こえるわよね。コーチングって言う方が合ってるかしら?コーチングだって一種の洗脳じゃない?ご本人をいい方向に向かわせるために洗脳技術を駆使しているんでしょう?社会的な更生だってこれも洗脳よ。洗剤も洗脳、調味料も洗脳、住宅ローンも洗脳」
「ふふふ。さしずめ宗教にはまった方は、脱洗脳という洗脳かしら」
と、芽依は首を傾げた。
「じゃ、作用とでもいおうかしら。人ってほら、出会ったらなにがしかの作用を受けるものだわ。ただ通りすがりの人でさえもわたしたちは何かの情報を得たり意識下で判断を下してる。
チームを組む、友人の輪に入る、家族になる、上司になる、そんな身近な関係にでもなれば、作用は自然大きくなる」
翔子は人差し指を立てて続けた。
「シンプルに、幸せ度合いがますか減るかよ」
「そうですなぁ。影響をうけやすい受けにくいは人によって違うでしょうが、人と関わりを持てば充実度がますか否か、言い換えれば自己受容感がますか減るか、ですな。時が重なれば自己受容感がまるで富士山に登ったようになることもあれば、マリファナ海溝の奥で佇む、そんなこともあるのですから」
「生き甲斐に近づくか遠のくか、仕事で新しい道を開くか行き詰るか、貯金が増えるか減るか、持てる才がつぶれる方向に偏るか、伸ばし活かせる道に進むか、あらゆるところで環境の影響はありますわ。人は環境の生き物ですもの。どんな環境でも屈しない志を見つけ育てることは、ことさら大切ですし、人や環境のせいにしない、自主気鋭の精神を持つ、これは物事をうまくやり遂げるうえでとても大切なことと思いますけれど、それはあくまでも気持ちのありよう。環境の影響は多分にありますわ」
翔子は芽衣の語ることに神妙にうなずいた。芽衣は以前の職場で上司からモラルハラスメントを受けていたことを翔子に話した事があった。
※
「芽衣さんほどの人ならどこでも働けそう」
と翔子が芽衣の博識に慨嘆したとき芽衣はここにいる理由を伝えたのだ。
「ありがとうございます。マスターを手伝いたいのです。マスターが志すところと、わたくしのそれの方向性が同じですから。それに、ここにいた方が今のところ一番うまく人様のお役にたてると思いますの」
ここにやって来た理由については多くは語らなかった。生真面目さや自らを問い詰める性格、周囲への過敏さがためにモラハラ関係が深刻化し、右も左もなくなり気が付けばここで珈琲を飲んでいて、やがてここでマスターの手伝いをするようになった、翔子が知っているのはそれだけだった。
「わたし紅茶派でしたのよ。それなのに、うふふ、珈琲を飲んだんですの」
芽衣は目を輝かせて語ったのだった。「珈琲は神妙な飲み物で黒はあらゆる色を含むのですわ」、とは翔子の記憶に残っている言葉だった。
芽衣はこの珈琲店の成り立ちを遠の昔に知っていたし、いつでも入り口とは別の扉に出口が用意されていたのだが、珈琲の香り漂うこの場にとどまることに決めていた。店内には00(選曲中)の音楽が流れていた。
「人は出会うで人で変わるのですよ。よくも悪るくも。」
マスターのサックスのような音が響いた。
■外界への感度の高い人たち
Xは珈琲の香を味わっては口に運んでいる。所作には品が備わっている。
「当たる人によってはとんでもない地獄を見ることだってあるのが人との出会い、それは納得だわ」
「擦り切れ摩耗して気
が付けばぼろ布になってる、そんなこともありますわ。ぼろ布さんはお疲れ様ってお礼を言ってリサイクルして新生することが断捨離の基本ですわ」
「芽衣さんたら」
「人との出会いが陰と出るか陽と出るか、さいころをふったような偶然性ではなく必然ではないかと思いますな。出会ったときの心の状態といいますか、自己認識の精度によるといますか。
似たような状況に置かれてもご本人の状態で随分と過程も結果も変わるものです。わたしたちはなるだけ環境やら人様やらに影響をうけないようなぶれない軸というものを築いていくものですし、『自己責任』の名の元、環境のせいにしない自立精神を尊ぶものです。事に当たるにはそうあるべきと私も同感を示しますが、元々生来的に影響を受けやすい人もいれば受けにくい人がおりますな」
「環境に影響を受けやすい人、それって、HSPってひとたちでしょう?多分、それわたし」
「あら、わたくしもですわ」
「敏感さん、とか弱ヨワ星人とかそんな印象があるからあまり声を大にして言えない感じよね。マイノリティだし非HSPの最適ストレス値に標準があわさった社会で、ただ生きるだけで外界の田赤定値ストレスで息をきらす。まったく、余計に生きずらいけれどそんなこと言ったって理解されない。太古の頃は役に立ったこともあったのでしょうね、変化にいち早く築く、地震にも早く気付く、そんな外界へのセンサーの敏感さは家族や集団のサバイバルの役にたったのかもしれないわ。だけど、今は令和。文明社会で刺激過多で心身麻痺しがち。受難だわ」
「ブルーライトに目をそばめ、強すぎる紫外線でお肌はパンク、排気ガスに吐き気を催す。周囲の空気感へのアンテナは無意識に四六時中で、人といると神経系が過剰に動いてどっと疲れる。無意識への扉、呼吸コントロールは必須。一人の時間も必須。それなのに、寂しさにも敏感なのですわ。上司からの過ぎたプレッシャーを超えた叱責とノルマ、同僚の競争心や敵対心の設定は、非HSPさん方にとってもっともパフォーマンスをあげる強度ですから、わたしたちにはアップアップですけれど、マイノリティですから合わせに行くことが必要ですわね。何かと受難ですわ」
「本当に」
翔子と芽衣は互いに顔を見合わせてうなずいた。
「お二方、何をおっしゃる!才と表裏一体ですよ。HSPさんがたは、才の人ですよ」
『揺れに揺られてブランコだ
うごけば右に左に気分がわるい
じっとしていればとまるものの
僕たちは時々もがいて
絡まって
いよいよ揺れて
気分がすぐれない
あぁもういやだと逃げ出せば
宙を舞って地に落ちる』
■才能の光と蔭:クリエイティブな脳
「HSPさん方は感覚器官や扁桃体の過敏さが特徴なだけでなくミラーニューロンが多いのですよ。すると、学びには強くなる。
共感力やら他者の動きを取り入れることにも優れていて、ダンサーならよく習い、俳優さんならよく役を自らに取り込んで演技に入り込む。人の心の動きにも鋭敏ですからね、人に寄り添うこともできる」
「カウンセラーや医師が適職って聞いたことあるわ。精神科医は共感しすぎたら一緒に病みそうだけれどね」
「いっしょになって病んでいたら、病気はなおせませんわね。ですけれど、一度かかった病気で克服に至ったのでしたら、とても良いお医者さんになれるかもしれませんわね」
「他にもありますよ。アイデア創出ブレインですよ。刺激が脳内に入力すると人の同はどのような刺激に対してどう反応や判断をするのか、入力された刺激が起こした感情をタグにして記憶の検索がはじまるのですが、そのスピードと量が圧倒的に多いのです」
「脳内をスキャンしますと、HSPの人たちは脳内全体が活性化して記憶の検索にあたるのですわ。ほら、翔子さん、例えば”雨”と言ったら何を思うかしら?」
「雨、そうねぇ、
雨と言ったら北八ヶ岳山麓北の苔の森、
本当にうっとりよ、ジブリの世界、なんて評されることもあるとおり、生き物のひそやかな息づかいが感じられる神々の領域よ。苔レディなのよ。仏像レディでもあるわ。あら、レディなんてつけてごめんあそばせ、今日はXさんと出会ってレディー通り越して心はガールよ。
それに雨と言えば、裸足で長靴はいたことがあってね、そのときに限って靴の中になめくじがいたのよ、あー、こんなことはどうでもいいわね、雨雨、雨で何を思いうかべるかしら、雨の言葉の豊かさって感動ね、日本に生まれてよかったって思うわ。慈雨の国よ。雨が森を作り出したのよ。雨を受けて育ったヒノキの国よ、ね、雨がどうかした?何を答えたらいいのかしら?」
「これがHSPですわ。ひとつの入力で過去の様々な雨にまつわることを思い起こすのですわ。翔子さんは雨を明るいものとして想起してくださった。記憶は感情でタグ付けされていますから、翔子さんは明るい感情を呼び起こす雨の記憶が検索されたのですわ」
「あらそうね。梅雨時のアジサイの美しさとかね、もうそんな記憶があふれてたわ」
「HSP的ですなぁ。一気に想起しますから、順序だてる必要はありますが、アイデア脳なのですよ」
「えぇ、ですから絵画や文芸のアーティストや芸人の方に多いですわね。発想力が生きるお仕事に向いているのですわ。ほら、クイズづくりで有名になった殿方もいらっしゃいますわ」
「それを早く知っていれば適職みつけやすかったのかもしれない。」
翔子は法律系の仕事をしていたが結婚退職した。曰く「逃げ婚」であったそうだ。仕事に生きがいを見出せなかったのだったが、そもそも生きがいを求めるという姿勢が強いのもHSP的であるといえる。
「スポーツ選手でも多いですよ。テニスやら卓球やら反応性の高さと新しい状況の対処方法の検索が合わさって高いパフォーマンスを発揮していくのですよ。いやぁすばらしい」
「それって練習ありきよね。磨かないとどうしようもないわよね」
「ははは、確かに。闇もありますな。薔薇には棘がつきもの、なんていいますがどんな性質にも才能にも陰陽があるものですし、適用場所によるものですな。
陰はときに陽と出て場面が変われば陰、そんなことはよくあることです。
普段は素晴らしいスポーツ選手が、大舞台でうまくいかないことがあるのは、HSP特有の扁桃体の敏感さですな。緊張が高まりやすく閾値を超えてしまっていつもと違う動きになるのですよ」
「そうなんだ。納得」
「まだネガ側面はありますな。最も覚えてほしいことでもありますよ。ネガティブな検索を脳がはじめると、とまりにくいのですよ。いわゆるネガティブループに陥りやすいのです。嫌なこと、嫌な人が頭から離れない、過去に起きたネガティブなことをぐるぐると考えるだけで、そこに光明をあて解釈を変えることがなかなかできないことがあるのです」
「ストレスに弱いってことよね。非HSPが平気で耐えられるストレスで身動きとれなくなるってことあるのよ。いいように言えば、だから環境を快適にしたり視界負担を減らすようなインテリアやむしろ快をよびおこす創作に向いていたりするってことよね。で、つまりは不快に弱い」
「えぇ、人間は元からネガティブに注力が行きやすいですそうですな。やれ明日は嵐かもしれない、あの藪には泥沼があって蛇もでる、獣がでるかもしれないから警戒だ、そんな風にネガティブに気を配った遺伝子の生き残りがわたしたちというわけですからね。そうでしょう?芽依さん」
「あら、それはマスターが教えてくれたのですわ」
「あぁそうでしたか。中でも外界へのセンサーが高めの人がいる、HSPの人ですな。つまりは感情と記憶検索に関わっている扁桃体などの脳の一部が活発なのですな、ですからHSPの人はネガ情報の脳内入力があるとネガティブなことを延々と考えてしまうことが多い。すると使えば補強されるのが脳神経ですから扁桃体はいよいよ肥大化し、ネガティブなことを考える癖大きくなるのです」
「それ、まさに少し前までのわたし」翔子が挙手した。「ここに来るまでのわたしだわ。わたくし天塚翔子は扁桃体モスラーでした。
不安やら恐怖やらで過敏状態とネガティブループの穴に入り込んで沈んでたわ。ねぇ地獄ってね、人の世にあるっていうじゃない?それもいろんな種類の地獄がある。わたしはそのうちの一個にいたのよ。
頭は使えば使うほど発達する。
肌はかけばかくほどかゆくなる。
扁桃体も不安やら恐怖の刺激でどんどん大きくなる。
神経は軟骨と違って使えば強くなるみたいね、Xさん、わたしは博士じゃないのよ、芽依さんたちから教えていただいているだけなの」
「はい」Xは目を見開いていた。
「あ、素敵。おっと、心の声まで出るようになったのよね。で、神経は、一貫性は保ってても結果陰に出るか陽に出るかは対象でがらりと変わる。わたしは扁桃体モンスターになって、コルチゾールやらなにやらストレスホルモンたちがとまらないネガティブ沈鬱地獄で沈んでたのよ。小さな頃にね、地獄絵を見たことがあるの。近くのお寺でね、龍光寺とか言ったわ。故郷の観音寺の隣にあるお寺。そこにね地獄絵があって、お祭りになると見れるのよ。それは恐ろしいものだったわ。針山で歩く人、舌をきろうと追い回す鬼。業火に焼かれる人。わたがしを食べきれず手がドロッとしたのを記憶しているわ。いい子にしていたらここにはいかなくて済むなんて思っていたけれどね、いい子か悪い子か、何がいい子かも知らずにただ親の言うことを効くのがいい子だなんてどことなく思っていたのかもしれない、そんな基準でいい子割る子の2分をあてはめていたのも生き地獄への入り口ね。肉体苦も精神苦も痛みとしては共通よね。痛みがあっても心に希望があればそれは地獄じゃない。わたしが経験したのは、セロトニンが退散した地獄だったわ。あ、Xさん、ここにくると体内物質の名前がしょっちゅうとびかっているから極々自然になってしまったみたいなの。
セロトニンやらエンドルフィンやらが分泌がうまくいかなくなったからだから生きるこの世が地獄よね。いいかしら、地獄に生きる人間は、自分は地獄に行くほどダメな人間だと地獄にとどまろうとするのよ。
地獄から出ていい、そんな許可を自身に与えることが難しくなっているの。とんだ才能だわ。
」
「翔子さんたら」
「実に地獄を見るのも才能ですよ」
「マスター?」
「そ、そんな顔しないでください。真面目に言ってます。才能です。大抵の人はいやなことがあっても気をそらして別ごとで楽しくやるものなんですよ。もしくはあいつのせいだ、なんて外に出してすっきりしてしまうものです。自分を不安にさせる問題がるとそれを他者にあるとして安心を得ようとする人もいます。自分を苦しめてまで考えないんですよ。それをずっと考える。少し形を変えれば立派な才能です。形は変える必要がありますよ。自己批判ではなくて分析改善と試行錯誤。たまには外部要因も考える、なんでも背負いこまない」
「やっとそんな程度には考えられるようになったわ。珈琲のおかげかしらね。なんて、怪我の功名で自己成長ってものかしら。怪我のまま消毒もつけずにさらに怪我を重ねてたいたものだわ」
「ははは、それをいやだといったって、生まれ持ったものですから受け入れるのがいい選択だと思いますよ。どんな性質にも光と蔭があるのですから、光っても時と場所によっては陰になり逆もしかり。
アーティストタイプの人は、そんな脳タイプだって是非知っていてもらいたいものです。脳タイプという視点から己を知ることが今は可能となってきた時代ですな」
Xは珈琲カップを皿においた(※)かちゃりと音がした。珈琲店の音がした。
『才はもろはの剣
幼き心のやさしさは
あなたを慕う人にむけられて
あなたご自身に向かわなかったの?
まだ小さき頃に芽吹いた自制の知性は
ときに休む法など見つけることもゆるさぬこともありましょう
歓喜を知る身でありますから
必然 闇夜も深いのです
あなたの才はそこにあって
あなたに光と闇をみせるのです
そこからあなたはそっと離れて
眺めやる
眺めやる』
■ありのままを受け入れてから始まるけど『ありのまま』ってなんですかという今更の問い
マスターは珈琲を入れ直す前にちょっと外に行ってくるといって店から出ていった。部屋は少し心許なくなり沈黙が続いた。
「ね、最近思うの。『己を知ること』、なんて昔っからの人のテーマだなんていうじゃない?アテネの信託だかなんだか知らないけどさ、」口火をきったのは翔子だった。
「『己を知る』って何のためかって考えることがあるのよ。だって、きりがないじゃない?己って何って考える切口もきりがないわ。で、ほにゃららの学校行って何が好きで何がきらい、そんなことも己のことだろうし、もっと拡大して、地球の生命体だし、動物だし人間だし女性性優位でボディーも女性、遺伝タイプはビッグ5ぐらいは調べられて神経症傾向が高いことがわかった、かかりやすい遺伝病も幾らか知った。で、それですべてがわかるなんてことは毛頭もなくてなんだか無味乾燥な死んだら灰の生命体のようで味けなくさえも感じたことがあったわ。
そしたら、自分のことなんて知る必要があるのかしらなんて思ったり、突然ビッグバンではじめは一つだったなんて考えると、宇宙のことだって自分のこと。じゃぁ息子ももう会うのもごめんこうむりたい元夫も大気も森林も自分のことになって、なんだかマクロかミクロかさえもよくわからない。そもそも宇宙は未知だらけ。わかったようで何もわかっちゃいないわけだけど、じゃぁそれはわたし一人のことを言ったってわかりはしないのだからどうしようもない、ならなんで汝を知る必要があるのかしらって思うわけ。
でね、あー、これがわたしだ、なんて仮に悟ったような瞬間があったとしても世の中もミクロの世界も一瞬間と同じ姿ではないでしょう?自分も刻一刻と変わって同じところにとどまることなんてない。だからきりがない。それでも『己を知れ』なわけよね。古来から今の今まで言われているでしょう?なんで?って思ったの。でね、マスターの珈琲飲みながら、ここに来た理由もまだわからないながらも『己を知る』ことのメリットをそれなりに考えたわ。
たしかにね、己をよりよく知れば会社でうまくやるとか、弱み強みを知って適職発見できる、とか実りあるパートナー選びができる、とか自分の取説知って機嫌よくいられるようにする、人間災害を防ぐ、とかね色々あるってわけよ。きっともっともっとあるのよね。氷山の一角。宇宙叡智のひとかけら。
己の事と言ったって、『わたしは何者か』そんな問い方には問題があって、それこそ『何者でありたいか』って問うべきなのも大切だって、かねがねマスターが言うからまぁそれもそうね、って思うわ。
それも『己を知る』だし未来の指針にもなるわけね。メリットだらけなわけだけど、なかなか己を知ることの有用性に納得しましたーとまではいかないの」
翔子は一息おいた。
「ふぅ。それよりなにより、『ありのままを受け入れるため』じゃないかって思うようになったのよ。ほら、『ありのままで~』って世界的なはやりだったわね。今でもありのままでいいって歌でもネットでも本でもよく見聞きするわ。
で、ありのままが何がいいかっていうと、今に存在してただあるだけの状態で幸せなことを実感することなんだろうし、それにはありのままで誰もが尊い存在よ、ってマスターが喜びそうな思想があるのだろうけどね、それって己を知らないと得られない境地だって思うようになったの。ありのままを受け入れようと思っていたって、自分とは違うのに自分をありのままの自分だって思って受け入れようとしたって、それは偽りを自分だと思うことでしょう?ありのままを受け入れることにはならない。ややこしいかしら?」
「なんとなくおっしゃることはわかりますわ」
「あのね、『ありのままでいい』『ありのままがいい』で、いったい全体『ありのままってなによ』ってところに疑問が出ているように思うの。わたしだけじゃなくってね、多くの人の胸の中に生まれてる疑問ね」
「うふふ。わたくしも思いましたわ。ありのままって何かしらって。細胞で構成されていて、遺伝子の発現によって生命体を維持してるってことかしら?ホモサピエンスをしていて、たまに陥穽に落ちてまた出て天を仰いで希望することがある、それでいいってことかしら。きっと。『いい部分もダメな部分もそのままでいいのよ、ジャッジいらないわ、目標がなくたって見失ったって、きらきらと向かっていたって地獄にいたって天国にいたって日々平穏無事にありがたい気持ちを抱いて暮らしたって、先を目指す高揚に生きがいを感じたって、ときどき夜な夜な星と月だけが語り相手の時間があったって、ありのままであなたは素晴らしいのよってとこかしら。ありのままって、ほんとうに何かしらね。あ、ごめんなさい、わたくしもここに来て以来よくお話しするようになりましたの」
■知識の洪水の中から見つけるキーワード
「マスターが『ご自身を知ってください。知識の洪水の世の中で真っ先に何を知るべきかって己を知る方法を知ることですな』、なんて言ってるでしょう。勉強を教えるんじゃなくて勉強のやり方を教えましょう、そんな類のことを言うのよ。
さてさて、自分のことなんてどうやって知ったらいいのかなんてわかる以前に自分のことよ、知っているわ、なんて思っていたの。でもそれはまやかしだった。
ここでこうして珈琲の香に目が覚めるような思いを繰り返しつついろんな人がやってきては笑顔を残して去っていく。それで思ったのはわたしって無意識的に自分せめてばかりだった、とか、理不尽なことに怒り超えて悲しみ募らせていた、とか幼い頃母親が私の感情をきらっていたから感情に蓋をしていた、とかね、偽りの仮面を自分だと思ってきた、そんな無意識領域の気づきの連続だったわけ。それでね、ここでぼおっとしたり珈琲いただいたり、それからお客さんとよもや話・・・、は超えている話をしながら、無意識領域に巣くった悲しみの温床をそうじしていたみたいなの。
今ね、何よりただいるだけでね、ほぉっと幸せな気持ちで満ち満ちることが多いのよ。ありきたりだし、不思議ね。ただ在るだけで幸せってものは、自分を知って本来の自分を見つけてゆるして認めていくことと並行しておこるものなのね。十二一重の平安貴人もびっくりするほどのたくさんの仮面を一枚一枚外してるわ。ありのまま、と思ったものがまた次の珈琲では新たな新発見がある。あぁ自分を知るって内側の充足の法なんだなって思ったの」
「そこが人間的成長のひとつの敷居だと思ってますよ。そこからまた新たな始まりがあるのではないですかな」
「あ、マスター、おかえりなさい!どこ行ってたの?」
「莉奈ちゃんを捜しに行ってたのですよ。いましたよ、安心しました。なんのことはない、00と散歩していましたよ。じきに来ると思います」
「そう、莉奈ちゃん驚くわね、きっと」
翔子の口元は母のほほえみが浮かんだ。
「確かに思ったわ。これからやっと本当の人生が始まるって思ったわ。本当も嘘もなくて今までも人生だしこうして、人生そのものは幻。で、これからが本番。不思議ね」
「不思議も不思議、摩訶不思議。ジニーも驚く珈琲の力で翔子さんは目覚めたのですよ。この魔法の珈琲の力は偉大なり!あなたの明晰性、悟性、知性、感性を覚醒しに絶妙のバランスを提供する、魔法の飲料がアラビアンナイトの珈琲です。珈琲新しくお入れしましょう」
Xは活気に驚いたような顔をしてから微笑むと、今度はさらに驚いた顔をしながら壁を見て瞬いていた。まだ何も聞こえてないようでもあり、聞こえてくる音の源を探すようでもあった。
■
『珈琲よ
ぬばたまの珈琲よ
われをめざめさせたまえ
われの中に我を知り
あるがままのわれをみせたまえ
それを受け入れる器を授けたまえ
その先に
我が生きる道を知り
のぞむところを我にみせる
明晰性をめざめさせたまえ』
マスターは首をまわし腕を回しそれから屈伸を始めた。正当派老舗珈琲店さながらの服装だが足元はスニーカーである。「血流が大切なのです」と珈琲を入れる準備は柔軟体操から始まる。まるで実験室のように整然と並んだガラス用具の前でマスターが手をまわしているが、 芽依はもちろん、翔子もマスターの体操を見慣れていた。
「いつも言葉と思考の間に母を求めて三千里ぐらいの距離があったはず。あ、古い?それがこんなになんでも話してるのも不思議だわ」
翔子もつられて肩を回しながら言った。
「珈琲の力です。発話の手前に喉につかえていたものがなくなるのです。飲む人にとっての真実を語らずにはいられなくなるのですよ。世に真実は人の数だけあるところのご本人にとっての真実を語らずにはいられない」
「それ納得するわ。本当に楽なの。いつも相手にどう伝わるか、誤解があったらどうしようか、こういったほうがいいんじゃないか、って考え過ぎて、HSPの典型よろしくへろへろになっていたのに、今は話すのがすごく楽なの。ちょっと話過ぎよね、ごめんなさい、Xさん。これでも控えているの。時期にXさんも話したくなるわ。きっと。それに気分がいいのよ。
前よりずっとらしくあれるように思えるの。それこそありのままってものね。珈琲かしら。マスターと芽衣さんの人柄な気がしないでもないわ」
「両方です、といきたいところですな。珈琲とわれわれの人格、両方ですと、ははは。」
Ω\ζ°)チーン
「しかし嬉しいですな。翔子さんは、まぁなかなか腹を割って話さない人でしたから」
「マスターもわたくしも気長にまっていますのよ。翔子さんはまだおはなしになっていないことがおありになる」
「ははは、語らなくても語ってもどちらにせよ、翔子さんは実に明るくなりましたね」
「でしょう?母は太陽、なんてあったわよね。子供が太陽、わたしはその光を受けて光る月だって思ってたわ。
わるいわね、わたしは照らない月よ、灰色の夜に星のうしろで黒く隠れる月夜、なんて思ってたのはいつだったかしらね。今じゃそこそこ明るくて、そこのほおずき色のランプほどには明るいでしょう」
オレンジ色のランターンには和蠟燭の炎がゆったりと揺れている。
■
ときどき消えてしまいたいと僕だって思うんだよ
そんな僕の掌にふっとおちてくるのは罪の塊
それがすっと僕に新婚で体中を染めていく
僕はそれを出そうとこころみるのさ
だって心地がよくないからね
だけどほうぼうに粉々に散った罪の塊は、
収集がつきやしない
僕はあきらめてただ罪の重さで体をひきずる
「大丈夫さ、眠ってしまえばそんなもの
きっと幻と消えてくれるから」
それはその時の僕には悪魔のささやきで、
世ごとに体が重くなり浄化の法もみつからぬまま
僕は体中に毒の鉛をしこんだのだ。
明けいく太陽は遠く、
嵐はすぐそこでおこる
目をとじれば君のやさしさと輝きを思い出せたあの頃に
君と手をつなげていたのなら
■
「この店にやってきた当初はまず語らない。リャドロの置き物のように下向き加減でだまったまま、たまに瞬きながら珈琲を飲み続けている。何か聞けば死んだような眼をしてこちらに口元だけの笑いを向ける。やっと口を開いたかと思えば、もう年よ、先などいらないしそんなものないわ、過去だって無に帰すのよ、未来は異空に吸い込まれて消えてしまえばいい、ただ消えたいとまぁ・・」
「消えたいっておもうとね、罪の意識もあるの。それでますます消えたくなる。思えばそれって命は尊いっておもっているからよね。捨てたものじゃないわ。消えたいって思ってからが生きる理由を見つけ出す始まりね」と翔子はさらりと言ってからXを見た。
「ね、仏像って心洗われるでしょう。あの穏やかな慈しみが自分の心にうつるんでしょうね、仏像はそれで本望だって喜んでいると思う。で、今わたしはこの方にうっとししてるのだけど、それをはばかる気持ちも同時にあるし、純粋に仏像をめでるようなきもちになってることが悪いとも思えない。人にうっとりしちゃうのってこれって、問題かしら?セクハラだったらどうしよう」
「ははは。どうでしょうな。芸能の人にはそういう気持ちを人に呼び起こすことが人気というものになりますからな。
何をどう受けとるか、自由といいますか、人間の第一の反応に罪がありましょうか。生まれ持ち、幼い頃に環境によってかたどられた第一の反応です。
その反応に気づく目をもちどう対処するのか、その選択に責任と自由があるのでしょうな。
それにしてもいやぁ、嬉しいですなぁ、翔子さんは変わった。誰も彼も珈琲豆だって岩だって、刹那として同じ状態はありませんな、惑星は周り太陽は燃え素粒子の世界では右へ左へ上へ下へ、瞬間移動までする変化の連続なわけですから、翔子さんが変わったのは自然なことでしょう」
「翔子さんはいいようにお変わりになられたのですわ。陽転ですわ。」
「ははは、そうです。良くなられた。一人が変われば、その周囲の10人が変わる。それでその周囲の100人も変わって行く。ははは。いいですなぁ。ははは」
マスターは眉と髭を動かしながら快活らしく笑った後、さりげなくXを見た。Xは黙々と珈琲を飲んでいたが、その頬に赤味がその目に凛とした生気が加わったのをマスターはしっかりと観察した。
■時間のない世界
「最近では自分は若いと思っている人は実際に細胞レベルで若いそうじゃないですか。楽観性は大切ですな。それに、脳の寿命は今のところ200歳とも言われているそうですし脳の神経細胞も増えるとか。一昔前は脳細胞は減り続ける、なんて言われていましたが、覆った。増えるんですよ」
「それね、言い訳ができなくなったわね。漫然と暮らしていれば、紫外線やら電磁波、時の経過、つまり老化にさらされた肌のように動かさない筋肉のように衰えゆく。一方運動に適切な食事の日常が伴えば、筋肉同様に頭蓋骨の脳は若々しくいられる・・。これってね、もう年だからが効かなくなるってことよ。やれ有酸素運動でミトコンドリアが活性化。それBDNFか、ABDNFGZあー、頭痛い。知って仏か知らぬが仏か」
翔子が机に顔を付けて臥した。
「翔子さんったら。うふふ」
芽衣は翔子の珈琲カップをカウンターに持って行った。
Xは?透った眼差しには知性と理性が数段目覚めてみえる。
「そもそも時間なんてものもなくわれわれも無だというじゃないですか。それを物理の博士さんがたが証明しなすった。ね、芽依さん。」
息が弾むマスターに芽依はほほ笑んだ。
「まるで禅の世界です。色即是空。感覚だけではない、そもそも宇宙が無。だからといって、目の前のサイフォンもビーカーも指をならせば消えるってことはありませんし、お客さんがやってきては出発される、宇宙には阿と吽がある。始まりがあって、終わりでワンセットですなぁ。幻とはとうてい思えません。遺伝子が見せる色、感触、視覚、もろもろの感覚は幻であっても消えることもない」
「願っても消えないわよぉ。しょせん囚われてて、囚われも幻想だっていったって、とらわれてるのよ」
「ははは。手を動かせる、屈伸ができる、呼吸ができる、自由なところに目をむけるしかないですかな。
阿吽の間に生きるわたしたち人間にとっては、確かに過去があり今がありそして未来もあるように感じられる。苦楽もしかり。どんなものも永続しないし、そもそも永遠なぞないというのだけれどもそれと気が付かないうちは、変えられる遺伝と変えられない遺伝から作られた体と自分で作った箱の中でもがく。妙な生き物ですな、われわれは。一体われわれはなんなんでしょうな。」
「あなた方は、アラビアンナイトナイト珈琲店のマスター、芽依さん、それから翔子さん。それで僕って、一体だれですか。」
徐にXが顔をあげた。
場がすんと静まった。
(第一幕)
■なんて僕は僕
「なんて、僕は僕ですね」と、Xは笑った。
「ははは。」マスターの顔から感慨がこぼれていた。X氏から口を聞いてくれた!
「なんだか寝ぼけていたようなんです。ここに辿り着いた迄の記憶がまるでないんです。僕やらかしましたか」
マスターと芽衣は一瞬目を凍らせたし目が潤んだ。
「わたしは、ですな、少し前にコップやらかしましたよwははは」マスターの声は濁った。
「珈琲、おいしいです。ご馳走様です。珈琲のお陰で目が覚めました」
「それは嬉しい!」マスターはXが微笑むのを見て喜んだ。
「それに面白いですね、みなさん、楽しそうで」
Xは笑顔であったが俳優としての笑顔なのか否かは明瞭ではない。が、周囲を明るくし珈琲店に居合わせる人の心がほっとするものであった。
突然翔子が身を乗り出した。
「早い!すごく早いわね!!わたしね、ここに来てから随分経つの。その間お客さんが出たり入ったりよ。
なんだかぐったりと疲れきった亡霊のように人がやってきては、顔を輝かせたら、感謝の涙を流したり、慈しみと許しの神様みたいに微笑んだり、してね、シャンと立ち上がって『翔子さんもどうかお元気で』なんて言って去っていくの。
ここにいると季節感覚も時間間隔もなくなるんだけどね、たしか春のあたりかしらね、けっこう頻繁に人が来たのよ、でね、Xさんほど早く口を聞いた方は誰1人いなかったわ」
「そうですか?僕は質問されたらやっと話すほうですから、確かにあまり進んで話すほうではないです。やっぱり珈琲の力ですかね」
Xは珈琲カップを持ち上げながら幾分か青白さの残る笑みをマスターに向けた。
「おやおやおや、これはうれしい。そう来ましたか。さぁもう一杯お淹れしましょう。Xさん特有の明晰さと知性がいよいよ耀きます」
「ありがとうございます。どうも、ご挨拶が遅れました。Xと申します。俳優業をさせていただいてます」
Xから謙虚と誠実という2つの徳がにじみ出た。
「あ、はい。あの。はい。あの、はい。かっこよくていらっしゃいますね」
「翔子さんったら。」と、芽依は笑ってからXに向き直り丁寧にお辞儀をした。「わたくし、猫沢芽衣と申します。ここでメイドさせていただいております。メイドの芽衣です。」
「よろしくお願いします。」
Xは笑顔で軽く会釈をした。
「僕いつここに入ってきましたか?オレンジ色の灯りに誘われて・・・よく覚えていないんです」
「いいではありませんか。思い出す事が必要ならば思い出す事もあるものですし、よくわからに物事をわからないまま保持しておく能力ってものがあるらしいですな。その力とやらがシェイクスピアには備わっていたそうで、それが創造力につながったらしいのですよ。
人は基本わからないことは不安に思う生き物ですから、なんでも白黒付けてすっきりしたがりますし、そうやって物事をクリアにしていくことばかりが知性的だと考えるものですが、曖昧さの力ってものもあるのですな」
「なるほど・・」
Xは相槌を打ちながらもたった今のこと、それから遠い記憶を思い出そうとしているようだった。
後半に続く
■アイリッシュ珈琲をおいれしたつもりはありません
■
いつ夜明けはくるんだろう
そんな心配は僕と夜露に預けて
何かしてもしなくても
ただ時を眺めやれば夜は明ける
それならどうして心の闇には夜明けが来ない?
いつまでたってもきやしない
待ちぼうける合間に僕は彷徨うよ黒い森
彷徨っていることなんて
みないようにしてきたさ
だって空は青いから
黒い森からも空が見える
彷徨いなんて
ほら生きることの一部だからね
空が仰げればそれでいい
その日はきっと魔がさした
暗黒の闇に落ちた僕の隙をねらっていたのさ
夜な夜な現れて
沼へと続く道に僕をひっぱった
気が付けば真っ暗闇で
空もなければ
木々もなかった
君はあちらの道へ
花咲く道はあっちだよ
そこにも茨はあるけれど
やっぱり空は青いから
ここでも僕は立ち上がり
歌おう 君に歌おう
森に光がさすまで
「きれいねぇ。ちゃらくない素敵男子発生率はそんな高くないと思うの。稀に見る逸材って騒がれてたのはわたしでも知ってる。そういうことね。納得。一見にしかず。日本版アラン・ドロン。古いかしら?誰にも似てないわ、Xさんよ!まっすぐさと透明度と貫禄まであって色気もあるなんて」
翔子は興奮しているがXは静かに珈琲を飲んでいる。声が聞こえているのか聞こえていないのかわからない。
「珈琲飲む姿も素敵。あ、ごめんなさい。プライベートなんだから、まじまじ見られるの困るわよね。芸能の世界の方も人なんだから」
翔子はさっと目を珈琲に向け、小花が咲いた優雅な形をしたカップを口元に運んだ。
「おやおや、アイリッシュ珈琲をおいれしたつもりはありませんよ」
「顔、赤い?よね、赤いよね。やだ、春が来たわ」
翔子は頬を手で覆ってから珈琲を見つめて言った。
「わたし確かに変わった見たい」
「何がですか?」
「年齢と聞いたらすぐにわたしは年だから、なんて答えてたのが、今じゃアラフォーは若い、随分と若い、これからよ、なんて言ってるのよ。あの人格豹変剤のセロトニン投与なしで言ってるの。これってマスターの洗脳技術かしらね」
「洗脳ですか?これはこれは」
マスターは食器をふきんで拭きながら渋みのある声を響かせた。
「あら言葉が悪いかしら?言葉選びでえらく違って聞こえるわよね。伝言ゲームみたいに、いいものもいつのも間にかかびだらけのふきんみたいになっていることがるわ。あら、失礼。洗脳よりもコーチングって言う方が合ってるかしら?コーチングだって一種の洗脳じゃない?ご本人をいい方向に向かわせるために洗脳技術を駆使しているんでしょう?社会的な更生だってこれも洗脳よ。洗剤も洗脳、調味料も洗脳、住宅ローンも洗脳」
「ふふふ。さしずめ宗教にはまった方は、脱洗脳という洗脳かしら」
と、芽依は首を傾げた。Xは珈琲の香を味わっては口に運んでいる。所作には品が備わっている。
「じゃ、作用とでもいおうかしら。わたしたちってほら、出会ったらなにがしかの作用を受けるものだわ。ただ通りすがりの人でさえもわたしたちは何かの情報を得たり安全か否か好ましいか否か、無意識下で判断してる。
チームを組む、友人の輪に入る、家族になる、上司になる、そんな身近な関係にでもなれば、作用は自然大きくなる。」
翔子は人差し指を立てて続けた。
「シンプルに、幸せ度合いがますか減るかよ」
■あなたの影響の受けやすさはいかほどですか
「そうですなぁ。影響をうけやすい受けにくいは人によって違うでしょう。太陽に当たればある人はほとんど変わらず、ある人は黒く焼け、ある人は赤くなってからのち白きに戻り、別の人はただれ腫れまるで火傷をしたかボクシングで戦い抜いたのかと思えるほどの状態になる。そんなことは何も太陽の光だけではなくて外界の刺激に総じて言えること。
人の社会性について言えば、新しく人と出会い関わりを持てば充実度がますか否か、言い換えれば自己受容感がますか減るか、ですな。程度はといえば人の数だけあるのです。
時が重なれば出会いによる自己受容感の蓄積がまるで富士山のように高くなり、ついで山頂まで登ってご来光を浴びでもしたかのような至福感情をしばしば感じるようになることもあれば、気が付けばマリファナ海溝の奥に沈み込み暗闇で佇む、そんなこともあるのですから」
「生き甲斐に近づくか遠のくか、仕事で新しい道を開くか行き詰るか、貯金が増えるか減るか、持てる才をつぶれる方向に偏るか、伸ばし活かせる道に進むか、あらゆるところで環境の影響はありますわ。人は環境の生き物ですもの。どんな環境でも屈しない志を見つけ育てることは、ことさら大切ですし、人や環境のせいにしない、自主気鋭の精神を持つ、これは物事をうまくやり遂げるうえでとても大切なことと思いますけれど、それはあくまでも気持ちのありよう。環境の影響は多分にありますわ。きっと問題はご本人様がどれほど外界で起こる現象に反応しやすいのかよく知らないことだと思いますの。体温のようにセンサーを当てれば図れる、そのようなことがありませんわ。人様と比べることはいまのところなかなかできないことですもの。」
翔子は芽衣の語ることに神妙にうなずいた。芽衣は以前の職場で上司からモラルハラスメントを受けていたことを翔子に話した事があった。
※
「芽衣さんほどの人ならどこでも働けそう」
と翔子が芽衣の博識に慨嘆したとき芽衣はここにいる理由を伝えたのだ。
「ありがとうございます。マスターを手伝いたいのです。マスターが志すところと、わたくしのそれの方向性が同じですから。それに、ここにいた方が今のところ一番うまく人様のお役にたてると思いますの」
ここにやって来た理由については多くは語らなかった。生真面目さや自らを問い詰める性格、周囲への過敏さがためにモラハラが深刻化し、右も左もなくなり気が付けばここで珈琲を飲んでいて、やがてここでマスターの手伝いをするようになった、翔子が知っているのはそれだけだった。
「わたし紅茶派でしたのよ。それなのに、うふふ、珈琲を飲んだんですの」
と目を輝かせて語ったのだった。珈琲は神妙な飲み物で黒はあらゆる色を含む、とは翔子の記憶に残っている言葉だった。
芽衣はこの珈琲店の成り立ちを遠の昔に知っていたし、いつでも入り口とは別の扉に出口が用意されていたのだが、珈琲の香り漂うこの場にとどまることに決めていた。店内には、00の音楽が流れていた。
「人は出会うで人で変わるのですよ。よくも悪るくも。」
マスターのサックスのような音が響いた。
『なぜ 僕は気づかなかったのだろうか
こんな果てまでやってきていたことに
僕は 背負わないでいい何か迄
背負ってここまでやってきたんだ
僕はいつしか煌めくメッキを施された土のように
違和感で塗られた土偶を抱えて
迷い込んだのさ この場所に
意識が語るきれいごとも
イデアの世界で踊る僕も
本当は全部僕なのに
なぜかぼくは土偶を背負ってここまできたんだ
「あなた様は素敵なお方
そういえばあなたの知性と謙虚さが
それは世辞だと 川に流す
あなた様は尊いお方
そのお姿のまんま
素敵なお方
姿とうらはらの人がいる世の中で
あなたはそのお姿のまんま
貴いお方
私は土偶
あなたを背中に背負いたいの
わたしは幻で
あなたも幻
だとしたのなら
これからはわたしがあなたを連れ出すわ
わたしは土偶
あなたに祝福と平和を贈る土偶』
■外界へのセンサーははかれませんが・・・
「当たる人によってはとんでもない地獄を見ることだってあるのが人との出会い、それは納得だわ」
「擦り切れ摩耗して気が付けばぼろ布になってる、そんなこともありますわ。ぼろ布さんはお疲れ様ってお礼を言ってリサイクルして新生することが断捨離の基本ですわ」
「芽衣さんたら」
「ははは、これは意見がわかれるところですが、人との出会いが陰と出るか陽と出るか、さいころをふったような偶然性ではなく必然ではないかと思いますな。出会ったときの心の状態といいますか、自己認識の精度、自己受容のによるといますか。
似たような状況に置かれてもご本人の状態で随分と過程も結果も変わるものです。わたしたちはなるだけ環境やら人様やらに影響をうけないようなぶれない軸というものを築いていくものですし、『自己責任』の名の元、環境のせいにしない自立精神を尊ぶものですし、事に当たるにはそうあるべきと私も考えますが、芽依さんの言う通り、元々生来的に影響を受けやすい人もいれば受けにくい人がおりますな。
人はなんとも人ですな。
豹でも鴨嘴でもいるかでもないわけです。人なわけです。それでいて一卵双生児といえども同じであることはありえません。」
「一卵双生児でもオリジナルがあるのですわ。ご両親からひきついだもの以外の謎のDNAがあるのですって」
「何、それ謎のDNAって。子供オリジナルの遺伝があるってこと?」
「はい。20塩基対とも30塩基対とも言われておりますけれど、ご両親由来意外のDNAが存在するのですわ。そこにその方の個性や才能が眠っているのではないかとも言われていますの。
遺伝学はやっと登山の入り口に入ったところです。この先が楽しみでなりませんわ」
「遺伝詳しいわねぇ」
「好きですの!知ることが。それをもとに考察するのが趣味ですの。人を知ることって結果わたくしを知ること、わたくし自身のことを知ることは果てのないことですけれど、とても喜ばしい。この喜びは素直に従ってもいい喜びだと、マスターが教えてくれましたわ」
「翔子さんは、遺伝子お調べになったことおありになります?」
「ないない、ないわ。息子の調べたいわ」
「遺伝子でその人が決定されることなんてありませんけれど、
それでも今ではビッグ5なら調べることができますわ。
刺激の受けやすさは当然ですけれど人はみな違いますわ。その差はレオナルドダヴィンチとわたしの描写力との差ぐらいあることも普通にあると思いますの」
芽衣は胸元に隠れていたペンダントを出した。そこには猫の絵がパステルカラーで描かれていた。確かにお世辞にも上手とは言えなかったがこじゃれていた。
「かわいいじゃない。カラーリングがおしゃれ」
「ふふ、ありがとうございます」
「同じ人でも例えば若い頃は刺激を受けやすい。『若い人は教育されたいんじゃない、刺激を受けたいのだ。』なんて言ったのはわがゲーテです。若きは自らを高みにもたらす人、環境に惹かれるものですな。なぜって刺激の受けやすさを意識してか無意識化、知っているんじゃないかと思うのですよ。で、若いころの外界の刺激で自己を形づくっていくのでしょうな。感受性の高い時期は若いころにとどまらず、成熟してからも高い人もいますな。よく子供のこおろ充分な自己愛が育たないまま大人になった人をインナーチュルドレン、なんていいますがそういう人たちは子供のままの高い感受性を維持しているのだと思ういますよ。良くも悪くも子供のように外界の刺激を受けやすい。遺伝的にもとから感受性が高ければ拍車をかけて外界へのセンサーが高くなるとわたしは考えています。あ、これは心理学者が言っているわけではなくてわたしの意見ですよ。」
「扁桃体モスラーってとこね。それで、恐怖や不安やらの負の刺激を受ければ受けるほどさらに扁桃体モスラは大きくなる。」
「うふふ、モンスターだなんて、翔子さんったら。扁桃体のおかげで、わたしたちはサバイバルしてきたのですし、記憶も想像も扁桃体」
「
頭と筋肉使えば使うほど発達しても肌はかけばかくほどかゆくなる。扁桃体もどんどん大きくなる。この一貫性が陽に出るか陰に出るか、ものによるのね」
「本当ですわね」
■
『揺れに揺られてブランコだ
うごけば右に左に気分がわるい
じっとしていればとまるものの
僕たちは時々もがいて
気持ちがわるくなる
あぁもういやだ逃げ出せば
宙を舞って地に落ちる』
「意識にのぼることもなく知らずと外界の力で大きく揺らされた振り子の上で踊らされることもありますよ。。」
マスターはカウンター越しで00をしている。
「あはは、わたし踊ってたわ、ほんと見事に踊らされてた。擦り傷かすり傷心の傷でへっとへとになったわ。満身創痍ってもの。地球の自転では宇宙に放り投げられることもないというのに、振り子からブォイと飛ばされてね、それから慣性の法則ってものかしらね、踊りに踊るのよ。華麗で優雅なバレエの舞台ともTickTockで1分踊るのとも違う次元でね、ダンス。茨の森通り越してたどり着いたのは苦虫をすりつぶした汁でできた沼の中。どっぷん。息を吸うことも苦痛。息を吸うこともままならない」
「翔子さんったら」
「こんなおしゃべりじゃなかったのよ。まぁいいわ。それがね、今ではとまらないぐらいにおしゃべりできるわ。
それに何よりただいるだけでねほぉっと幸せな気持ちで満ち満ちるのよ。不思議なものね。ただ在るだけで幸せってこれっていいのかしら?」
「わたしは人間的成長のひとつの敷居だと思ってますよ。そこからまた新たな始まりがあるのではないですかな」
「あ、それわかる。これから本当の人生が始まるって思うのよ。本当も嘘もなくて今までも人生。幻っていったって人生なんだけどね、そう思ったの。不思議ね」
Xが珈琲カップを置いた。かちゃりと小さな音がした。珈琲店の音である。
「不思議でもなんでもないですよ。珈琲の力で目覚めたのですよ。この魔法の珈琲の力は偉大なり!あなたの明晰性、悟性、知性、感性を覚醒しに絶妙のバランスを提供する、魔法の飲料がアラビアンナイトの珈琲です。珈琲新しくお入れしましょう」
Xはかすかに微笑むと、Xは壁を観察し始めた。何も聞こえてないようでもあり、聞こえてくる音の源を探すようでもあった。
■
マスターは首をまわし腕を回しそれから屈伸を始めた。正当派老舗珈琲店さながらの服装だが足元はスニーカーである。珈琲を入れる準備をはじめたのだ。まるで実験室のようなガラス用具が整然と並んでいる。
芽依はもちろん、翔子もマスターの体操を見慣れていた。
「いつも言葉と思考に母を求めて三千里ぐらいの距離があったはず。あ、古い?それがこんなにぺーらぺらと話してるって不思議」
「珈琲の力ですよ。発話の手前に喉につかえていたものがなくなるのです。飲む人にとっての真実を語らずにはいられなくなるのですよ。世に真実は人の数だけあるところのご本人にとっての真実を語らずにはいられない」
「納得。楽なの。いつも相手にどう伝わるか、誤解があったらどうしようか、こういったほうがいいんじゃないか、って考え過ぎて、HSPの典型よろしくへろへろになってたのに、今は話すのがすごく楽なの。以前よりずっと私らしくあれるように思う。珈琲かしらね。のどのつかいがとれっちゃった。マスターと芽衣さんの人柄な気がしないでもないけどね」
「両方です、といきたいところですな。珈琲とわれわれの人格、両方ですと、ははは。」
Ω\ζ°)チーン
「しかし嬉しいですな。翔子さんは、まぁなかなか腹を割って話さない人でしたから。まだ話きっていないことがあって翔子さんから出るのを待っているようですが、明るくなりましたね」
「でしょう?母は太陽、なんてあったわよね。わるいわね、わたしは陰の照らない月、灰色の夜に星のうしろで黒く隠れる月夜、なんて思ってたのはいつだったか。そこのほおずき色のランプより明るいでしょう」
オレンジ色のランターンには蠟燭の炎が揺れている。
「この店にやってきた当初はまず語らない。リャドロの置き物のように下向き加減でだまったまま、たまに瞬きながら珈琲を飲み続けている。何か聞けば死んだような眼をしてこちらに口元だけの笑いを向ける。やっと口を開いたかと思えば、もう年よ、先などいらないしそんなものないわ、過去だって無に帰すのよ、未来は異空に吸い込まれて消えてしまえばいい、ただ消えたいとまぁ・・」
「消えたいっておもってからが人生よ」と翔子はさらっと言ってからXを見た。
「ね、仏像って心洗われるでしょう。あの穏やかな慈しみが自分の心にうつるんでしょうね、仏像はそれで本望だって喜んでいると思う。で、人にうっとりしちゃうのってこれって、セクハラかしら?」
「ははは。どうでしょうな。何をどう受けとるか、自由といいますか、人間の第一の反応に罪がありましょうか。その反応にどう対処するのか、その選択に責任はあるのでしょうな。
それにしても
いやぁ、嬉しいですなぁ、翔子さんは変わった。誰も彼も珈琲豆だって岩だって、刹那として同じ状態はありませんな、惑星は周り太陽は燃え素粒子の世界では右へ左へ上へ下へ、瞬間移動までする変化の連続なわけですから、翔子さんが変わったのは自然なことでしょう」
「翔子さんは良くなられたのですわ」
「ははは、そうです。良くなられた。一人が変われば、その周囲の10人が変わる。それでその周囲の100人も変わって行く。ははは。いいですなぁ。ははは」
マスターは眉を動かし快活らしく笑った後、さりげなくXを見た。Xは黙々と珈琲を飲んでいたが、その頬に赤味がその目にまっすぐとした生気が加わったのをマスターはしっかりと観察してほほ笑んでから
ごほん、と咳払いをした。
「最近では自分は若いと思っている人は実際に細胞レベルで若いそうじゃないですか。楽観性は大切ですな。それに、脳の寿命は今のところ200歳とも言われているそうですし脳の神経細胞も増えるとか。一昔前は脳細胞は減り続ける、なんて言われていましたが、覆った。増えるんですよ」
「それね、言い訳ができなくなったわね。漫然と暮らしていれば、紫外線やら電磁波、時の経過、つまり老化にさらされた肌のように動かさない筋肉のように衰えゆく。一方運動に適切な食事の日常が伴えば、筋肉同様に頭蓋骨の脳は若々しくいられる・・。これってね、もう年だからが効かなくなるってことよ。やれ有酸素運動でミトコンドリアが活性化。それBDNFか、ABDNFGZあー、頭痛い。知って仏か知らぬが仏か」
翔子が机に顔を付けて臥した。
「翔子さんったら。うふふ」
芽衣は翔子の珈琲カップをカウンターに持って行った。
Xは?透った眼差しには知性と理性が数段目覚めてみえる。
■
「そもそも時間なんてものもなくわれわれも無だというじゃないですか。それを物理の博士さんがたが証明しなすった。ね、芽依さん。」
息が弾むマスターに芽依はほほ笑んだ。
「まるで禅じゃないですか。色即是空。感覚だけではない、そもそも宇宙が無。だからといって、目の前のサイフォンもビーカーも指をならせば消えるってことはありませんし、お客さんがやってきては出発される、宇宙には阿吽がある。始まりがあって、終わりでワンセットですなぁ。幻とはとうてい思えません。遺伝子が見せる色、感触、視覚、もろもろの感覚は幻であっても消えることもない」
「願っても消えないわよぉ。しょせん囚われてて、囚われも幻想だっていったって、とらわれてるのよ」
「ははは。手を動かせる、屈伸ができる、呼吸ができる、自由なところに目をむけるしかないですかな。
阿吽の間に生きるわたしたち人間にとっては、確かに過去があり今がありそして未来もあるように感じられる。苦楽もしかり。どんなものも永続しないし、そもそも永遠なぞないというのだけれどもそれと気が付かないうちは、変えられる遺伝と変えられない遺伝から作られた体と
自分で作った箱の中でもがく。妙な生き物ですな、われわれは。一体われわれはなんなんでしょうな。」
「あなた方は、アラビアンナイトナイト珈琲店のマスター、芽依さん、それから翔子さん。それで僕って、一体だれですか。」
徐にXが顔をあげた。
場がすんと静まった。
✸✸✸✸✸✸✸✸✸✸✸✸✸✸✸✸✸✸✸✸✸✸✸✸✸✸✸✸✸✸✸✸✸✸✸✸✸✸✸✸
「僕たちは地に残り 汚れをぬぐう
僕は人の闇をぬぐう
汚れも闇も僕たちの身体から出るのだから
こうして休んではいられない」
それでも
ここが闇夜に染まる間に
月が雲に陰る間に
腐れをたよりに 魔がしのぶ
疲れた心はとりつくにゃぁ いともたやすい
休み方を知らぬ身体に とりつくのは ほいさっさ
やさしい心の人間にゃぁ 憑りつくのは朝飯前
魔は美しい魂を食べにくる
人の喜びのため歌って踊って笑う間に
やさしい魂が喜びを回復する前に
疲れた体を休めることを知らぬ真面目な魂よ
天使の姿をしたものの応酬だと叫ぶのはやつらだよ
わしらは弱ったお前に憑りつくぞ
こうやってささやくのだ
『さぁお前は疲れ果てている。お前はなんともひどいうそつきだ。嘘つきだ。ひどい裏切りもいいところだ。
疲れ果てたお前は、美酒に手をのばし癒しを求める。
酔ったお前にゃぁとりつくのはいともたやすい。
弱ったお前の心にな闇を広げるのもいともたやすい。
さぁいっていやるぞ、お前は嘘つきだ、と。
お前は観客をだまし演じる。本来のお前はみすぼらしいただのすっからかん。演じて演じきるがおまえなどどこにもない。さぁ空虚だ、寂寞だ、忘却だ。
それがお前だ。』
お前は瞬く間に闇に飲まれる。素直なお前は自分を責める。ははは、しめたもの、しめたもの、己を責めるは地獄の入り口。
さぁ闇夜はとっぷりと黒いぞ。
やってくるがいい。
ここは底なしに落ちる魔の世界。
さぁやってくるがいい。
憑りつくぞ
取付くぞ、
貴さまにとりつくぞ。
『
聞こえておいでか
聞こえておいでか
わたしたちの祈りの声が
澄んだ露の輝きが
わたしたちの祈りを届けてくれるかしら
どうか天の天までこの祈りが届きますうよう
あなたが汚れているですって?
あなたが嘘をついてるですって?
ヒトはときに聖なる物語を”嘘”といい、
昔話に真を見る
悲しみにある人にきっとよくなると可能性をいい、
傷を喜ぶ悪魔は、お前はだめだと嘘をつく
あなたは真の表現の人、
あなたは人に生きる喜びを見せる人、
あなたは感動が何かを思い出させてくれる人、
あなたは現実に飽いた人の心に希望や癒しを運ぶ人、
嘘などどこにありましょう、
虚実なのは人の世のこと、世間の営み、
それから宇宙そのもの、
美しいあなたの心は
汚れをゆるさないのでしょうか、
わたしたちは汚れの生き物
わたしはあなたの汚れも愛し
そっとそれをぬぐいましょう
たとえ
ぼろ布であろうとも汚れを
それで拭いますから
どうかどうか祈りの声が
天まで届きますように
■僕は僕
「なんて、僕は僕ですね」と、Xは笑った。
「ははは。」マスターの顔から感慨がこぼれていた。Xから口を聞いてくれた!
「なんだか寝ぼけていたようなんです。ここに辿り着いた迄の記憶がまるでないんです。僕やらかしましたか」
マスターと芽衣は一瞬目を凍らせた。
「わたしは、ですな、少し前にコップやらかしましたよwははは」マスターの声は少し濁っていた。
Xは微笑を浮かべ「珈琲、おいしいです。ご馳走様です。珈琲のお陰で目が覚めました。」と思いやり言った。
「それは嬉しい!」マスターは喜んだ。
「面白いですね、みなさん、楽しそうで。」Xは笑顔であったが俳優としての笑顔なのか否かは明瞭ではない。が、周囲を明るくし珈琲店に居合わせる人の心がほっとするものであった。
「早い!すごく早いわね!!」驚いていた翔子は身を乗り出した。「わたしね、ここに来てから随分経つの。その間お客さんが出たり入ったりよ。
なんだかぐったりと疲れきった亡霊のように人がやってきては、顔を輝かせたら、感謝の涙を流したり、慈しみと許しの神様みたいに微笑んだり、してね、シャンと立ち上がって『翔子さんもどうかお元気で』なんて言って去っていくの。
ここにいると季節感覚も時間間隔もなくなるんだけどね、たしか春のあたりかしらね、けっこう頻繁に人が来たのよ、Xさんほど早く口を聞いた方は誰1人いなかったわ」
「そうですか?僕は質問されたらやっと話すほうですから、確かにあまり進んで話すほうじゃないです。やっぱり珈琲の力ですかね」Xは珈琲カップを持ち上げながら幾分か青白さの残る笑みをマスターに向けた。
「おやおやおや、これはうれしい。そう来ましたか。さぁもう一杯お淹れしましょう。Xさんの明晰さと知性がいよいよ耀きますよ。」
「ありがとうございます。どうも、ご挨拶が遅れました。Xと申します。俳優業をさせていただいてます」Xから謙虚と誠実という2つの徳がにじみ出た。
「あ、はい。あの。はい。あの、はい。かっこよくていらっしゃいますね」
「翔子さんったら。」と、芽依は笑ってからXに向き直り丁寧にお辞儀をした。「わたくし、猫沢芽依と申します。ここでメイドさせていただいております」
「僕いつここに入ってきましたか?オレンジ色の灯りに誘われて・・・よく覚えていないんです」
「いいではありませんか。まぁまぁ、人間は忘れる生き物ですからね。大切なものはちゃんと脳に保存されているんですが、保存されていることも忘れてしまう生き物なんですよ。」
「いやぁなことは結構よく覚えているわよぉ、もういんだけどねってことが頭でぐるぐると回っていることもあったわ。それでわたしも一緒になって、地面ここ堀れ墓穴のトルネード。」と、翔子は顎ひじをついた。
「ははは。確かに。ネガティビティーバイアスってものですかね。人は生来ネガティブに注意をもっていかれやすい生物ですし、記憶にも保存されやすい。だから必然人の恐怖や警戒心を刺激するフェイクニュースは広がりやすい。ウィルスにも警戒してマスクに手洗いですが、ニュースにもフィルターかけたいものですね。」
「ニュースみない派よ。」翔子が言った。「最近は多いのよ。だって、五万どころじゃないわね、億とあるニュースの中で何が選ばれるのか、フィルターかけてるのって、一体誰よってなるものね。ネガなニュースはね、聞いてなくても無意識的に注力が向いて、脳内に蓄積されてそうでいやなのよ。ネガの蓄積ってしんどそう」
「確かに。人によっては外界へのセンサーが人一倍敏感で、かつ情報の取捨選択が効きにくい人もいます。子供は大人よりも外界に敏感ですし、子供の中にもさらに敏感な子がいるものです。
「6歳までに蓄積した外部からの刺激は、無意識となり大人になっても思考と行動に影響をあたえるとは、今や常識となり始めていますわ。大人になっても刺激から身を守る防御壁が薄く、なんでも取り入れる人っているものですわ。」
「それはよくも悪くも機能しますな。
人間はネガだけではなく、喜びやら興奮も記憶しやすくできているといいますからそれは救いと思いますよ。
『おいしいです。目が覚めました』あのお客さんの声と晴れやかな顔を見る感動体験は忘れ難いものですが、
☕
忘れたいものと覚えておきたいもののコントロールも人は握っていません。
それで人類はホモ・サピエンスつまり、賢い人間なんて名乗ってるのですからね。忘れることも賢さの一つ とは言われていますが、まったく」
「ネアンデルタール人よりもホモサピエンスは脳が軽いそうですわ。それはつまり、ホモサピエンスは言葉によって意思疎通し連携プレーができるようになったからですの。」
「ネアンデルタール人の脳が重い?体は頑丈だって聞いたけど、なんでかしら」と、翔子は疑問を出したがが「あっ」と言ってから自答した。「わかった!個人で行動することが多かったし、言葉による記憶よりも映像記憶を行っていたから脳にCPUが必要だったってことね。わたし、冴えてるわ」
「えぇ」芽衣は頷いた。芽衣はいわゆる科学オタクになれる気質が備わっていた。むしろすでに科学オタクなのかもしれない。「わたくし、ネアンデルタール人の遺伝子が入っていたのでしたら絵がもう少し上手だったのかしら、なんて思ってしまいますわ」ふふ、と芽衣は笑った。
「言葉や高度なコミュニケーションによってホモサピエンスは賢いと。本当でしょうか」マスターは手を止めずに言った。
「マスターは人間嫌いなのですか?」とXが自然に聞いた。
■ホモサピエンスが受ける矢
「かつては人間嫌いでしたよ。人間嫌いもいいところでしたね。人間の判断力っていうのはまったくあてにならないじゃないですか。なんでアウシュビッツの悲劇があったか、なんで大戦があったのか、それは人が判断を誤ったからではないですかね。人の異質への警戒心、不満が高じればスケープゴートを作りやすい性質やら排他性気質に火が付く、そういった人間の性質を言葉巧みに操られた結果なわけですが、判断を誤ったことに変わりはないですから。
大戦中にはそのころからこれはおかしいとしっかりとした判断をする人もいましたけれどね、マイノリティーですよ。少数派。真理は少数派に宿る、なんていわれていますが、この場合は当てはまったわけです。こんな賢い人”サピエンス”な事例が人類の歴史にはわんさかとありますな。
で、わたしも人間なわけです。
必然、自分も嫌いでしたよ。自分にしたって、完璧でも何でもない、人様がすっと解決できるような問題に絡み取られたこともありましたし、とんだ失敗をして取返しがつかないものと諦めたり、身動きさえもできないこともありましたよ。今ではすいも甘いも陰も陽もこもごもまとめて人間も捨てたものじゃないって考えていますよ。どんな人も踏み入れた場所で地獄を見ることもあれば開花を経験することもある。
それに少数派だった高度な判断力を備えた人が多数派になる日が来ると信じています。」マスターは歌い上げるように続けた。
「そうなれば新サピエンスです。新サピエンス!新ホモオデウスです。
それにね人間ってのは、とんでもなく愉快な生き物と最近は思うのですよ。なぜって、こんなに」
「「言葉とこの珈琲で変わりますから」」翔子が被った。
「息ぴったりですね。」と、Xは屈託なく笑った。
「あら、素敵な笑顔。これがキュン、ときめきね。わたしの心拍数が変わったわ。言葉と珈琲で変わる、それ千回は聞いてきたのよ。お客さんの度に言うんですからね」
「ははは。実はそれでさえもわたしは絶対の真理とは思っていないのですよ。真理は人の数だけあるもんです、とこの考えも真理とは限らない。
それでね、言葉より先に、変化をもたらす何某かがあるのではないかとも思うのです。聖書では光があったというではないですか。科学翻訳すればビッグバンでしょうかな。光があれば蔭もあるでしょうから、言葉より先に蔭があったのかもしれない。」
「言葉は威力を持ち得ますわ。言霊、というように。中には毒気を含んだ呪いのような言葉が放たれることがありますわ。人様を良いとは思えない方向に導くことだってあります。同じ言葉の矢でも致命傷になることもかすり傷ですむこともあるかと思いますわ。悪意の矢の集中を受けることもありますが、他者には言葉の矢先はおもちゃのゴムにみえることもありますわ。
言葉には奥行があって、角度や深さをどの程度で見るかによって変わりえるのですから。
生きていますと、いろいろな言葉に出会う。いい言葉を遺伝子までしみこませて、悪意の言葉の矢先をおもちゃのゴムにかえてしまうことが大切ってことなのかしら。
それに、わたしは・・・、出会いが人を変えると思っていますの」
「なるほど。人との出会いですか。人との出会いは何にも代えられないので、そこは大切にしたいですね。」
※
■あぁそこだ。
「あぁ、そうだ。」マスターは掌を握った右手で打った。
「どうしたの?」翔子が驚いた。
「珈琲ですよ。珈琲がきっと先です。魔法の珈琲が言葉より先!」マスターは大いに悟った風である。
「なぁんだ。まったく。新人類は人類でも原生人誕生ってところかしらね。手前味噌も味噌、ダンディーだけどそれをはなにかける、それでたまにやたらときれているし、真理ついているようなこともあって頭いいところもある、美味しい珈琲淹れる新原生人!」
「ほめてるんだかどっちだか」マスターが苦笑したところにXが頷いた。
「ほんと、そうかもしれないです」
「でしょう?新原生人!」
「珈琲のおかげかなってところですw」とXは笑顔を見せた。
「感激する。Xさん、心広い。思いやりある」
「ありがとうございます。母から思いやりのある人間になれと言われてきましてまだまだですけれど、そうありたいと考えています。
それに、僕なんだかすっきりしてきました。ずっとぼんやりと夢の中にいるのだか、どこにいるのだか、僕はだれだかわからないような状態だったので。」
「あら、みんな自分が誰かなんてさっぱりピーマンよ。わからないと不安だからわかったように暮らしてるだけ。わたしは翔子で今Xさんを目前にして浮き立ってる、その認識を正しいと信じているにすぎないのよ」
「そうかもしれませんね。珈琲がおいしい。この認識も正しいように思います。
美味しい食べ物も飲み物もって人を幸せにしますね。それに僕、数年来の心の重い霧が和らいだ気がするんです。僕の奥深いところにあって正体も場所もわからず探すべきなのか、もともとないのかそれでさえもわからなかった問題がすぅと姿を現したような。ずっとどこにいたのかわからずにいたのをGPSさながら宇宙から眺めるようにすっきりはっきりしているのです。きっと珈琲のおかげですね」
「それはうれしいです」マスターが喜んだ。
「やっぱり、やさしい。それに、こう、つくづくきれい」翔子はXに見とれた。
あきれるかもしれないがそれも仕方のない話、多くの人の女心を目覚めさせる色気と、何かどこかの静かな寺に在る仏像を目の前にしたような清浄な気持ちを起こさせる相反するような魅力を備えた人が目の前にいるのだから。一見にしかず、この言葉につきるのかもしれない。
■謙虚なる人
「あ、これって、セクハラになる?今更だけど」翔子は慌てて手を口にあてた。
「大丈夫ですよ。光栄です。むさくるしいところをスタッフの方がきれいにしてくれたりかっこよくしてくださるのですよ」とXはさりげない。
「あぁ、なるほど、そういうことね。」
「どうしたのですか?」と妙に納得している翔子に芽衣が聞いた。
「そこだわ。そこよ。そういう人柄だから一流で活躍し続けるのね。だって世の中イケメンさんってけっこういるでしょう?だけどこんな活躍を続けていらっしゃる人ってそんないないわ」
「ほんとですわね。グーグルの採用面接では謙虚さを持ち合わせているかどうか重要視されるそうですけれど、分野は違っても謙虚さが一流の人の条件のようにも思われますわ。
人が学ぶのは学ぶ余地があるという謙虚さからですもの。学ばない人なんていないかとも思いますけれど、積極的に学びを求めるのと受け身でいるのとでは学びのスピードが違いますもの」
「学び礼賛!」
「うふふ、マスターったら。そうですわね。学びで新しくたどり着いた知識があってはじめて世界が広がるのですわ。アメリカ大陸を知らなかった頃には当時のヨーロッパの人がロッキー山脈を知らなかった。そんな体験またべつで識を得ることなのかしら」
「認識がないところは見えない、ってことですかな。それに知識を実践や経験に変えていくのはまた別とは全く酔う言われていることで、珈琲をいれていますとつくづく実感しますよ。
未知はまだまだあります。深海世界に宇宙。火星に土星、地球の内部だって本と言えばわかっちゃいない。
まず『それは何か』なんて疑問を呈すところまでいっていないこともきっとまだまだあるのでしょうな。いやぁ、未知は愉快」
「愉快、なんだ。人間は基本わかりたいって生き物なのしょう?未知をおそれてわかっていたい。だからわかっているような気でいる。シェイクスピアがもっていっていわれているわからないことの保持力がマスターにはあるのね」
「ネガティビティーケイパビリティーですか?」
「そそ、それ」
「どうでしょうかね。わたしにあるかどうかもわかりませんが、確かに始まりがあるのなら果てもあるのかもしれない、つまり宇宙にビッグバンというはじまりがあったのならいつか終わりが来る。いつ来るか、わたしたちが存在のすべてをしったとき、この宇宙がなくなるのかもしれない。それならわたしたちはどうなるか?わたしたちが創造神となって新たな宇宙を作り始めるのか、いややはり何もない無になるのか、なんて想像でしかないことを考えるのが趣味なのですよ」
「つまるところ、今のところ知識には果てがないということかしら」
「芽依さんは4
方みたいね」
「ほんとマスターはそんなこと考えてるのね。って、わたしもわたしでここにきてから随分と妙なことを話しているように思うわ」
と翔子が言うとX氏が徐に答えた。
「妙なことでしょうか。意外に僕たちはそういうことを考えているように思います。
それにしてもわからないことだらけですね。仕事で都道府県をまわらせていただいたのですが、生まれ育った国の事なのに本当に知らないことだらけでしたし、こんなに素晴らしい技術や感性の結晶が伝わってきているんだなって関心してきました」
「あ、『日本製』ですね?莉奈ちゃんが毎日のように00(猫の名前)をお膝にして『わたしもね、日本全国津々浦々旅して日本の素晴らしいところ海外に伝えるんだ』って燃えてるの。ついでに『君に届け』のDVDは莉奈ちゃんのバイブルらしいですわ。早く帰ってくるといいですのに」
「作品を見ていただいて嬉しいです。ありがとうございます」
「ほんと驕らないから長いのね。ほら芸能人の人ってうしろにそりくりかえるほどえばってた人もいたっていうじゃない?それが本当かどうかは知らないし、社長や親はたまにえばることも仕事だったりするんだろうけど、Xさんは子役さんからずっと第一線。
『驕れるもの久しからず〜』の逆ね。有名人オーラ満載なのに威圧感なし、なにかこう魅力的な虹の後光が耀いているみえるようだわ。好かれるわけね。それに、どっきどきなわけ。あぁ春が来た!」
「本当ですな。季節は廻りますな」
マスターは清浄な様子で珈琲をいれはじめた。『一杯一会』が彼の珈琲への姿勢である。
■フラクタル:未知と既知の割合
■芸能って?(芸能はなくても人は生きる?🍚でも衣類製造でもない。)
Xはつとにまじめな顔をした。
「僕たちって、一体なにでしょうか。あぁ、あの、芸能の人って何なのかって疑問です。
僕は子供のころからずっこの世界にいるので、離れて見るってことがなかなかないんですね。
ここ数年はふと迷子のような気持でいたり、何か突き詰めないと行けないような何かがあると考えたりする事があるんです。」
「悩み?そんな素敵に生まれて?って誰にでもあるわよね、悩みのない人間はいないわ。悩みに対する取り組みが違うだけね。素敵だからこそ生まれ出ずる悩みもあるわよね」翔子は浮かれをわきにおいて真面目に言った。
「悩みについて考えても解決しないことは追及しまないようにしています。悩むぐらいならできることをするようにしています。不安があるときは、僕は芸の研究をしたり演劇や音楽の稽古をすることにしているのです」
「え、すごい!さすが。そうよね、一流の仕事人だからそれが当たり前のスタンス。わたしにとって言うはやすし隣に住んでたのもやすし今日は大根やすしなの!」
Xが微笑んだ。
「悩むことに慣れ過ぎて悩むことが生きることになっている人もいますわね。生来的に悩みから気をそらしにくい人もいますわ。わたくしもそのうちでしたけれど、冷水シャワー浴びたり、氷に手をつけたりして改善しましたわ。走る方も多いそうですの。精神科のお医者様.やメンタルコントロールについて教えてくださる人が今は多いですわね」
「翔子さんはもう大丈夫ですよ。この珈琲と出会いましたから☕」
「言わなくっちゃ気が済まないみたいね」
Xも笑った。笑顔はいい。
※
「何かに蓋をしているようでならなかったのです。心の深い分で何かから逃げたいけど蓋をしている、そんな状態です。きっと誰にでもあることなのかもしれません。探しても見当たらないしそもそも探しているものがないのかもしれない。だからまた蓋をする。
それで、珈琲を飲みながらもしかしたら知りたいのは僕自身のことではないかと思ったんです。子供のころ考えていたこと、感じていたこと、それから仕事の日常。
芸能を一度離れて考えてみたいのかもしれないなって思ったんです。あ、突然、すみません」
「いいのよお、いいの、素敵すぎて抱きつきたくなっちゃう。あ、これ間違いなくセクハラね、セクハラ。ごほん。もとい。なんでそんな真摯で紳士な真剣さがあるの?素敵すぎ。」
ははは、マスターは3度息を吸い吐きしてから言った。話す度に口ひげが動いた。
「Xさんだけじゃないと思うのですよ。わたしは多くの日本人が今まで以上に、”自分って何か””この生き方は長い目でみて人生の充実度に貢献しているか””何をすれば意味を感じられるか””そもそも自分にとって活きる意味とはなにだろか”そんな高度な問を内側に抱えていると思いますね。それでめいめいが生きる柱となるような価値観を模索していて、皆が皆異なる。それで人間全体に共通した柱があるとすればそれは・・・
平和。世界平和。そのための自己の充実。逆かもしれませんな。自己を充実させることが世界平和に通じるってことですかな」
「あー、なんだかもう、珈琲店からはじまる世界平和ね」
■生きる意味
「このために生きてるってものかしらね。生きることそのものへの意味付けかしらね。」
「そうだと思いますよ。『生きる意味なんぞはありません』ただ『生物として非常にまれな現象が重なり知性やら感性に秀でた人類が誕生した。生物は今のところ生きて死ぬことが分かっている』と、科学に根ざした人は言うかもしれません。
妙なクラゲは不死身に近いそうですし、老化でさえも過去のものとなる日がくるのでしょう。生きる意味があるかどうかは確かめる術は今のところないですな。仮にあったとしても人類共通しているのか否かもわかったものではありません」
「あら?あれはここにきてからちょうど100杯目だったわ。『わたしなんて生きる意味なかったのよ』なんて、髑髏仮面かぶりながらわたしが言った時、ダンディーよろしく『ありますよ。翔子さんにもあります。』なんて言っていなかった?『生きているだけで価値があるのが人ってものです。かけがえのない存在ですよ。』って。」
「人間は足が動かなくたって、ベッドでねたきりになったって、尊い存在という信念を持っているのです。でしょう?」
「もちろんよ!・・・のわりには自分にはその思いやりの視点向けていなかったかも」
「はははは、自分に厳しい人がここに来ることが多いですな。厳しさをうまい方向にもっていけるばかりではないですし、
世の中にはいろんな人がいます。
会社組織で”無用””不要”のレッテルを張りたがる人は相変わらずいますし、功利を追求する組織ですからね、適材適所ではじかれることもあるでしょう。
わたしなんかは、組織でも有用でない人間はいないと考えていますが、人によるのでしょう。
『人間はありのままで尊い存在』
これは結局わたしが見つけた生きる意味であり、多くの人が共有してほしいと願う価値観であり、また人間という存在への信頼ですよ。
(※省略人間は一人ひとり尊い。そしていつか世界平和を達成する、そんな信頼ですよ。戦争はなくなり貧困問題もすぐに解決していく力がある、人を死の淵においやるような心の病もなくなっていく、そんな信頼です。
貧困が全くなくなる、とか病気が総じてなくなる、争いが皆無になる、そんなことはないと思うのですね。小さな芽のうちに解決できる知識なり智慧なりが行き渡ると考えているのですよ。」
「原動力でもあり問題解決の推進力ともなるのが思いやりですわ。慈悲の心とでも言ってもいいかと思いますわ。」
「個と全体の思いやりバランスが崩れて、今全体の力がなくなってきているように思いますな。
略)
「おそらく科学者ならば同意しますわ。」
生きる意味は設定したほうが人生が楽しくなりますよ。そうすれば珈琲づくりにも世が出ておいしくつくれるです。一杯一会の体現です。わたしにとって大切なのは目の前のお客さんに美味しい珈琲を提供する、それです。そして、覆われていた暗幕を開けすぐれた知性に悟性に目覚めていただく、これですよ。
からな。
人類は世界平和を体現しようと模索している。
人は全体と個人のバランスを適正化させ、
みながみな違う器の中で己を満たすことが人類の平和の最小単位、
そう思っていますよ。
」
」
全体を配慮しつつと個のバランスを保つための塩梅も模索しているんじゃないでしょうか。演技でも常に全体と個を考えているんじゃないかと思うんです。」
「それはあります。映画でも舞台でも配役と全体のバランス、ストーリー全体の流れと一場面の関係性、双方意識しながら動いています。舞台では来てだ去る方々も含めた全体と僕という意識が働きますね。」
「いやはや、演じることというのは意外に深いですな。素人目にもうまい字下手がありますが、そういうところなのでしょうか。」
「マスターの珈琲哲学の深さには驚きました」
「ははは、ただ熱いだけですよ。濃くと香りの一杯をおいれします。こちらは温かくおいれします。」
※
「わたしね、これでもミーハーじゃなかったのよ。年かしら、あら年を理由にはははするのは禁句で言い訳で、ブッブーね。
言うなら新しい領域よ。アイドルに関心向けるなら身近なだれかに興味注ぐべきよね、なんて言ってたの誰だと思う。わたしよ。いつだったかしら。本当、驚いた。これからおっかけになりそうな勢いよ。きっとそのまま座ってらっしゃるだけで好かれる方よね、自然好かれちゃうよのね。くすぐられてしまうわ。」(華原朋美さんを思いながら描いてるw)
「うふふ、翔子さんったら。本当にそのとおりですわね。」
「おやおやおやー、芸能人のオーラ伝説ですかな。わたしの立つ瀬がございませんなぁ。いや、まったく、実にいい男ですな。おとこぼれしそうですよ。」
「またまた〜、ありがとうございます、大先輩にそんなことを言っていただいて光栄です。あ。」
「どうしたの?」
「そっか、僕たちは人に好かれる事が仕事なのですね。当然と言ったら当然ですけど改めて考え直しました。芸能ってファンの皆様の支持をいただいて成立している仕事ですね。」
「アイドルさんたちは人にキャーキャーさせる事で人に幸せを運んでる。昔学校時代の友達がおっかけしてるの、楽しそうだったわ」
「えぇ、好きって気持ちもサポートしたいって気持ちもポジティブな影響を人に運ぶと思いますわ」芽衣は同意を示した。
「わたしね、仏像やら寺の建造物を見るのが趣味なの。若い頃からよ。ほら端正で整っているでしょう、それから美的感覚に訴えて快なのよね、きっと。
俳優さんもそうなのかなって思ったわ。かっこいい人はかっこいいもの。好みは人それぞれだけどね、好みのルックスの人は、快を与えるものよね?快。快。快」翔子は身を乗り出した。
「うふふ、寄りすぎですわ。」
Xはありがたい、微笑ましい、照れもする、というように笑みを浮かべてから思案の様子に戻った。
■好かれに行くことの是非(ピュアスター)承認欲求の調整
(「さぁさぁさぁ、珈琲おもちしますね。」
マスターは珈琲をそっと置いた。
「好かれる仕事、そこに反応したのですかな。ざっくりとですが珈琲店と同じくサービス業ですかな。
好かれる仕事は、切磋琢磨しているうちは楽しいものです。わたしなら、美味しい珈琲のために研究を重ねる、それは今の今でも楽しいものです。
人との関係性となると、
好かれるためには好かれに行かない、そんなパラドックスがあるようですな。」
「他人軸にも思うわ。他人に好かれようと行動するのだから。他人が喜ぶことを行動の軸にするって他人軸ってあり方じゃないかしら。痛い目を見るコースよ。ね、芽依さん」
「えぇ、かつてはそうでしたわ。喜ばせてはいけない人を喜ばせようと必死だったのですわ。他者に喜んでもらう、これはとても素敵なことです。えぇ、本当に。自分の喜びを犠牲にしすぎてしまうことが奉仕の心をもった方々にはあるかと、思いますわ」
「好かれに行くのと、喜んでもらうのとは違うわね、
「他者に喜んでもらいたいという動機は、一概に他人軸だから直した方がいいってわけでもないのではないかと思いますよ。
そもそも他人軸とは曖昧な言葉ですな。
わたしにいわせれば、
他人に喜んでもらいたい、
この欲求がなくなったら人間大変なことになるとおもいますな。
他人に喜んでもらいたい、これは
自分の中から内発的に行ったことだと思いますし、人間に備わった資質の中でも徳のあるものだと考えていますよ。
徳も罪も善も悪も人が作ったもので、
人の中にあるもの。
活きることに意味がないのなら、
善たる意味も徳を積む意味もないのかもしれませんな。
それが真理か否かなぞ、
人様によるのかもしれませんが、
わたしは他人に喜んでもらいたい、
これを行動の力にすることはなんとも徳に満ちたことだと思いますよ。
わたしたち人には選択の自由だけはある。」
「人様に喜んでいただく、そのことを喜びにすることは己の欲をみたすよりも大きな喜びをもたらしますわ。
おそらく、宗教の人だけでなく、まず科学者が賛成するのではないかしら。公益を考えた行いを選択すること、
誰かの苦を抜くことに貢献すること、
そのことが大きな喜びと心の安定をもたらすと科学者たちが証明にかかっていますもの。」
「宗教から科学ってところなわけ?」
「そうかもしれませんわ、翔子さん。宗教の見直しが始まるのではないかと、わたくしは思っていますわ」
「はっはは、文化として人をつなぎ直すかもしれませんな。」
「なんだか、深いところまで話すのですね」
「あ、ども、こりゃいかん!ついいつものちょうしで。わたしたちときましたら、こんな話ばかりしているのですよ。世間ずれしていますかな」
「どうでしょうか、ぼくたちも意外にそんなことを心のどこかで考えたり思ったりしているのかもしれませんね。世事そのものかもしれません」
Xは珈琲を優雅に飲んだ。
■ここも塩梅
「他人が喜ぶかどうか、そこに100%に近く成果を求めてしまうと、振り回されることもありますな。
やはり、ここも塩梅です。」
「そうよ、そうよ、相手がサディストだったらどうする?あなたの苦しみが喜びです~って人だったらどうする?
だったら、サディストに近寄らなければいいって思うわよね?それにサディストの願いを叶えなきゃいいって。
ことはそんな単純じゃないのよ。単純じゃ。無意識がね、相手の望むことを叶えようって動いちゃうことがあるのよ。無意識の設定ってほんと人生を左右させるわぁ」
「例のあれ、ですな。潜在意識とやらですな。
はじめきいたときには、
そんな目に見えないものがあるのかと思ったものですが、
蓋をあければ非常に科学的な話。
人間ときたら環境に適応するために、
幼い頃に、基本反応やら基本思考回路を設定してしまうのは、どうやら脳の省エネのためだと考えられている。
つまり、遺伝的素質に幼い頃の学習がくをってよって私たちは世間やらなんやらかんやら万事を判断しているとか。
遺伝的素質とやらて、
同じ環境にいても学びはかわり、
よって後の人生も雷の経路洗濯のように多岐にわたる、と。
人生、電光石火、つぬのごとし、なんて言っても今は100年生きるんですからね、
幼い頃の設定のいかんで、
地上天国行き地獄行き、
そこそこパラダイス、後多少は困難でトータルまぁまぁ、
とまあそんなコースが決められてしまうなんて言うのが、
三つ子の魂百までってものです。」
「きがつけば人生詰んでたわたしは、それには強烈に反対したいけど、
」
猛烈にそのとおりと言わざるをえなえおわねぇ。まったく。」(後部に)
「じんせあなにがおこるかわからない、万事塞翁が馬って言ったって、そうやって捉えられるかいなかが道の分かれ道、
あぁ、これでよかった、いい面もあった、
と災難が来たらいい面に目を注ぐ。」
「気がつけば積んでて真っ暗闇でもね、
何とか作り出すのよ、そう、創り出すの、いい面をね、
こじつけでもなんでも空想でもなんでも、
ほら、人生なんて空想のれんきでさそょう?
もう。いらいように解釈解釈解釈めいじん!
そしたらね、ほら光明が見えるのよ、ほんのかすかな光。」
「人間の問題は、
愛の問題、
愛が足りてるか足りないか、
充足しているか、奪わ続ける状態か、
そしておさないころの愛の欠如程、
人間を不幸に追いやるものはおりませんな。
認められるべき人からじゅうぶんな
愛か注がれなかったいたけない子供の脳に刻まれるのは、渇望。
中には猜疑心は強まり、他者との比較によらずには自己の価値を確認できず、下がなければ下をつくり、上がいれば引きずり下ろす、そんな価値観ばかりに生きることにもなりますな。
******************
※ここら辺もらはらにうつす(下を作るためのターゲットは、たまったものはでありませんか、そのために始終となくけちをつけられ、
粗をほられ、つくられ、そして貶される。なぜつてた他者を?けなすことで、しか自己の価値をかく確認でかこなあいのたかだら。
「カースト制度はそうして作られるのですわ。下をつくるんですの!じこほぜんのために!インドの事ばかりを言っているのではありませんわ。上を目指すのがいけないなんていっておりませんのよ、
正々堂々たたかい1番を目指す、これってすてきなのでふわ、とっても素敵、わたくしそうやってひび切磋琢磨していらっしゃる方、とっても好きよ、問題は、自己を保つために下を、つくること、
これはね。本当に作るんですのよ?無価値感からの恐怖から逃れるために!」
「未熟児の心は不安と捨てられる恐怖と守られない恐怖に覆われ、それらは愛の欠乏の感覚を強く脳の奥深くに刻み込む?親が不在がちなのが、問題では無い、愛されていない感覚が子供の中のいじめの芽を膨らます。
『僕が傷ついてんだ、お前も傷つけ』
『自尊感情か(⊙ө⊙)✨(⊙ө⊙)✨酷く傷つけられてるから、おまえもそうしてやる』
投影なんて言われるそうですが、親からアホだだめなやつだ、なんもできん、
なんて人格否定よろしく叱られた子は、誰か抵抗がかすかと予測されるターゲットをとっ捕まえて。いたぶり、貶し、そしてうさを晴らす。
いじめのめはなにもそとにむかうわけじゃない。
己に厳しすぎるまでになるひともいる。
周囲にそんな愛着怪物が現れたのなら
自分をいためる思考回路をとめることが出来なくなることもある。
他人を思いやる優しい魂ならば、
低ただあるだけでは許されぬとばかりに、
身を削ってもなにかに励む。
実ればそれは大きな喜びとなりえるものの、
休みかたも自分を愛し許す方法をしらぬまま、
とまれば沈みこおりゆく雪の上にでもいるかのように、疲れに疲れを認めずに
動きに動く。
『わたくしが休まる時はこのみが死を迎えるとき』
この祈りは怠けの心に向かうべきか?
『本当にくやっている。』
おゆるしなになって、慈しみになって
わてくさは、あなたをさばきませんわ、
あなたがあるがままでよいのです
あなたが仰った酷いことも
きっと本来おやさしいあなたが傷ついたからね、
わたくしは、許しましたわ、許しましたの、
牢獄から出られぬ囚われの人が、思想には自由がある事を知ったように、
わたくしが許しの法を知った時、
あたかもかんじさいの天界に移動したのかとおもいましたわ。」
『あなたのお心は天上に相応しく、
あなたの諦めには
柔らかな癒しと希望の芽を!
どうかどうかお気づきになって
あなたが闇だと指さすものはちっともやみではありません
あなたの吐息はけがれのないもの
それを包み込めることができたのなら
わたくしはやっと安らぎをえるでしょう
『先に安らぎを得てください
そうすれば僕は安らぐのだから』
御身を慈しみたもう
わたしはあなたを愛してやまない
あなたはどうかお気づきになって
』
◾︎
死に至る病とは、このことですよ、
今や多くの人が認知する。
ただ未だ精神科医も学者たちも
これを癒す法は分からない。
なぜって、セロトニンを投与してもそれは1時の思考回路の変更を促すだけだからね。
◾︎
「ぼくのははは、思いやりを大切にするよう育ててくれた人です。もしかしたら、幼心にさみしさやわがままをおさえ気を使っていて、それが僕のあり方となっていたのかもしれません。家庭環境について僕の母をわるくは思わないでください。
「Xさんのお母様?!まさか!!こんな品よくお言葉も選んでお話しされるようなてさ丁寧で謙虚さと知性が宿る方のお母様ですよ?ご心配無用ですわ」
「母もね、人なのよ、完璧なはは親ってなにかしらね。母は、多様を受け入れる受け入れる寛容の大地、
とはいえ
ありのままを愛しすぎたら、躾とならない、厳しすぎれば休むことを知らない、なんて言われているから難しいのよ」
「子供の性格によりますよ、既に生まれた時点である程度決まってるそうです。そりゃあ、おぎゃーと生まれたときから、違う声、
あやしたって、かたや手をあげ可愛らしい声で笑いかたや素知らぬ様子。親の褒め言葉に反応して、行動指針にするのはわかりやすいですが、、なかには非常に敏感な子もいましてね。そういう子どもは親の顔で行動指針を決めていく。人一倍敏感ですからね!おこられないように、それに親が喜んでくれる事が第1優先事項となるのですよ。
「他人軸の生きづらいコースねぇ。『親の期待なんか答えられない!』と、反抗の爆発でもあればいいものの、
それさえも強いき(うかんりょくやら
やさしさて押さえ込む。
自分の感情よりも人の顔をうかかう、いきかたが当たり前になっているのだから、人によっては..じ、ご、くよぉなぁんどてもいうわぁ、地獄は地上にあるのよォ」
「し、し(うこさん、少し怖い。ですわ」
「あら、おはずかし、ごめんあそばせ。ま、極端よね、大体の人はそんな完璧尽くして、たにんじくなんていないと思うわね。( ˊᵕˋ )💭」
「わたしは結構完璧尽くして他人軸してましたよ、あっひはほは」
「マスターが?あれだけ完璧主義は和らげる方向で行った方が行きやすいしビジネスでも?人間関係でも人生そのものでも生きやすい、なんて言ってたのに?」
「ほら、マア、コレモあれてすよ」
「さじかけんですか、」
「ビンゴです、それですよ、ビンゴも死後ですかな?!ははは、まぁ、自分を知っちゃあいなかったっていうのはありますな。
令和の日本生き方講座なんてものを開いたのならね、
☝己を知る〜汝の内面にあるものを感じ取る
✌️己を知る
( 'ω')...( 'ω')🤟スリィ己を知る、ですな!!ははは。かっこたちょっとマスター、Xさんが笑ってる、素敵♡・:*:・(*˘︶˘*).。*♡・:*:・
あの、こんないい男性初めて見る」「ははは、改めてなに言ってるんですか?!」
「だつて、いないわよ?なかなかいないわ」
「確かに、無二ですな、無二の人です。演劇界を引っ張っていってほしいですな、本当に」
「はは、ありがとうございます😊
本当に素晴らしい先輩方や
才能磨けば光る後輩がたくさんいるので、僕だけの力じやゃあいんです」
「あぁ、その若さでその成功でそんなところたまで観てらっしゃる、本当にさすがですわ」
「20代の頃はキャーキャーしか言われないようなじ(うたいで、
やいうらやましいすでな、?はははは、
おっと失礼、そんな状態だものんのそのごご自身は周囲があってこそだと当たり前に分かっていらした、大したものです。その頃は野心やら何やらでまぁわたしとは比べ物ななりませんよ」
「ちょっとちょっと。褒めすぎたら、こ困っちゃうわよお、ってわたしもね。で。マスターはい以外ね、ものすごくよくごご自身知ってそうだし。」「完璧主義って言うのはわかっていましたが、緩めるべきところと出してこそ活きるところがある、その区別やら、完璧主義力の発揮所の調整が出来ていませんでしたよ。
書類作るのは、なるだけ完璧があいですし、システムもしかり、列車の安全性もしかり、
そして芸の世界もそうではないですかな?」
「完璧主義はなくてもなるだけ理想のあり方を追求することはしてます(*^^*)芸能の世界は
かっこおそれないで、心を観る、
その1歩が踏めないひともいるのです。
心を観た時、そこに汚れやささくれ、痛みがあったのなら、
不完全だと、批難を受ける、そんなものかおそれとなって、心の前に立ちはだかってあることがあるのです。
なに、十分な自己愛、なんてい言っています、きりなんてないですよ。
だていましたね、」
母は産むだけで大変ですわ、これも精神科医の方々の仰るところですけれど、
」
◾︎
そうですなぁ。喜ばしている行動をとっていないか、好かれに行っていはいないか、常々チェックしたほうがいいですな」
「そーんな、わりきれるものじゃないわよぉ。すでに、地獄の中ではそんな前頭葉の知性的な判断がきかなくなってるのよぉ。あら、ごめんなさい、Xさん。わたしったら、どすがきいちゃったかしら。そんな殿上人みたいなお姿されてる人がそばにいると、ここは天国化って思ってしまうわ」
「翔子さん、面白い方ですね」
「わたしね、本当にこんな風じゃなかったのよぉ。おとなしい女子だったのよ。自分でも過去形つかってるわ」
「すてきですよ」
Xは屈託なく言った。
「率直で飾らず素敵です」
「あ、あ、・・、あ、あ・・・」
「ふふ、お言葉になっていませんわ」
「だって・・・」
「あ、ありがとうございます!い、言えたわ。ありがとうございますって。言えたわ。賛辞を頂いたら素直に感謝をのべる、これなっかなかできなかったのよねぇ。ありがとう、って言える人口ってほら、まだマイノリティーでしょう?ありがとう、って言える人口が増えたらこれだけで日本の自己評価市場があがりそうだわ。自己評価が上がれば現実に起きることも変わってくる、でしょう?マスター」
「そういいますな」
塩
加減。
いやぁ梅干し、最近たべてないですなぁ。おにぎり
「好かれようとしてやることは、なんだか功利的にうつることもある、あざとさが見える、自然体が一番っていったて、むずかしいわぁ。好かれたいって気持ちがはたらいちゃう。」
「純粋性ですよ。そこを解決するのは純粋性。
好かれたい、これはたしかに意図や作為が見え隠れする、
そこで、純粋性です。
純粋に喜んでもらいたい、そのために純粋に楽しもう、
そこが大切なんじゃないかと思うのです。
Xさんは意識していますか?」
「純粋性ですか?」
「たたずまいから純粋だな、まっすぐであろうとするな、そんな意気込みが伝わってくる、それが人を感動させ、人を引き付けるのだと目の前にして思わずにはいられませんから」
のじゃない?」
「他人を伺ってばかりになれば疲弊するものですよ。人間何処かでくぎりを付けていい意味で自分の心やら意思やら願いを優先させてこそ生きてる心地が良くなるものですからね。」
「モラハラもモラハラタイプの方に好かれに行ってしまうことで悪化しますわ。懐かしい思い出ですわ。ふふ」芽衣はとらわれない様子で言った。
■ここでも努力不要論
「Xさんは好かれていらっしゃるから第一線のお方ね。イケメンさんが犯しがちな驕りやルックス至上主義の上から目線、そんなところがまるで感じられませんもの。それに売れっ子でありながら、周囲の方々への配慮があるって聞いたことがありましたけれど、本当にそのとおりだと納得ですわ」
「そのままで好かれるっていいわよね。」
「そんなことないですよ。」
「そりゃぁそうですよ。身体を鍛えたり心を磨いたりしているのではないですかな。わたしたち人間は生きていれば汚れるものですからな。人間ですから汗も出るものです」
「Xさんの全部きれい」
「あはは。そんなことないですよ」Xは照れながら笑った。
「わたしもこうしてサービス業に分類されるのでしょう。わたしの場合は喜んでもらいたい、一杯を今味わうことを心ゆくまで楽しんでもらいたい、だから珈琲の研究をするのです。Xさんもそういうところが一部でもあるんじゃないかと思うんですよ。
俳優さんとして非常な努力をされていると思いますな。見習いたいものです。マイケルジャクソンさんもコンサート前のホテルでは床が汗でびっしょりだったといいますから。努力不要説が広がっているわけですが、やっぱりこうスキルを磨くとか、道を開いていく、ひとつもふたつも垢抜ける上で努力みたいなものは必要なのかもしれませんな」
「努力不要?ならなーんもしない、楽~に、って確かに違うわよね」
「翔子さんったら」
「僕の場合は好きでしたしそれ以外はできないんじゃないかと思っていたんです」Xは爽やかに言った。
「 あ、それだわ、きっと。好きだから努力が労苦ではなくて楽しくなるんだわ」
「それに自己分析も上手にしていらっしゃるんじゃないでしょうか。なんでも器用にこなされるんでしょうけど、俳優業がもっともうまくできると分析されていらっしゃる。素質の上に努力を重ねるのですな。舞台に立つことを夢見ている俳優さんたちは万といますから」
■特性は活かすもの 陰は陽に陽は陰に 光の影には闇がある
「珈琲店を開くうえで、わたしは敏感性というものを活かしたのわけですが、芸の世界の人たちを見ていますとね、外部刺激に感性面で敏感な人が多いんじゃないですかね。でないとやっていけない職種ではないかと。
中には逆に反応しないことで人を笑わせるような人もいますし、外部?気をつかいません!と周囲に影響されないし配慮しないキャラだからこそ人気を博す俳優さんだっているようですから、すっぱり全員が全員なんてことはないですが、過敏なほどに周囲の動きやら空気感を捉えないことには、観客を感動させたり笑わせたりしがたいんじゃないかって思うんですよ。
つまり芸能の世界には敏感な方が多いんじゃないかというのがわたしの分析です。Xさんもまさにその敏感性を恵まれた才として授かっていて自ずとできてしまっているように思うんですね。」
「なるほど。俳優さんって敏感さがなければ人の微細な感情表現その物がうまくないのか。キャラが強い俳優さんはドラマでも映画でもキャラのままって」
と翔子はうなずきながら言った。
「歌手の人も多いのではないですかね。人の感情をゆさぶるわけですが、そもそもご本人が感情に敏感でないと表現に至らない。」
Xはうなずきながら傾聴である。
「それって、最近よく言われている”反応しない”の逆のようですわ。つまり、環境に左右されずどんな方と出会っても左右されないことが、世を渡る戦略なわけでしょう?とうにHSPの方々は過剰なストレス避けるだけじゃなくて反応しないように練習していくことが生きやすさを身につけていくことなのですわ。
芸能の世界で秀でるための才は、感じやすく反応しやすいことに裏付けられているということかしら」
「敏感性も使い方ってことでしょうな。どんな人間の資質も活かし方ということでしょうな」
「マスターは、承認欲求減らす練習みたいなのをしてきたの?」
「遺伝的に外界からの刺激をそこまで受けない人もいますな。内向型の遺伝タイプという人たちです。わたしは違っていますよ。ばっちりと愛されたい、好かれたい、尊重されたい、そんな気持ちをもっていますよ。
それで、珈琲店を開いたのも
人に好かれたいですし、美味しいと感じてほしいと願ったからですし、これは他人の評価を気にしているってことです。まぁ逆説亭ですが、承認欲求は控えるべき欲として☕の声に集中することが大切なのですよ」
「哲学ねぇ。
(※)
え、それといっしょなわけ?ちょっとちがうわよねぇ、芽衣さん。人間全員に好かれることはないから、ネガ一点張りで批判ばかりしてくる人もいるのよ。まるで千年来の仇敵みたいに攻撃的な人もいる。そういう人たちに反応しないってことよ。」
「ははは。どちらも承認欲求でひとくくりですよ。ただうまく使えているか欲求に振り回されるかではないですかな。認められたい、人に好かれたいっていうのは人間の根源的な欲求ですからなくなることはないのではないですかな。ただし、人によって大きさは違う。どのぐらいの欲求を誰に対して抱いているか、その欲求によってパフォーマンスが下がっていないか、欲求は地獄の方向へ連れて行かないか、それとも関わる人の多くがポジティブな結果になるようにいくのかどうか、見極めることが大切なのだと、わたしは思いますよ。承認欲求は小さいほうがいいって言いますが、分野によりますよ。やっぱり珈琲飲んでおいしいっていってもらいたいですからね。欲求のしぼりの調節と行動制御、之につきますな。」
「なるほど。気づいているかどうか、ですか」とXは頷き、それから珈琲を静かに飲んだ。
☆しばらく芸能界の一般論です。
次は芸能界の闇と光の話し
全部で5万字程度の短編です。芸能の世界に光が増しますように。広く病みやすい人が生きやすくなりますように。
祈りを込めて。「これは」
光よなぜ僕に光をあてる?
僕は闇をゆるせなくなる
光よ僕にいっておくれ
『闇があるから光がある』
と。
(大幅カットで、ここは芸能人の保護に集中する。第2が学校のいじめについて。第3巻がモラハラ)
■人間に備わる闇と光
「マスターってテレビ見るの?」
「莉奈さんとは世代がちがいますから、チャンネルがちがうかもしれませんな」
「BSの大自然特集みていそう。旅ロマン、とかね」
「あ、それわたくしです」
「え?芽依さんですか?」
「マスターはお笑いファンでいらっしゃるそうよ。ね、マスター」
「ははは、そうなんですよ。笑いっていいじゃないですか。それでね、笑いってよくよく考えると、人間のサディスティックな部分があるからこそ成立しているんじゃないかって思うことがあるのですよ」
「サディスト、ですか?SとMのSですか?」
「そうですよ、Xさん。笑いはサディスト要素が人にあるから笑うんだというのが私の意見でしてね」
「はぁ。それはまたどういうことでそうか」
「まぁ考えてみてください、漫才はボケがあってそれをつっこみがやってくる。『ばかかお前は』などといって頭をこつんと叩く。それを見て笑っているのですよ。きりとってこの部分だけ拡大してみてください。
『昨日ラーメン屋さにいったらブーメランラーメンっていうのがありましてね、そういえばぶーめらんお前さんとよくしたなぁなんて思い出していたら『ぶーたろうラーメンください』って言ってしまってね、そしたら、失礼な、でてけーなんて追い出されましてね』『ふざけんな、この野郎』『そもそもそんなばかな間違いするな』と頭をたたくわけです。
頭をたたくんですよ。人の間違いを笑って悦の感情を抱くのですよ、そこだけきりとったらひどい。それで、この二つには明確な違いがあるのですが、いじめタイプの人やら意地の悪い人が現場で人のまちがいを笑っているのと、お笑いで笑っているのと、AIに仕分けしてもらおうとしたら結構難しんじゃないかと思いますよ」
「漫才師さんやお笑いの芸人さんたちは、笑わせるのが仕事だものね。演技ってわかっているし」
「そこなんですよ、笑いをとるためにそんなボケをする。人間には、人の失敗を笑うようなぼけたことをする行為を笑うようなデフォルト値があるんじゃないかってことですよ。誰でも大なり小なり、そんな人を笑う基質をもっている」
「あぁなるほど」
「うん、そっか。なるほど」Xと莉奈がうなづいた。
「その差を生んでいるのはモラル意識、良心、ってことね。同じことをしていても良心が明確にその差を教えてくれる」
「さすが莉奈ちゃん、洞察力ありますね。」
「えへん、国語だけは成績良いのよ」
「国語力は知性の基盤だと思いますよ」
「あら、それ有名な教育者さんもおっしゃっていましたわ」
「数学力と国語力、それから創造力がある人が世の中を作り変えていくというのが持論でしてね。もっとも珈琲も世界を変えたという信念をわたしはもっていますな。ははは」
「珈琲人生ですね」Xがほほ笑んだ。
「Xさんはお若いのに既に長い人生を歩まれていますな」
■サイコパシーは芸能界に多い!?
※
これ、もうとっくにとっくのとっくに終わっているもの。
ささげるわ、
■