【ショートショート】シカゴの女
バレてはいけない。
あたしが、あなたを×××してしまったということを。
彼―――エイモスと出会ったのは、ウェスト・ノース・アヴェニュー。
「EXIT」というナイトクラブよ。あたし、そこで客を取ってるの。
別に、望んでこんな商売をしてるんじゃない。抜け出せないだけよ。
それでいて店の名前が「EXIT(出口)」だなんて、全く、滑稽よね。
あたしは、この店で育ったの。
ママは、クラブお抱えのダンサーだった。名うての美人だって、評判だったみたい。
あたしの覚えてるママはがりがりに痩せて、いつも爪を噛みながら、壁を睨んでた。
おはようから死ぬまでの間、ずうっとね。
ママはアラバマの生まれで、うだつのあがらない生活に嫌気がさして、それで、このシカゴに出てきた。
このクラブに拾われたまでは良かったけど、まあ所詮、Hick(田舎者)だもん。
行きずりの海軍将校相手にのぼせ上がって、舞い上がって、それで、あたしを産んだ。
相手の音沙汰はそれっきりだったって、オーナーにきいたわ。
ママは死ぬまで、その男が迎えに来るのを待ってたらしいけどね。
だからあたしは、パパの顔も知らない。
唯一の手がかりは、指輪だった。パパがママに贈ったっていう指輪。
リングが二重になってて、真ん中にダイヤモンド。
あんまり見ないデザインなの。ペアリングだったんだって。
ママはどれだけ金に困っても、自分に唯一見たい夢を見せてくれるモリー(MDMA)の在庫が切れても、この指輪だけは売り飛ばさなかった。
―――そして、指輪はあたしに遺されたってわけ。
あの日、あたしがエイモスの隣に座ったのは、たまたまだったの。
低俗で下卑たこの店の空気に、彼、まったく馴染んでなかった。
だから、ちょっとからかってやろうと思ったのよ。
ひとりでウォッカを呷っていたエイモスは、隣に座ったあたしを見て、ハンズアップして 「Hooray(やった)!」って叫んだ。
「なんて美しいんだ! 君は、今すぐ僕の手を取り、決して離れないよう握り返すべきだよ。まさか、今夜こんな出会いがあるだなんて!」
エイモスは大袈裟で、ばかばかしい人だった。
こんなナイトクラブに似つかわしくない、糊のきいた三つ揃いのスーツ。
ロサンゼルス勤めで鼻持ちならないくせに、歯を見せて屈託なく笑う、ちぐはぐな人。
彼はそれから毎晩店にやって来て、あたしに花束やチョコレートを贈り始めた。「あたしのこと、キッズだとでも思ってるの?」って笑ってやったら、プレゼントは、すぐに香水やイヤリング、ネックレスに変わった。
―――ばかだわ。あたしがこの店で、何してる女か知ってるの?
―――ばかばかしい人。あたしは、ママとは違うのよ。男にのぼせたりなんてしない。
「君には、また、夢見がちでのぼせ上がってるって言われそうだけど……これが、僕から君に贈れる、今のところ最高のプレゼントだよ」
今夜、エイモスがベルベットのケースから取り出したのは、指輪だった。
リングが二重になっていて、真ん中にダイヤモンドが嵌まっている。
言葉を失くしたあたしを見て、エイモスは屈託なく笑った。
「これは、父の形見なんだ。海軍将校だった。妻―――僕の母を早くに病気で亡くした父は、この街で、美しいダンサーの女性と恋に落ちたそうだ。この指輪は、その人に渡すために作られたものだった。でも父はその後すぐ、ハイチに招聘されてね。結局、その人には渡せずじまいだったんだと思う。僕はこの指輪を継いだとき、心に誓った。父に代わって、僕がきっとこの指輪を、きっと人生で最愛になるであろう人に渡してみせるって」
エイモスは、指輪を取り出して、あたしの薬指に嵌めた。
そして、あたしを抱き寄せた。
「約束する。幸せにするよ。君を、この世界の誰よりも」
ばかだわ。あたしがこの店で、何してる女か知ってるの?
ばかばかしい人。あたしは、ママとは違うのよ。
あたしは。
「……嬉しいわ、エイモス」
あたしは、茫然としたまま、ゆっくりと彼の肩を抱き返した。
「本当に、嬉しいわ……」
ドレスのポケットには、今日も、ママの指輪が入ってる。
バレてはいけない。あたしとあなたは、決して愛し合ってはいけないんだってこと。
バレてはいけない。あたしが、あなたを愛してしまったということを。
付記
学校の課題で制作しました。
2名以上が写った人物写真を使ってSSを書く課題。
ブロードウェイミュージカルの「シカゴ」が好きで、時代背景も何となくそんなイメージで書いています。
写真素材は、GAHAGさんからお借りしました。
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