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006. またすぐ来てね

こんばんは。
猫と暮らしし女、あなぐま すみです。
会社を辞め、現在、シナリオスクールに通いし38歳の女武者なり。

自己紹介note

本日は終戦の日。
あなぐまは、家族や親戚から直接、戦争体験をきくことはできなかった。ただ、あなぐまの母方のおじいちゃんは、当時体が弱くがりがりで、いわゆる「丙種合格」として内地に残ったため、命拾いをしたのだという話をきいたことがある。

あなぐまから見るおじいちゃんは、孫の目から見ても、もうとびきりダンディなひとだった。おばあちゃんが早くに亡くなってから、関西の老人ホームで、ひとりで暮らしていたおじいちゃん。

スラッと背が高く、顔立ちも精悍で、寡黙で人と群れたりしない。杖を突いて歩くけど、背筋はしゃんとしていて、ピシッと背広を着て、いつもクールで、どこに行ってもなにを見ても、ほとんど表情が変わらない。
若いときは駐在の仕事をしていたひとなので、語学堪能でいつも英字新聞を読み、色々な国の文化や歴史にも詳しかったが、そういう自分のインテリジェンスみたいなものを自分からひけらかすことを、おじいちゃんはまったくしなかった。そもそも絶対的に口数が少ないので、おじいちゃんがなにか長いセンテンスを喋るのを、あなぐまは多分一度も見たことがない。
ただ、漂っていた。「この人インテリだったんだな」が漂っていた。黙って座ってるだけでも。

そんなクールなおじいちゃんなので、孫だから、という理由で、特別あなぐまに愛想よくしてくれたわけではなかったけれど、でもあなぐまにとっては、大好きなおじいちゃんだった。あなぐまは無謀で空気を読まない子どもだったので、窓際で足を組み、いかにも絵になる風体で英字新聞を読んでいるおじいちゃんの膝に、しばしば勝手に飛びついたり手を繋いだり、抱きついたりしたものだが、おじいちゃんはちょっと目を大きくするだけで、何も言わず、黙って好きにさせてくれていた。「おじいちゃん、大好き!」と言うと、「そうか。」と頷いて、また英字新聞に目を落とす。じいちゃんもだよ、みたいなご機嫌取りを、絶対しないひとだった。

おじいちゃんが関西に帰ってしまう日は寂しくて、最寄駅までおじいちゃんを送るタクシーの中、おじいちゃんの背広の腕にしがみ付いていた。行かないでほしくて、でも泣き喚くのも恥ずかしくて、黙って涙をこらえていたあなぐまに、「なにか言いたいことはあるかい。」って目線を合わせて話し掛けてくれたのを覚えている。
たぶん、あれが初めて、おじいちゃんが自分からわたしに声を掛けてくれたときだったんじゃないかしら。
子どもの機嫌を取ろうと猫なで声で、「また来るからな」とか、「泣くな泣くな」みたいなことを言うんじゃなくて、なにか喋ると大泣きしてしまいそうで堪えている子どもに、「自分で言ってごらん」という、そういうちょっと背中を押すようなボールを、おじいちゃんは投げてくれた。

なにを言うか考えて、唇を震わせながらあなぐまが「またすぐ来てね」と言ったら、おじいちゃんは「来るよ。」と頷いてくれた。
やっぱりにこりともしなかったけど、目だけはとっても優しく笑っていたな。


そんなおじいちゃんが亡くなったあと、母からきいた生前のエピソードがある。
あなぐまの姉が、小学校で「おじいちゃんおばあちゃんから戦争体験をきいて、作文を出しましょう」という課題を出されたらしい。さっそく当時の姉がおじいちゃんに訊ねると、おじいちゃんはしばらく黙ってから、「空襲は、空が真っ赤になって綺麗だった。」と、それだけ答えたそうだ。
姉は当然、作文が書けずに困ったらしい。そりゃそうだ。これだけで400字詰め原稿用紙が埋まるわけないもんな。

このエピソードを、母は「本当におじいちゃんは口下手だった」と、笑いながらあなぐまに話してくれた。そこで話が終わろうとしたので、あなぐまは「でも」、と言い縋った。

「でもそれは、おじいちゃんが、言えることだけを言ってくれたんじゃないの。おじいちゃん、そういうとき言葉を選ぶの、間違えないひとだったよ。」

あなぐまがそう言うと、母は驚いたようだった。
咄嗟に「そんなことまで考えてたはずないわよ」と、母はまた笑って居間を去って行ったが、あとで部屋を覗くと、母は仏壇に向かって、なにか考え事をしていたようだった。

結局、そのときのおじいちゃんの心情を、もう確かめるすべはない。もしまだおじいちゃんが存命で、「ほんとうのところはどうだったの」と訊いたとしても、おじいちゃんは答えてくれない気がする。
子どもに優しいけど、子どもを甘やかさない人だったから。




おじいちゃんが亡くなった日、大学生になっていたあなぐまは夢を見た。
おじいちゃんが、杖をつきながら、タクシーに乗りこもうとしている。あなぐまの家から関西へ帰るため、最寄駅に向かうまでのあのタクシーだ。

大学生の姿のあなぐまが、昔のように一緒に乗り込もうとすると、夢の中のおじいちゃんは片手を挙げて、短く、「いい。」と言った。扉が閉まり、おじいちゃんを乗せて、タクシーは駅の方へ去っていく。

夢の中のおじいちゃんは、あの日のように目線を合わせて、「なにか言いたいことはあるかい。」とは、もう声を掛けてはくれなかった。
でも、夢の中には出てきてくれるんだね。
あべこべで優しい、わたしの大好きなおじいちゃん。





明日は送り火の日。
おじいちゃん、またすぐ来てね。

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