ヒップホップという世界の人間

皆さんこんばんは、今空港から帰宅する電車の中で書いています。
今回は東京✈大阪の旅行中で体験したことを書きます。

まず始まりとして2泊3日で東京から大阪に旅行に行ってきました。その間の1日に友達のライブを見に来ないかと誘って貰って初めてヒップホップのライブを観ました。完全にヒップホップメインのライブではなかったので多少雰囲気は異なっていましたがアーティストの人間味を強く感じました。それはロックバンドのライブとは違い、音楽を聞かせるロックバンドに対してヒップホップは気持ちを聴かせる音楽ではないかな、と思います。
今回は友達の気遣いで友達と友達の後輩とご飯に行ったのですが、今まで聞くヒップホップという世界に対しての見方が変わりました。
(登場人物が増えるので友達をA君友達をそれぞれB君C君D君と呼びますね)
その時のメンバーは元々の知り合いで色々積もる話もあったようで、近況報告で盛り上がっていました。そこで誰と誰が揉めた、ステージでこういうことがあった、と普段私が生きている中では恐らく知ることがないアーティスト側の実情の会話を聞いていました。そこで感じたのは彼らの世界ではステージ上の言葉の応酬はステージ上だけのやり取りでなく人間同士現実での戦いでもあるということです。
例えば極端な話ステージ上で「ぶん殴る」と放った言葉がそのまま現実に引き継がれて「やれるもんならやってみろ」と喧嘩になるようなニュアンスになります。ステージ上であるバトルは音楽のバトルではなく人間同士のバトルなんだな、と思いました。
人間は恐ろしいです。飢えた生き物も恐ろしいです。飢えて貪欲な人間はもっと恐ろしいです。たとえそれが友達でも恋人でも家族でも。
ヒップホップに携わる人間が怖い人たちだと勘違いされがちなのは飢えた人間しかいないからだと思います。実際にヒップホップに携わる彼ら4人の話を聞いて私の考えが変化しました。恐ろしいのではなく誰よりも人間らしく自分を晒して生きているように思います。本来の自分を晒すのが怖くない人はいないと思いますし、私も自分を晒すのは怖いです。それをできてしまうから彼らや、ヒップホップという音楽で晒す他のアーティスト達が畏怖の対象として見られるのだと思います。
でも音楽を介して自分を晒しぶつかり合う彼らは誰よりも誠実です。

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