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第1話 食事のイスを買いに行こう

車の鍵を開け、藤佳をチャイルドシートに乗せるとすぐに車を出した。

座席に座った瞬間にドッと疲れを感じる。

この10分間ぐらいで色んな事があった。
いや、あり過ぎた。

だが、今になって振り返るとやっぱり夢だったような気がしなくもない。

あんなきつい関西弁で話す妖精なんているのか?
というのも、そう思う理由の一つだ。

そんな事を考えているうちにまた怖くなってきて、いつも通りの様子でチャイルドシートに座る藤佳に聞いてみた。

「藤佳はルソ夫怖くないの?お友だちだと思った?」

それとも見えているのは私だけなのか。



アカサンホンポにやってきた。

若い店員さんよりもベテランっぽい人を探して声をかけてみる。

「すみません。この子の食事イスを探してて」

「あっらぁ〜!可愛いわね。いくつ?1歳ぐらいかな?うんうん。女の子ね?良いわねぇ〜。今が1番可愛い時期よ。もうしばらくすると言う事聞かなくなってねぇ〜」

まず子どもの話から始まるのは、赤ちゃんを連れて歩いている時のあるあるだ。

「それで食事イスなんですけど…」

「そうだったわね、イスはダイニングテーブルに取り付けるのとか、独立したのとか、色々あるんだけどどういうのがいいのかな?」

テーブルに取り付けるものは足置きがない。
まさに足がブラブラするやつだ。

「えっと、独立したものでお願いします」

「あらそうなの?テーブルに取り付けるやつも悪くないわよ?ほら見て!これなんか…」



買うまでにずいぶん時間がかかってしまった。

人の話を聞かない上に余計な話の多い店員さんだった。

それでも色んな事を教えてくれたので、オススメしてもらったテーブル付きのイスに決めた。

ただ、子どもの生活用品って結構お高い。

「ずっと使うから」と言われて、結局木でできた値段も高めの物を買ってしまった。

ようやくのことで選んだイスは重く、車まで運ぶだけでも重労働だ。

藤佳とイス両方の重みが私にのしかかる。

「頑張れわたしー」

何とか車にイスを積み込み、ケータイを見るともう17時。

「こんな時間!急いで帰らないと」

急ぎ気味で車に乗り込んで発進させる。

「ルソ夫?だっけ?『こんなイスじゃ全然ダメだ』とか言われたらどうしようかな」

いや、帰ってもいないかもしれない。

今は考えるだけムダな気もする。



そんな事をあれこれ思い見ているとあっという間に家に着いた。

玄関を開け、いつもはすることのない挨拶を部屋に向かってしてみる。

「ただいまー」

しばらく動きを止めて耳を澄ますが、返事はない。

当然のことだ。
そりゃそうだ。

私疲れているのかな、なんて思いながらリビングの中に入っていく。

抱っこ紐の中で寝てしまった藤佳を下ろし、私もソファにようやく座った。

ん?何か踏んだ?

「いたたたた。踏んでるで…」

「きゃあ!」

私の悲鳴に寝ていた藤佳がビクッと動く。

慌ててトントンしに行って何とか事なきを得た。

「まったくもう。どこ見てんねん」

「びっくり…」

まだいた。しかもソファで寛いでいる。

「ワシやから良かったものの、アンタの赤ちゃん踏んどったらエライ事になっとったで?」

「赤ちゃんじゃなくて藤佳って呼んで」

この状況でもソファで寝転びながら話すなんて図々しい妖精だ。

「ほんで食事イスは買うてきたんか?」

「うん」

私はたった今イスを運んだ玄関の方を指差した。

「とりあえず、店員さんに聞いて買ってきたんだけど」

「そうかそうか。じゃあさっそく買ったイスに座らせてみい」

「まず休憩していい?」

「休憩?ええからはよ座らせんかい」

「いや、その前に組み立てないと」

「え?組み立て?なんや新品買うたんかいな?今月厳しいんやったら中古でもええのに」

「さっきはそんな事言ってなかったでしょ?そもそも店員さんに聞いてみろって…」

「あぁあぁー!とりあえず組み立てよ。すぐに組み立てよ。ワシも手伝うから今すぐやろか!」

都合が悪くなったのか、私の言葉をかき消すように話しながら立ち上がり、「ドライバーどこやー?」と部屋をウロウロし始める。

「まったく…とりあえずイスをここまで運ぶところから手伝ってね」



2人で。いや、ほとんど1人でイスを組み立てた。

それでもルソ夫がところどころ押さえるのを手伝ってくれたのは助かった。

20分程かけて作り終え、やっと藤佳を座らせる。

イスを買いに家を出てからここまで2時間半。

結構かかってしまった。

「どうや?なんか気付くか?」

「んー。ぴったり合ってて、さっきよりずいぶん食べやすそうだけど…」

「さっきまでかなり酷かったからなぁ」

なんて言い様だ。

この子の発言は本気で傷つくことがある。

「まず、これやとちょっとだけ座面が低いな。テーブルが高くて食べにくいと思うで」

「これって高さ調整できるのかな?」

「もしできひんかったらお尻と背中にはバスタオルを畳んで入れとき。あと足置きは調節できるみたいやから、もう少し高くして足の裏がピッタリ引っ付くようにな」

「こんな感じ?お、フィットした!」

「ええやん。これならバッチシ食べてくれるやろ」

なんか話を聞きながら納得している自分がいる。

もしかしたらこの妖精は意外とすごいのかもしれない。

「それでルソ夫くん……ルソ夫でいい?」

「かまへんかまへん。好きに呼んでくれ」

「ルソ夫ははいつになったら帰るの?お家は?」

「家なんかあらへん。ワシがもうええ思うまではここに居らせてもらうで」

「え!?ということは?」

「アンタ次第や。最短半年ぐらいちゃうか?」

「えぇ〜!そんなにいるの!?」

「ワシかて好きで来たわけちゃうで。送り込まれて来たんや。任務が終わるまではここに居らなアカンねん」

「子どもが1人増えるのと同じじゃん!」

「子どもちゃう。妖精さんや」

「そういう問題じゃないんだけど」

「食事だけはワシの分も頼むで!」

「えぇー!そんなの無理だよー!」

そんなわけで、今日からは2人分の世話をする事になってしまった。


1.食事は身長に合ったテーブルとイスを使う

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