第23話 まぁぐうたらやりなはれ
「まだ次の課題ないの?」
最後にスーパーでこだわりの話を聞いてからもう3週間近く経つ。
これまでこんなにも時間が空いた事はなかったので、気になって聞いてみることにした。
「よくぞ聞いてくれた」
「うん?」
「初めて会うてからようここまで頑張ってきたなぁ」
「急にどうしたの?」
「これが最後や」
ついにこの日がやってきたのか。
いや、やってきてしまったのか。
そんな気持ちで胸が溢れ、涙でルソ夫の姿が見えなくなっていった。
寂しいのか不安なのかどういう気持ちなのかよく分からない。
「え?まだここにいるよね?別にバイバイするわけじゃないよね?」
ルソ夫は黙って首を横に振る。
「なんでよ。急過ぎるでしょ?普通ある程度前もって言っておくよね?」
だんだんと自分の声が大きくなっていくのを感じた。
ここでようやく分かった。
ちゃんと前もって話してくれなかったルソ夫に、心の準備ができず私は怒っているようだ。
「それは分からへんかったからや」
「なんでよ!」
「前も言うたやろ。アンタができるようになってから一つずつ進めていくねん。いつできるようになるかはアンタしだいや」
「じゃあもう今までの事全部やりたくない」
「アホ言いな。アンタのために教えてきたわけやないねんで」
「私初めて会った時のことちゃんと覚えてるよ?『世の母親が子育てに困らんように尽くすことや』って言ってたでしょ」
「それは半分正解の半分嘘やな」
もう何が正解なのか分からなくなってきた。
「半分はアンタのため。もう半分は藤佳ちゃんのためや」
「藤佳のため?」
「必要最小限に子どものことを縛って、最大限個性を発揮させる。アンタはぐうたら過ごしてるつもりかもしれんけど、周りから見たら立派なママさんや。素敵な子育てやで」
「…」
「ワシが教えてきた事はアンタが楽するためであり、藤佳ちゃんが立派な人間になるためでもあるっちゅうことや」
「どうしてもここにはもういられないの?」
「そうや」
「…」
「そんな事言うけどな、ワシかて悲しいねんで」
「そう?色んな家を回ってるんでしょ?もうそんなの慣れっこじゃないの?」
「まぁな。でもこんなにおもろい家庭は初めてやったからな。ワシかて離れたくなくなるで」
「面白いって何が?」
「アンタみたいな子どもっぽい大人やからな」
「なに?ここにきてまだバカにするの!?」
「人間、心から大人になりきってしまうと面白ろないねん。興味持たへん感動せえへん。その点アンタなんかあれ聞いて言これ言うて。ホンマ子どもみたいやったで」
「それって褒めてるの?」
「そうや。だってワシと一緒におったんたった5ヶ月やで?」
「あれ?そのぐらいだった!?」
5ヶ月前と言えば1月。
今思えば遠い昔のように感じる。
「今までの最速は5ヶ月半やから大きく上回ったな思て。平均は6ヶ月ちょいやし」
「そっか」
「アンタは子どもの心を持ってたからな。子どもの考えも手に取るように分かってたし、それが強みやったんかもな」
「子どもの心か。この気持ち、これからも大切にしないとね」
「そうや、色んなものに大いに関心を持ち、大いに関わりにいくことや。」
「はい!」
「ちなみにこれまででワシにタメ口聞いてきたんも、子どものアンタだけや」
「それいまの悪口でしょ!」
「だってホンマのことやしな」
「…」
「ほへんなはい」
頬を両手で潰してやった。
これももう出来なくなるのかと思うとやっぱり悲しい。
「ほな最後の教えや。よう聞きや」
「はい」
「ワシの教えを守ってても上手くいかへん事はある。今はなくてもそのうち絶対に出てくる。その時に『そんな日もある』って考える事や」
「そんな気持ちでいいの?」
「でも学んできたことは続けるねんで?子育てに絶対はないねん。前も言うたやろ?結局人間同士のやり取りやねん。完璧はないわけや」
私の見間違いか?
ルソ夫も泣いているように見える。
「ちょっと待ってな。…はぁ」
やっぱりルソ夫の目が赤くなってる。
それを見てまた私も涙が溢れ落ちる。
「アンタかて元気な日もあれば体調悪い日もあるやろうし、気分が乗らへん日もある。藤佳ちゃんかて同じや」
「はい」
「毎日が一進一退や。できるようになったり、また戻ったり。大切なんは今までやってきた事を続けることや」
「はい」
「でも大丈夫や。アンタなら絶対できる。今までで1番の頑張り屋さんや」
「やります。やり続けます」
33.上手くいかない時は諦めて明日からやればいい
34.覚えたことは毎日続ける
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