掌編「うんこゼロ」@爪毛の挑戦状
「あわ~っ」
アキアカネが飛ぶ雑木林に声がこだました時、僕は昔を思い出した。
●○●
先に跳んだ父さんは、右半身が見事に糞まみれだ。まあ、父さんの運動神経からすると左半身が無事なのが不思議なくらいだが。
東雲家の伝統「肥溜め飛び」。
食うに困らない程度の収穫を願い、毎年収穫前のこの時期に肥溜めを飛び越える。
地面を少し掘って木枠で仕切りをつける程度の簡素なものだが、今年の肥溜めはちょっと幅が広い。
脱サラして今年から家業に加わった父さんは、今回が肥溜め飛びデビューとなる。
まあ、幅広く作ってしまったのは僕と父さんなので、自分で自分の首を絞めたわけだ。これは無理よ、じいちゃん。
うちの場合、牛糞は先ずこの肥溜めに集める。それから堆肥置場へ少しずつ移動させ、量とタイミングを見ながら堆肥を作っている。出たままそのまま新鮮な牛糞の海…。
楽しそうなじいちゃんに促され、仕方なく覚悟を決める。去年はギリギリセーフだったが、今年は駄目そうだ。
父さんから竹棒を受け取り、構える。棒を使って跳躍距離を稼ごうという作戦だ。
なぜか女人禁制のイベントだったので、ばあちゃんや母さんは遠くから眺めていた。
クソ、どうにでもなれ。
助走をつけ、飛んだ。
●○●
「パパ、見てないで助けてよ」
目の前で、糞にまみれた息子が手を伸ばしてきた。
僕はその手をしっかり掴んだ。
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