掌編「うんこ生きる」@爪毛の挑戦状
生きるために、命をいただく。
晴れた日曜。庭で
処理をしていると、息子が僕の背中越しに手元を覗いていた。
やってみるか、と声をかけると激しく首を横に振った。気にはなるらしいが、近寄る勇気はないようだった。
たしかに、鶏の首を落として皮を剥ぐ様子を見るのは、衝撃的な経験だ。しかも息子自身が世話を手伝ってくれたこともある鶏たちである。
生きている様子を知っているから、余計に複雑な気持ちなのだろう。息子は眉間にシワを寄せていた。
羽毛と皮が綺麗に剥がれ、ツルンとした鳥肌が現れる。腹を割き内臓を取り出す。息子の目が大きく開いた。
「これは嗉嚢といって、鳥たちにしかないんだ。飲み込んだものをとりあえず貯めるところ。これが心臓、これが胃、お前の好きな砂肝だ。これが腸。鶏の糞は臭いから、食べる時は肉に付けないように注意深くね。これはキンカンっていって、タマゴになる前の黄身で、…」
眉間のシワは消え、目にはきらきらと光が戻った。
さあ。ありがたく、美味しく、いただこう。
妻が捌いて、料理してくれた。その様子にも、息子は釘付けだった。
食べる前、息子は手を合わせて「いただきます」は勿論、「ありがとう」とつけ加えた。
この年齢で鶏の解体を見せるつもりはなかったけれど、まあ、結果オーライか。
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