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8. 中学時代 **小説「先」**
中学2年生の冬。担任だった女性の先生を殴った。
しかも、みんなに見せつけなきゃいけなかったから、3クラス合同授業の時に、机をなぎ倒し、物を投げ、
全員の注目をしっかりと集めてから決行した。
名前はたぶん田野先生。歳はたぶん40代。
別に先生が嫌いだったわけじゃない。
まじめで一生懸命でとてもいい先生だった。
少なくとも私の目からはそう見えた。
でも、あまりにクラスの女子達から嫌われすぎていた。
「男子をひいきしている」「女子には厳しい」
「○○くんがお気に入り。色目使ってた」
「○○さんにはすぐ怒った。モテるから」
男子も「いやそんなことないよ」と否定すればいいのに、男子は不思議と悪口を言わない。
だからそれが、女子達の妬みをエスカレートさせた。
毎日毎日、クラスの女子たちは田野先生の悪口ばかり。だけど、何も行動に移す気配はない。
現状を変えようとしない。それどころか
あからさまに表に出すことをしない。
みんな、嫌いな相手としゃべっているのに、表情や会話のテンポに「嫌い」を一切出さない、その概念を、当時の私は全く理解できなかった。
女子たちは今日も、先生と普通に会話しちゃってる。それどころか冗談を言いあっていて、むしろとっても楽しそうだ。
なのに帰り道で、「あの笑顔、馬鹿にされたみたいだった」と、さっきの会話がいかに大変な苦労だったかを、スカートをひらひらさせて言っている。
男子グループと話すときも、
田野先生のことで普通に笑い、むしろ盛り上げ、
帰り道でまたしっかり悪口を言う。
気持ち悪い。
なぜ言わない?なぜ行動しない?
なぜ改善しようとしない?
不満があるなら、直接伝えればいいじゃないか?
気持ち悪い。
私は、田野先生のことを悪い先生だなんて
思ったことは一度もない。
たまに疲れてぶっきらぼうになってるけど、
伸びしろありまくりでドジな先生だけど、
少ない給料で夜遅くまで一生懸命頑張っている、
教えることが大好きで、教員になった先生だ。
だからもう悪口を聞きたくなかった。
うんざりした。
誰も行動しないなら、私が全部ぶっ壊してやると思った。
私がみんなの代わりに制裁をくわえてやる、
私が先生に分からせてやる、
みんなの不満を全部私が解決してやる!と思った。
グループワークが始まった。生徒達がそれぞれのテーブルを囲んで道具を広げ始めた。
私は田野先生が誰かと揉めるのを待った。
そして、田野先生が女子生徒に何か注意しているのを感知した。
今がチャンス!と、殴りかかった。
無言で髪をつかんで、床に押し倒し、
上に乗って殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る。
すると田野先生も、身を守るためにやり返してきた。いいぞ!このまま対等に喧嘩しよう!
お互い対等に、このままやりあおう!
生徒と先生という枠がやっとはずれ、
やっとこれからと思った瞬間だった。
「石山!やめろ!!!!」
気づいたら、剣道部顧問と柔道部顧問とラグビー部顧問の、男性教師3人に力づくで取り押さえられていた。
田野先生のほうは、一番優しくておっとりしている書道部顧問の女性の先生に寄り添われ、
片目を抑えて、化粧は崩れ、服ははだけて、唇から血を流していた。
部屋はシンと静まり返っていた。
みんなはそれほど注目していなかった。
みんな心が動いてない。
腕に残った小さなひっかき傷に、静寂がしみた。
「こっちに来い!!!」
職員室の生徒指導スペースに足早に連行されながら、この状況がキレイゴトの定義を語っている、と思った。
年齢も、体格も、身分も、私より田野先生の方が上だ。
なのにどうして、田野先生の方ではなく
チビで子供で、力も立場も弱い私の方に、
こんな屈強な男性教師3人がつくのか?
仕掛けたのは私とはいえ、止める寸前まではお互いに攻撃しあっていた。
なのに、私は言葉の通じない動物のような取り押さえられ方で、
相手の先生は言語を理解できる、話せばわかる人という扱われ方。
私だって言葉の通じる人間なのに。
なるほど。
これが社会か、と骨身に沁みて分かった。
人間社会で生きるのが人一倍苦手なわたしも
ずっぷりどっぷりやっとこさ理解した。
先生達がいくら普段、「私たちは社会的弱者である若者たちの味方です」という風にふるまっていたとしても、
根っこの部分は、裏側の部分では、
結局子供を信じていないんだ、と思った。
男子サッカー部の顧問とその他数名の先生達が
「まるで悲劇のヒロインだな(笑)」と、
どうかお仕置きしてくださいと懇願して泣きじゃくる私のいるパーテーションの向こうを、せせら笑って通り過ぎていったとき、確信に変わった。
貴重な学びだった。
人は多面体である。人間には裏がある。
中2とはだいぶ遅いが、ようやく分かった。
そして、このことを知るまでは、
「私はわたしの世界から見えている相手が全てだと思っていたんだ」という事も同時に理解した。
この時の衝撃は、今でもはっきり思い出せるくらい、ヘレンケラーの「ウォーター!」ぐらい、人生でも指折りの衝撃的な気づきだった。
人は多面体である。人間には裏がある。
そしたら、女子達がどうしてあんなことをしていたのかも色々腑に落ちてなんとなく理解できた。
誰も本気で言ってなかったんだ。
お口のウォーミングアップ。
天気の話くらい、ただ話を合わせてただけだ。
現に、「エマちゃんが田野を殴ってくれてスッキリしたよ」なんて言う女子生徒は1人もいなかった。噂も耳にしなかった。
代わりに、「田野先生が謝りたいって言ってる。生徒にやり返してしまった自分が心底許せないってとても落ち込んでいる」と後で国語の先生に聞いた。
やっぱり田野先生は、教えるのが大好きで
教員になりたくて教員なった素晴らしい先生だ。
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9. 小学6年生