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16.グリーンプラザ新宿 **小説「先」**


送別会も1次会でお開きになり、店長だけ先に帰ることになった。
「じゃあねキーちゃん。また泊まりにおいで」
私と変わらないくらい背の低い店長は、あっさりとした笑顔でこう告げると赤提灯の中に消えていった。

風俗はだいたい日払い&現金払いで、嬢のぶっ飛び防止のために、その日の売り上げの一部を毎回お店に積み立てなければならない。
辞めることをお店に告げて去ればそのお金は戻って来るが、勝手に飛んだら戻ってこない、そういうシステム。


今日の最後のシフトの勤務終わりの精算時、フロントで今までの積立が返ってきた。大きめの茶封筒に細かーい字で日付と本数と枚数がびっしり書かれていて、でも合計額は、普通の女子高生が昼バイトした時の研修月の初任給くらいだった。

数年働いてこの額しか取ってないとか良心的過ぎますよ?!と言うと、店長は、「だって女の子の方が僕らよりリスク高いから」とどこまでも紳士的な優しい笑顔で返した。

そして書いてある金額より明らかに多い諭吉を返そうとしたら、「おセンベツだよ」とぐいっと封筒を突き返してきた。

そして、何を言われたか覚えてないけれど、とりあえず長い間働いてくれてありがとうってことと、
キーちゃんみたいな子は初めてだった、お店の女の子たちみんな救われたと思う、的なことを言っていた。

当時から相変わらず受け取り下手な私は、今の今まで忘れていた。
店長こそ、私を拾ってくれて本当にありがとうございました。優しくも、時に厳しい、包容力パナいお父さんでした。


そのあと、女の子達だけでグリーンプラザ新宿に行った。グリーンプラザ新宿は24時間のお風呂屋さん。サウナも露天風呂もレストランも仮眠室もある。もともと1人ではよく行ってたけど、みんなといっしょに来たのは初めて。

仕事で互いの裸はさんざん見ている。だけど、改めてこうしていっしょにお風呂に入る機会はなかった。
だから、みんなの服を脱ぐ手順、お風呂に入るまでの動作、体を洗う順番、そういう裸以外の部分が実は全員全く違うことに驚いたし、それが、
それぞれの生き方や個性を象徴しているようで、なんか感動してしまった。

お店でのみんなとは違う、生活感のあるみんな。
特殊な仕事をしていても、普通のピュアな女の子なんだなって嬉しくなった。

みんなも、お店の外の世界に
一生懸命溶け込んでいるんだな。

にしても、脱衣の工程からすでに全員バラバラすぎだ!洗い方の所作も誰一人として研修通りにやっていなかった。なんなら研修なんてやったっけ?という顔をしている。
「キーちゃんずっと店長の研修通りにやってたの?私でさえ初日に変えたよ」と、このお店が風俗デビューだったルイさんに言われてしまった。
もぉ、、、。私はここでも知らされなさすぎだ。


ルイさんもエミちゃんも帰って、あいちゃんと露天風呂で2人きりになった。
すっかり夜も明け、爽やかな朝の風が
湯船の湯気に当たっている。

完璧なバランスのアンバランスさでまとめられた綺麗な金髪のお団子。そのえりあしが、あいちゃんの美白の域を超えた桃白い肌にペトっと貼り付いている。

妊娠、中絶、不登校、補導、売春、ホームレス。いろんな事を1人で乗り越え、今ここに生きているあいちゃんが、何歳も年上に見えた。ものすごく綺麗だった。

私とあいちゃんは同い年。お互いシフトが被ることが一番多かったし、在籍年数も私たちが一番長かった。待機部屋でいつも一緒にご飯を食べたし、クリスマスもお正月もバレンタインもぜーーんぶお店で一緒に過ごした。

それに、ここまで人生観をお互いじっくり語り合える同級生は今まで1人もいなかった。学生時代で後にも先にもあいちゃんだけだ。
だからコンビになりたいな、バディになりたいな、とそれぐらいあいちゃんに憧れを抱いた。

だけど、あいちゃんの方が、風俗はもちろん、人生経験の何もかもが上。大先輩。
だからバディなんておこがましくて言えないし、対等だなんて思えたことがなかった。

みんな、この世界に命懸けで入ってきてる。
あらゆるお店のいろんな女の子と出会ってきて、自分がいかに恵まれているのか分かった。


コンビニに置いてある分厚いドロドロの漫画を、いつの間にか名作アニメのようなテンションで読めるようになり、そうかだから売れるのかと読者層の価値観をものすごく理解したし、そしたらそれがコンビニに置いてある理由も納得できた。
あれは彼らの心を生存させるための大事な娯楽だ。

だから、何でフーゾク?と聞かれて、普通のバイトより給料いいし楽しそうだったから、なんて言おうもんなら、「私たちの領域にそんな簡単に入ってこないで」と怒られるんじゃないかとビクビクしてた。
りぼん、ジャンプ、別冊マーガレットには分からないって思われてるんじゃないかと。

私みたいな常識も何も知らない
恵まれきった幸せなやつが
簡単に来ていいような世界なのだろうかと。

私の風俗経験は、正しかったのだろうかと。



新宿アルタ前。あいちゃんと最後のお別れ。
真上で燦々と輝く太陽は、歩道の人だかりをキラキラと照らしていた。


「もうすぐテレビの生放送が始まるね」
「うん」

ド「裏」の世界を隠す箱と、
ザ「表」の世界を晒す箱との距離。

すぐに世界を救える場所が
まさか徒歩5分なんて思わないよね。
こんなに近いのに、交わらないね。

あいちゃんと以前、そんな話をしたことを思い出した。

あいちゃんと私も、これと似たようなもんだ。
お互いの瞼のラメが見えるほど近くにいるのに
私は何もしてあげられない。

走って5分もかからない距離なのに、
この街の女の子を救えない。
なのに自分はまっさらなまま。

本当に、正しかったのだろうか、、、

「じゃあねキーちゃん」
「うん!飛行機で読むね!アイラビューーー!」

みんなに見られていることを恥ずかしそうにしながら、お胸でちっちゃく手を振るあいちゃんを茶化すように、私はワザと大声を出し、ブンブン手を振って別れた。

成田発ボストン行き。
機内まで待ちきれず、搭乗ロビーで
ガッチガチに糊付けされたラメラメ封筒を開けた

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キ→ちゃんへ⭐︎

キ→ちゃん わ いつも元気で ソンケ→してました

あたし高校卒業することにしたョ
通信ずっと 行ってなくて やめようとしてたケド
センセ→が 来年 卒業できるって
キ→ちゃんのおかげダヨ♡

だからキ→ちゃんもしっかり女をみがきなさい?
ちゃんとメイクするんダヨ?
またお店にあそびにきてネ
まだいると思うから♡

由里

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あれからもうすぐ20年。
あいちゃんは連絡先を書き残さなかった。
帰国後お店に行ったら、お店が無くなっていた。
あいちゃん、ありがとう。
私こそ貴女に出会って人生変わりました。
今もどこかで生きていてくれたら嬉しいです。



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17. アメリカ生活


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