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22. 本を書いた話 **小説「先」** 【終】
30歳になる年に脚本を1本書き上げた。
これまでの人生で得た気づきを散りばめ、
日本を変えようとして書いたアツい作品だった。
それを1クラス入るくらいの小さな劇場で5日間だけ公演してくださった。
多くの仲間や関係者に支えていただきました。
おかげさまで多くの方にご来場いただきました。
私自身至らない点も多々あったかと思いますが、本当にありがとうございました。
そして、これが一応、人生の目標だった。
叶えてしまったがために、人生生ききった感、
やり切った感が出てしまった。
2週間立て込んでいた大道具や機材たちは、ものの2時間であっという間にバラされ、
2ヶ月間稽古していた部屋ではもう次の作品が始まっており、
構想7年執筆2年の脚本は、5日間で70枚前後のお客様アンケートに集約された。
悔いはなかった。
私は明日、業界を辞める。
急に一般人をやってみたくなった。
念願の「普通」だ。
仲間にはまだ誰にも言っていない。
だから明日から挨拶回りに行かないとな。
さぁて、次は何をしよう。
とりあえず、ゆっくり生きたいなぁ〜。
そんなことを、最後の現場の打ち上げで連れてこられたカラオケ屋の外階段でぼーっと考えていた。
細長いビルに階をまたいで入っているこの小さいカラオケ屋には、キャスト、スタッフ、その関係者全員入るようなだだっ広い大部屋などあるはずもなく、結局3部屋に分かれて入った。
でも結局どの部屋の空気にも私は馴染めなかった。飲み会は苦手だ。
学校は社会の縮図。
休み時間の過ごし方の解を未だ求められない。
みーんな ぜーいん おともだち。
3クラスとも ぜーいん わたしの おともだち。
だから 3つのドアを 一度に 見張れる
このばしょ だいすき。 的な。
初夏の夜風が、鉄筋でできた外階段をひんやりと冷やし、湿った冷気が心地よく肌にあたる。
家路につく人の流れが消えたところを見ると、さっきの電車が終電だったようだ。駅前だというのにシーンと静まり返っている。
注文したジンジャエールは、もうとっくに飲み干し、空いたグラスが踊り場の一部と化している。
3つの部屋からそれぞれの曲が漏れている。
それぞれの部屋の全員が
それぞれ思い切り楽しんでくれてたらいい。
一番手前のドアが開いた。
若い男の子が1人、トイレに行かずにこっちに向かってくる。誰だろう?見たことない人だ。
そして、ここからはあまりよく覚えていない。
けど確か、脚本の人ですか?はいそうです、どーやって書いたんですか?えーっとねー、あれってこーゆーことですよね?そうだよすごいね君、ってな感じで
私が書いた脚本の話でだんだん盛り上がってきて、お互いコーフンしてきちゃって、「俺もここ来ていいですか」って、部屋からドリンク持ってきて、その後も階段で話し続けた。
と、ここまでの記憶が曖昧で申し訳ない。これには理由があって、あとできちんと伏線回収する。とりあえず今は話を先に進めたい。
というのも、この出来事を今まで忘れていた理由も、思い出すきっかけも、一番最初に思い出した出来事も、この、次の、彼の言葉だった。
「最初、全員同じ服で、最後みんな違う服になりますよね?あれってつまり、、、」
すごかった。凄すぎてびっくりした。
彼はズバリ言い当てた!
この作品を通して、私が人生かけて最も伝えたかった、超特大メッセージを。
そして、それに通じるための超特大ギミックを。
唯一、彼だけが、言い当てた!
しかも、それは、
本番用の決定稿より前の、
稽古中の第三稿より前の、
キャスト顔合わせの第二稿より前の、
企画書と一緒に出した第一稿より前の、
自宅で一人で書いていた下書きの時点で、
くどいかもしれんなーと大胆に削った、
誰にも見せていない33ページ分のシーンだった。
キャスト、スタッフ、関係者、お客さん、
誰も1ミリも気づかなかったのに、、、、。
私を作品作りに駆り立てたほど大きな願い。
私が命を燃やした意味。
それを地球上でたった一人
彼だけがしっかり受けとっていた。
それどころか「俺もそう思ってたんです!」と
彼は、自分の使命に変換していた。
なんで分かるの?!
どうして?!
なんで?!
怖っ!!
それをそのまま熱っぽく、興奮気味に伝えると、
彼は照れた表情を隠すように、目線を足元に向けた。
「あの、、風俗経験あるんですか?」
「うんあるよ」
風俗の面接以外で初めて正直に打ち明けた。
しかも即答。
今までは、偏見で見られるんじゃないかと思って風俗経験だけは最後まで否定してきた。
だけど、ここまで自分を分かってもらえたことが嬉しかったし、なおかつ、
目指す世界、理想の社会までピッタリ一緒で、初めて本当の仲間に出会えた感じがしたから、
どんな質問にも素の私で正直に答えないと、せっかく出会った彼に失礼だと思った。
そして、「そっちは?」と聞く前に彼から予想外の返しがきた。
「俺もです」
「あー売り?」
「いや、店長でした」
「え?!若っ!」
「しかも1つじゃないっていうか……初めて誰かに言いました」
「私もいま初めて誰かに言ってるよ」
「俺も誰にも言ったことないです」
「私も誰にも言ったことない」
そして、彼が本当に誰にも言ったことがないんだと透けるように分かったし、彼も、私が本当に誰にも言ってないんだと透けるように分かったんだな、と透けるように分かった。
分かち合いのエンドレスリピート
なんなんだろう、この空間。
まるで自分の頭の中と喋っているよう。
まさに自身を肉眼で見ているかのよう。
表情、心情、仕草、目線、反応、全て読める。
家族でもなく、恋人でもなく、親友でもなく、
別の身体を持った自分自身がこの世に存在するんだと知った感覚。
「海外にいたことあるの?」
「いえ、ないっすよ」
もっとビックリした!、、、、、一体何者?
海外に行ったことがないのに
こんなに日本を俯瞰で見れる人がいるなんて。
ジェンダー、子育て、教育、差別、貧困、格差、
そして哲学。
私が海外で得た気づきの全てを日本の生活だけで得られた人がいるなんて信じられない。
今回の脚本は、アメリカ生活で得た気づきをふんだんに散りばめた。だけど彼は、それを日本の生活だけですでに気づけているということだ。
彼は一体どうやって気づいたのだろう?
それが広まれば、日本はもっといい国になる!
広めて欲しい!!
一体どんな人生を送ってきたの?
めちゃくちゃ知りたい!!!!
広めたい!!!!!!!
「海外っていいっすよね」
しまった。
私が本気で生きると、みんなすぐ私に影響される。
この言葉、もう7回目くらいだと思う。
このままだと彼は本当に海外に行ってしまいそうだ。
新しい夢をしっかりと咀嚼し味わい、脳内で反芻し希望を膨らませているのが横目でもハッキリと分かる。
確かに、私たちのような思考は欧米の方が住みやすいと思う。
だけど、日本にいて、これだけ海外生活級の気づきを手に入れているのだから、
彼はどこへ行こうとも、どこで生きようとも、他とは違う、彼だけの特別な気づきや学びを、これからも手に入れていくんだと思ったら、
どんな海外生活よりも、はるかに羨ましいと私は思った。
彼の人生を知りたい!!
彼の考えを広めたい!!!!
彼のことをもっと知りたい!!!!!!
「ねぇ、どんな人生を送ったら、日本にいながらその思考に辿り着けるの?」
「俺いま、それについての本書いてるんっすよ」
「ホントに?私、その本めちゃくちゃ読みたい」
「ホントっすか?」
「うん!どう生きたらそうなれたのか、すっごく興味ある!だって、それを広めたら絶対世界は平和になるもん!」
ワクワクしてきた。興奮で体が熱い。
私はこの人の本が読みたい。
「決めました。俺、絶対書きます!」
「うん!!!!!」
私は大興奮で拍手した。
この後も彼は「いいこと思いつきました」「今すぐにでも書きたい」「忘れないうちに早く書きたい」と、会話の間が開くたびに、息継ぎするようにしきりにそう言っていた。
そして、今日のことを忘れないように、アイディアを整理しながら家まで歩いて帰るのだそうだ。終電の時間はとうに過ぎている。なんなら始発まで待ったほうが家に早く着きそうだ。
本を書くって、すごく大変なことだ。
自分の人生とはいえ、1つの作品を0から書くことがどれだけ大変なことなのか、分かる。
実際、この脚本は、本当に苦労した。
だけど、作品として世に送り出した時、一人一人が違う感想を持つことも、想像以上の反応があることも、作り手がどれだけ喜ぶかも、分かる。
彼が本を書いてくれたら嬉しい。
たった5日間のお芝居よりも、本にして残した方が多くの人に伝えられる。
時代を超えてずっと残る。
私はお芝居という表現を選んだ。そこに後悔はない。けれど、舞台は生き物だ。限界がある。
このお芝居をカタチに残せたらどんなによかっただろう、、、
「あのぉ、、、この話も書いていいですか?」
「もちろん!むしろ私の代わりに書いてくれて超ありがとうだよ」
「じゃあ絶対書きますね!」
「やったー!!嬉しい!」
「そして広めましょう!」
「うん広めようね!」
「うわぁ楽しみっすね」
「ほんと楽しみ!!!」
私の代わりにカタチに残してくれるなんて
一体何回分の一生のお願いになるだろう。
有り難すぎて震える。
もしかしたら、あなたに出逢い、
あなたの背中を押すために
私はここまで頑張ってきたのかもしれない。
「俺たちいっしょっすね」
「私たちいっしょだね」
目指す世界が、描く未来が、理想が、
こうも同じ人間が、この世にいたなんて。
私はひとりで戦ってるわけじゃない。
こんなに心強いことはない。
自分が二人いる。
こんなの奇跡だ。
夢人最終日。
最後にあなたに会えてよかった。
一番手前の部屋にいた若い男性が、奥のトイレから戻ってきた。そして「お前ここにいたの?」と彼に話しかけている。彼と同い年くらいだ。この人も初めて会う人だ。彼の同期かな?
「俺、このまま帰る」
「おぅわかった。鍵は?」
「あっ!!」
「マジで」
そして家の鍵のことであーだーこーだやり取りが始まった。どうやら彼らは3、4人くらいで一緒に住んでるらしい。
そして鍵の件は何とかなったようで、彼は先輩たちに挨拶なしでこのまま帰るそうな。
芸能界は挨拶ゼッタイと思っていたので、私は彼の行動に驚いて、「え、いいの?挨拶なしで?!」と、つい言ってしまった。
すると、さっきの同居人らしき人がすかさず、「あー俺ら分かってるんで大丈夫です」と私に言い、その反応にも慣れてますからという面倒臭そうな笑顔も返した。いい同期だなぁ。私もこんな同期が欲しかったなぁ。
「じゃあ俺、帰ります」
「うん」
連絡先交換はしなかった。いや、その概念すら必要ないほど、お互いの思考が繋がっている感覚だった。
だから、いま此処で私たちがつながるよりも、せっかく同じ意志を持つのだから、お互い離れた場所で世界を動かしていく方が、ずっと未来のためになる。そうお互いが考えていた。
そして、本がいずれ有名になって、世の中に流通して、偶然私がそれを手に取って、読み終わった時におそらく「あの時の人だ!」と気づく。だから今から連絡し合うなんて野暮だろう。そうお互いが考えていた。
そして最後の別れ際、
鳥肌モノの感動の奇跡が起こった。
「……….(一緒に世界変えようね!)」
「まじ、俺らで世界変えましょ!」
それは魔法だった。
どもりの私が喉に力を入れた瞬間、
彼があっさり声にした。
それは、初めて何の邪魔もなく、
自分の頭の中の言葉が、一言一句音声になり、
リアルタイムで自分の耳に届いた瞬間だった。
こんなのはじめて。
自分の頭の中がフツーーに喋っている。
呼吸をするように喋るって、
自由に発話ができるって、
健常者ってこういう感覚?
とってもとっても嬉しかった。
どもりがなくなることより何億倍も嬉しかった。
嬉しくてビックリして彼を見た。
彼は、恥ずかしそうに、目線を逸らしていた。
だけどその横顔が、照れくさそうで、本当に、
とってもとっても嬉しそうだった。
こんな奇跡、もうこれ以上ない。
もうこれが、最後の奇跡でもいい。
軽快に外階段を下りていく彼に、最後呼びかけた。
「じゃあね。待ってるね、本」
そして、カンカンカンと階段を軽快に踏み鳴らしながら下へ下へ遠ざかっていく彼の足音に
ギュッと目を瞑り、グッと祈った。
神様、どうか彼をお守りください。
私の幸運を、いま彼に全部お渡しください。
私の願いは彼の願いです。
二度と会えなくてもいいです。
二度と思い出せなくてもいいです。
彼がどうか、今書いている本を、
最後まで書き上げられますように。
そして、多くの人に読まれますように。
彼が思い描く、優しい世界になりますように。
彼の願いは私の願いです。
そして私はいつか絶対、自力で彼の本に巡り会ってみせる。
*
全部思い出した!!!
おい、石山エマ、交換条件クソ強すぎだろ!!!
もっと早く思い出せよ!!!!!!
乙女にも程があるぞ!!!!
なんでこんな大事なこと忘れてたんだ!
遅ぇよ。情けねぇよ。
遅ぇのは足だけにしろ!
時系列を全部確認したい!
小説!脚本!!自宅まで約2.5kmか。
フォームなんて関係ねぇ。ダッシュだ!
あれ?100㎞走った後とは思えないほど体が軽い。
足も今日イチ動く。ペースも今日イチ速い。
ここまでの100㎞一体何だったんだ?笑
あのあと彼は、チャラ男コンビを組んでいたんだよ!
あれは何年だ?entrance結成は何年だ?!
私の脚本の公演いつだ?何年だ?!
彼が海外に行きたいって言ったのは何月だ?!
そして私が業界を辞めたのはいつだ?!
確認!小説!早くっ!急げっ!
スマホの電子書籍じゃ間に合わねぇ。
小説にずっと貼ってある手書きでまとめた年表のほうが一発だ!
それに私の手帳も引っ張り出して照らし合わせないと!
自宅まであと2㎞。
推しが忙しくなると私も忙しくなる。
この現象は、ただの偶然だと思ってた。
でも偶然じゃないとしたら?
えーっとそれ以外だと
私にも8年間片思いした相手がいた。
私も汗っかきでおしっこの勢いがすごい。
手相と手の形がほぼ一緒!で、あと何だ?
あーめんどくせぇ!業務連絡!
この小説はほぼ実話だ!てめぇらで見つけてくれ!(こんな大作を読んでくれて本当にありがとう!)
そして、100㎞っていう超長距離を、
3か月の特訓だけで走れちゃってる。
運動経験ないのに、だ!
マラソンの才能まで一緒。こんな偶然あるか?!
自宅まであと1.5㎞。
そうかだから私は「走りたい」って思ったんだ!
石山大樹が「立候補」だったからだ!
あっちが走りたいから、こっちも走りたいなんだ。
ていうことは、「足の痛み全部こっちによこせ」と願いながら走ったことは
変な応援とかじゃなく、ちゃんと助けになった可能性があるってことだ。
全部つながってるんだ。
走ってるから一緒なんじゃない。
一緒だから走ってるんだ。
必然なんだ、なにもかも。
隔てに気づかなければ、向こう側があることにも気づけない。
でも気づけば気づくほどつながっていく。
人々が共感しあえば無数の大階段ができていく。
階層がつながる。隔てがなくなる。
思考がつながる。一つになる。
皆がつながる「むき出し」の世界。
世界はつながっているんだ!
自宅まで、あと1.2km。
石山大樹は、今どんな感じだろう?
あそうだ、2017年12月22日だ!
私が今の仕事を始めた時期だ。
てことはそうか!
だからあのタイミングで海外に行こうとしたんだ!
え待って?そういえば同居人の名前なんだっけ?
あそうか、だから海外行きを止められたんだ!
あんなに今にも海外に飛び出しそうな彼を
引き止められるのは、Tの名を持つ者たちしかいない!
西新宿で一緒に住んだ、
お笑い芸人になりたかったT
砂漠の真ん中に車で迎えに来てくれ、
1週間渋い顔で居候させてくれたT
私が家賃を払う家で彼女と半年同棲したことを
長文のメールで謝ってくれたT
そして、鷺ノ宮に住む私を
無限大ホールに呼び続けたT
私もなぜか、めちゃくちゃご縁のある名前だ。
ルームメイトにはもってこいのすげー優しいやつなんだよ。
あと500m
あと300m
あと10m
着いた!
笑いながら泣きながら転がるように自宅にたどり着き、大慌てでカギを取り出しながら、シューズのひもを緩める。こんな時に膝が曲がらない。でもそんなの今はどーだっていい。
ドアを手で破るように開けて入り、ほぼ完全なる土足で小説の在り処まで体を引きずる。座りたくないが座らないとページをめくれない。痛みなんて知らん。
付箋だらけの初版の小説をひっつかんで抱え、壁をたどってじわじわと床にへたり込んだ。
裏表紙とブルーの紙をぺらっとめくり、
著者の名前に落ちた涙をそっと指で拭う。
石山大樹 (いしやま・だいき)
そうだ。この名前だ。
あの日の昼公演の、
置きチケットに書かれた、とても珍しい苗字。
受付でこの人の応対をしたのは、私だ。
最初の文字が、私が一番苦手な音で、どもりやすい音だから
この名前を声に出す時、すっごくすっごく緊張したんだ。
「……。……。……。」
この100㎞、心の中で、何度も何度も唱えたはずなのに。
考察記事で、何度も何度もスマホで打ったはずなのに。
ファンになって、何度も何度も目にしたはずなのに。
今の今まで思い出せなかったなんて
その名を。声に出せないなんて
入れ替わりの劇場アニメーション映画かよ。
交換条件クソ強すぎ。
海外に行きたい自分になりきるしかなかった
ちがう。
あのとき「なりきった」んじゃない。
小説考察XX:石山大樹はあの時、本当に海外に行こうとしていた!
うん。君は、本当にあの時、海外に行こうとしていたよ。
目の前で、今すぐにでも海外に行こうとしていたよ!
そして「タイミングが違う」「今じゃない」っていう結論を引きよせただけ。だから思い出して。「海外に行きたい自分」っていうのは、あの時からなくなっていないんだよ!まだ何も始まっていないだけなんだよ!!
私は、世界の中心で、こうさけぶ!
「石山大樹のお笑いは、必ず海外で成功する!!」
こんなことを声高らかに言うと、私は、全石山大樹ファン、全entranceチーム、全事務所、全番組、全企業、全地方自治体、そして全国民を敵に回すだろう。
芸能界の先輩後輩同期はもちろん、相方の中島さん、作家さん、同居人、ご家族、ご友人は大反対し、そして、石山大樹さん本人すらも全力で否定するだろう。
私はこの世で一人ぼっちになるだろう。でもそれでもいい。
むしろ一人は慣れてる。私に任せろ。
エンタメの国境はなくなってきている。ここ最近のなくなり方は半端じゃない。日本が大きく出遅れているだけで、日本の外の加速度はえぐい。このままじゃ出遅れる。動くなら今だ。もう一度言う。君は海外で必ず成功する!!
そして、そのカギを私が持っている。だから何度でも取りに来て。
私はあなたのために、いつだって、生き生きと生きて待つ。
だからもう一度、あの時みたいに言う。覚悟する。
今まで最高に幸せ者だった。本当にありがとうね。
楽しんで生きるんだよ?君はマジで成功するから。
神様、どうか彼をお守りください。
私の幸運をすべて彼に渡してください。
二度と会えなくてもいいです。
二度と思い出せなくてもいいです。
どんな試練も受けます。
そして今回は、
私のこれまでの記憶もすべて彼に渡してください。
私が持つすべての能力を彼に全部渡してください。
彼の理想をどうか多くの人に届けてください。
私の願いは、彼の願いです。
そして、私たちが思い描く、優しい世界が広がりますように。
彼の願いが、私の願いです。
真っ暗闇に光る、つけっぱなしのテレビの中が
キラキラでいっぱいになった。
ゴール会場の入り口は、大勢の人と眩しい照明機材で溢れかえっていた。
「夢のフィニッシュはもう目前です!」
画面に映った建物内の映像。ゴールも客席も舞台上も何もかも、色とりどりのTシャツが画面を埋め尽くし、感動と興奮と労いと拍手が鳴りやむことなく続いている。
「笑顔の大樹。さぁ、みんながあなたに会いたいです!」
ワイプに映るどのタレントさんも、彼の笑顔につられてか、ものすごく安心した優しい表情をしている。いい世界だ。
そして彼がゴール会場に入るや否や、歓声が沸き起こった。
みんな笑顔。いい世界だ。
そして長い長いグレーの階段を、軽快に下りていく彼。
100km走ったとは思えないほど軽快に、リズミカルに、
下へ、下へと、おりていく。
トントトントントン………
(カンカカンカンカン……)
あの時も、こんな音だった。
こうやって、笑顔で下ったんだろうな。
小説を書き上げる未来を想像しながら。
世界が変わると確信しながら。
そして、私と会えたことを同じように喜んでいてくれたら
もうこれ以上の幸せはない。
「みんなが待っている!」
石山大樹が、地上に降り立った。
そして彼はカメラに向かって前に前に近づいた。
彼の達成感溢れる笑顔がとても眩しい。キラキラだ。
あぁ、このキラキラ。ギュッと抱えてグッと祈る。
あなたの小説、やっと読みました。
今まで忘れていて本当にごめんなさい。
ゴールテープと石山大樹まであと10歩。
1つの大仕事をやり終えたヒーローを称える拍手が鳴りやまない。
キャノン砲がパンと音を立て、達成の紙吹雪が舞った。
「石山大樹、今ゴール!
みんなが、あなたに、会いたかったー!」
私もあなたに会いたかった。
本を書いてくれてありがとう。