３ 無限大ホール　　＊＊小説「先」＊＊

やけに黄色い声がするなと思った。

ここまでずっと、拍手の盛り上がりのみだったのに、バックスクリーンにひらがなのコンビ名が表示され、明転して若めのポップな男性2人組が姿を現すや否や、女子たちのハートマークいっぱいの歓声が聞こえた。そこで初めて、この会場に女性が大勢いたことを知る。

このコンビ名は知っている。
人気があると聞いたことがある。
でもネタを実際に見たことはなかった。

いつか観てみたいとは思っていたけど、私が応援する伸び代いっぱいのコンビとは、なかなか同じライブにならなかったので、だからこそ、やっぱりこのコンビは人気があるんだと、格が違うんだと、お客ながらに思った。

そして先週ついに、無限大ホールのライブの香盤表に、2組の名前が縦に揃った。こんな機会めったにないので、すぐに置きチケの連絡をした。

私の座り位置はだいたい上手の端だった。
演者たちが下手に完全にハケきるまでの姿を追えるし、
観客とステージとの温度差を俯瞰で眺めて体感できるし、
ニューヨークにいた時も、だいたいこの位置だった。

ポップな2人がマイクの前に立つ。左の男性が最初の1手を繰り出し、右の男性がそれに返したタイミングで黄色い歓声と拍手が落ち着いた。

なるほど、歓声の対象となっているのは、右の男性か。けど、パフォーマンスを引っ張ってるのは左側だ。ぶっとい手綱が見える。
いや、ガチガチのコントロールブースが見える。

そして、ネタがテンポよく進む。

え？あれ？　　
何この人。
コンビなのに、右の人しか観客に見せていない。
実体がない。
この世に居ない。
自ら存在を消しにいってる！

しかも速い！上手い！なんで？
どうしてこんなことするの？
こんな完璧な操り、見たことない。
これをお客さんは知っているの？
これをお客さんが求めていると思ってるからってこと？

みんなの意識と目の方向が右側のオーラのある人に向かっている。それを全部回収して全部相方に渡しているのが左の透明な彼だった。

透明な彼は一生懸命、自分の身を隠しながら、隣の相方どころか劇場の観客、強いてはこの世を完璧に見下ろして操縦している。

そして出来ちゃっている。
、、、、、一体何者？

そしてちょっとヤケになってる。
誰にもバレてないって思ってる。

(私の他に、これが見えてる人いるのかな、、、)

彼が人間たちを操縦している。
透明な空気が混じり合っている。

(なんなんだろう、この空間。)

彼と一瞬、目があった。

初めて、「初めて目が合う」を、体験した。

彼は驚きもせず黙っている。

(、、、死にに行くの？)

彼は私の問いかけに答えず、一切動じず、
そのまま最後までネタを続けた。

そして暗転し、下手に完全にハケきるまで
彼は一切振り返らなかった。

(、、、、死なないでね。)

この人、私みたいだ。

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「死なないでください」

知らない声に振り向くと、アイドルの追っかけの
人だかりがあった。その後方に、黒縁メガネの男性が立っていた。
周りの男性たちも葬式に参列するかのような悲しい目を私に向けた。

その目には、
ヨレヨレのライブTシャツを着たボサボサ頭の私が映っている。

ここで冗談の一つでも言って、明るい笑顔を向けるのがプロなのだろう。だけど私は、何もできずにその場から逃げた。

どうせ私のことなんか誰も見てないと思ってた。
何を作っても何を見せても何を向けても
誰の心にもとどかない、ただの雑用係だ。


だから1回だけ「死にたい」ってTwitterに流した。

そしたら秒で制作会社から鬼電がきて、
「消してっ！」とだけ怒鳴られて、ガチャって切れて、何でこんなに怒られなきゃいけないんだと戸惑いながら、公式アカウントを2分で消した。

まさか、
あの一瞬のつぶやきを、
これだけの人数が、読んだということ？

だからなんだよ。
誰も救ってくれねぇじゃねーか。
自分の機嫌は自分で取れって説教垂れるんだろ？
だったら弱音も好きに吐かせてくれよ。

なんなのこの影響力。
ネガティブな方にだけみんなすぐ反応すんじゃん。

告知には一切反応しないくせに。

そんなに死んでほしくないなら買ってくれよ。
まぁこんなやつ応援したってなんの得もねぇか。

可愛くないし、拗らしてるし、
尖ってるし、説教クセェし。
せめて元気付ける方であってくれって思うよな？
私がファンでもそう思うわ。

やっぱりもう二度と弱音なんて人前で吐かない、
誰にも弱みを見せない、と決めた。

そんなこともあったなーとぼんやり思い返した。

金髪蝶ネクタイの人が出てきた。
マシンガントークがすごいな。
そしてお客さんを乗せるのがうまい。
サービス型か。すごく見やすい。
この人素直で、すごく頭がいい。

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４、西新宿