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9. 小学6年生 **小説「先」**


国語の音読の時間は 地獄だ。

一文読みならまだしも、段落読みなら死を覚悟する。

ふつうにしゃべれる子は、読めない漢字とかセリフのある段落とかが回ってこないようにと願うだろう。

でも私は、世界で一番短い段落が回ってきてほしいと切に願う。

国語以外も気が抜けない。
社会も理科も、算数や道徳までも。
問題文を読んでください、説明を読んでください、注釈を読んでください。

授業に覇気がない先生ほど、授業の雰囲気をかえたり、生徒を寝かせないために生徒に読ませる傾向にある。

あとは、声に抑揚がない先生も、生徒の耳を飽きさせないために、
先生以外の声を10分おきに聴かせるのも効果的な授業の作り方ですよ?と、どっかのマニュアルに書いてあるんだろうな、と察していた。

給食班でいっしょのあかねちゃんに、音読は地獄だと話したら、音読は読むだけでいいから一番楽じゃん、と言っていた。
そう言えたら、どんなに人生楽だろう。



私は、自分の考えを、自分の言葉で、
誰にも邪魔されないで自分のペースで伝えることが一番ラクだ。

そして、それがもし叶うなら、
この先の人生、どんなに楽だろう、、、


「石山さん」
「はい?……え、私ですか?はい」

よし。このワンクッションがあるのと無いのじゃ全然違う。

ちゃんと聞こえてたし、読む箇所も分かってる。
でも小芝居でも何でもいいから、まずは
会話のボールをいったん手元でキープして、
自分のペースで呼吸と鼓動を整えなくてはいけない。

ふーーーーーーーぅ


いくぞっ!!!



「…………っっっまれたるものは………い、いいい、いーーーーーーーーーやがてしぬものなり。………。……。………………。」

「石山さん、我(われ)って読むんだよ!」
後ろの女子が、私だけに聞こえる小声で、わざわざ次の漢字の読み方を教えてきた。
「………。………。」
唇は、アナウンサー張りの美しい【わ】の形になっている。
姿勢だって、宝塚くらい完璧だ。

なのに声帯が開かない。息が吐けない。力が抜けない。

「石山さん?わーれ…!」
後ろの女子の小声がだんだんデカくなる。

んあーもーうっせーよ先読むな!
いくら後ろの席だからって、
読めないから止まったんだと勝手に判断すんな!
読めるわこんな簡単な漢字!!

、、、、ったく。
きのう、何十回、夜中に、家で、声枯れるまで自主練したと思ってんだ。
表現力ならだれにも負けない。

それにみんなが読めない漢字だってたくさん知ってる。
昨日習った「劇場」も「補佐」もとっくに読める。
なんならルビふってある「渦」も「蕎麦」も知ってるし書ける。

その上、この先生は必ず、出席番号順に音読を当ててくれるから、こっちは準備ができるんだ。しかもご丁寧に「明日は○○番から段落で当てるからね」って授業終わりにわざわざ黒板に書いてくれる。配慮してくれてる。


私だって待たせたくないよ。
みんなの大事な時間をこっちだって奪いたくないよ。

いっそ尻文字で今後ずっとしゃべってください、のほうが、
人生何億倍も楽だよ、、、

どもりさえなければ、子供にみられることも、
馬鹿にされることも、笑われることもないはずだ。

どもりさえなければ、学年合同の劇「不思議のアリス」のウサギ役に光の速さで手を挙げてた。
身長的にもキャラ的にも、我こそがハマり役だ!

なのに、だれもやりたがらなくて、
白塗りが恥ずかしいって、着ぐるみが恥ずかしいってだれも手を挙げようとしなかった。
まるで罰ゲーム。ウサギがかわいそうだよ!


なんでフツーーにしゃべれるくせに
なんで人前に出ることを恥ずかしがる?
フツーーにしゃべれるだけ
一個ハードル無ぇじゃねーか!


こっちは、自分の名前いうだけで、
のどが絞まって痛くて苦しくて
恥ずかしくて悔しくて辛くて泣きたくて
ガチで命がけなんだよ!!!!!!!!!!

いいか?
噛むっつーのは、いくつか種類があんだよ!
しゃべるっつーのは、体中のあらゆる場所使ってんだよ。

人間がどういう仕組みで喋るのかを、電車で2時間離れた大きな図書館まで弁当持っていって調べたヤツいるか?いねーよなぁ?!

しゃべれるのに遠慮してしゃべらねぇおまえら
クソゆるせねぇ!!!!!!!!!!!

 
と、こんなかんじだったから、
ほとんど友達はいなかった。
小学校の記憶もほとんどない。



あっという間に卒業式。
ぶっちゃけ卒業式で、一度も泣いたことはない。


うすーく友だちにせがまれ、うすーく記念写真とって、
まっさらな卒業アルバムのまま、誰にも気づかれないように歩いて帰る。

お母さんに車に乗ってって言われたけど、当然無視して先に学校を出た。

だって、6年間命がけで歩いた通学路だよ?

いじめられて帰った日、怒られて帰った日、
けんかして寂しく帰った日、

ランドセルをお腹側に背負って、教室から後ろ歩きで家の玄関までたどり着いた日。

いろんな思い出が詰まったこの通学路を
最後くらい、かみしめて帰りたいじゃん!

そうして、草やら花やら空気やらを愛でながら
架空の親友といつもの神社によった。

そして、ひみつきちで、アルバムを開いた。


顔写真のページをまるごととばし、
1枚も映らないように逃げ回った、運動会や遠足の思い出写真ページで、その努力がしっかり報われたことを確認し、安堵した。

そして、このアルバムのメインである作文ページを、1人1人じっくり読み込む。

意外に深い子がいたり、面白い文章の子がいたり
いままで知らなかったクラスメイトの新たな一面を、別れの文章で初めて知る。

最後のクラスアンケート。
ページのど真ん中に描かれた、
国語の教科書とマイクのイラストに目が留まる。


「音読が上手な人 1位 石山エマさん 33票」




、、、、ウソだ。そんなわけない。

みんな気を遣ってるだけだ。


しゃべれるのに遠慮してしゃべらねぇおまえら、
クソゆるさねぇ。


でもありがとう。
このクラスでよかった。

泣いてるところを誰にも見られなくてよかった。



******


10.小学5年生



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