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15.歌舞伎町最終日 **小説「先」**

最後のお客様を送り出す時に、「お客様おかえりでーす」とフロントにコールすると、店長が「はーい。長い間本当にありがとう。お疲れ様でした」と返した、

という話を、感動の逸話のつもりで私が話すと、隣でマルメンライトを吸うあいちゃんが、「確かに長かったよねー。キーちゃんなかなか戻ってこないんだもん」と言い、皆で爆笑した。



アメリカ出発前夜。最後の出勤終わり。お店の女の子達と店長の5人で大衆居酒屋さんに入った。仕事終わりにみんなで飲みに出かけるなんて、ましてや友達とどっか行くなんて経験も人生でほとんどなかった私は、最高にルンルンだった。

だけど、私が年相応に見えるせいで、この店にたどり着く前に、4軒くらい門前払いされていた。

「もぉ、キーちゃんのせいで全然お店入れないじゃん!」と同い年なのに20代ギャルに見えるあいちゃんは、歩き疲れたヒールを引きずりながら真っ正面で文句を言い、
「服貸してあげればよかったね」と私より年下なのにバッチリOLに見えるエミちゃんがあいちゃんをなだめた。

そうしてやっと入った5軒目。小さいお店でまあまあ混んでいた。話した内容は覚えていない。待機部屋と同じ感じだった。


小中高と卒業式のアルバムはまっさらだったし、
お別れ会なんて1回もしたことないけれど、
初めて自分から、お店の女の子たち全員に、カードにお別れの言葉を書いて欲しいとおねだりして回った。

だけど、こういう「表」の文化に馴染みがなかったり、飛ぶのが当たり前の世界だからこそ、誰かを送り出すという概念や価値観がそもそもない子が多かった。
だからこそ、何を書けばいいのか、何をしたいのか、自分はどうしたいのか、わからなくて戸惑う子もいた。

その上、気持ちを表現したいけど、文字を書くことに対して極端にトラウマを抱いている子がほとんどで、当時の私はそれに気づけなかった。
今考えるとちょっと申し訳なかった。


それでも、余白をいっぱい残した「げんきでね」の5文字を、1文字1文字ペンの色を変えて、書き慣れない字で一生懸命書いてくれてたマユちゃん。きっと誰かに教えてもらいながら書いたんだろう、裏側にいっぱい練習した跡が残っていた。

私の知らない人たちのプリクラを無数に貼ってくれたエミちゃん。最初は意味が分からなかったが、きっと自己紹介したかったのかなと家で見返して気づいた。自分の顔の◯がメイク用のラメペンでキラキラになっている。きっと忘れないでねの気持ちを表現したかったんだと思う。

文字じゃなくて、プレゼントや現金という物品で表現した子も数人いた。これからアメリカに行くから物は持って行けないんだよなーと思ったけれど、文字という文化が「表」ほどなく、気持ちを伝えるという概念もない分、彼女達の世界ではこれが当たり前の表現なのかなと思った。

どもりの私が相手の望み通りの完璧な表現で自分を伝えてあげられないように。

だから全部貰って、「開けるな危険!」と段ボールにデカデカと書き、全部まとめて実家に送った。

そのことを母にメールすると、悲しいおしらせ的な感じのタイトルで、返事が返ってきた。

「チャップーが亡くなりました」

私が歌舞伎町に戻って数日後だった。
ついこの前、トレードマークの鈍色のロングヘアを、1本1本ブラシで根気よく整えて、可愛くカットしてあげたばかり。お土産で買った新しいチェックのリボンだって、頭に付けてあげたばかりだった。

チャップーは小1の時から飼ってた小型のミックス犬。元々体が弱かった。
内科も外科もお世話になって、お薬も人間くらい種類があった。けれど、母の完璧すぎる献身的お世話で、お医者さんの言った寿命より5年も長く生きた。母の世話する才能がエグい。

チャップーという名前は私が付けた。家族は他の名前がよかったみたいだけど、こんなの早い者勝ちだ!と暴君になった。
折衷案のチョッピーも断固拒否。結局、私のわがままが通った。チャップーありがとう。天国でゆっくりしてね。


いよいよ明日。明日の夕方の便でアメリカに初めて行く。
英語の試験もクリアしたし、お金も貯まった。
ホームステイ先も学校も自分で手配した。
日本に未練は無いけれど、お店を出るのは寂しかった。
しかも今日に限って全員新規で常連が1人も来なかった。
最後の私に会えないなんてみんな運が悪いな。


私が辞めてもお店には来続けて欲しいから、指名のお客さん達にはあえて辞めることを伝えなかった。
店が変わっても常連を引っ張って来るゆかさんの逆だ。
モデルさんみたいに綺麗だったゆかさんは、たくさんの常連をこの店に連れてきて、そしてここで新しい常連を捕まえて、また別の店に彼らを連れて飛んでった。嗅いだことのないような妖艶な匂いのボディクリームだった。もう思い出せない。


シングルマザーのリサさんも、この前突然飛んだ。誰かに見つかってしまったのだろうか?お願いだから生きていてほしい。
あんなに明るくて優しくて誰からも好かれるアイドル級の笑顔の持ち主と今まで出会ったことがない。でも本当は、壮絶なDV被害にあってて、でも子どもにはお父さんがいた方がいいからと、DVの人と住んでる、とあいちゃんから聞いた。

体についた無数のかさぶたに目がいかないよう、とびっきりの笑顔を習得したんだなと今なら分かる。そして自分のDVよりも子どもの未来、という考えだからこそ、保育の資格に挑戦することを決めたんだと今なら分かる。

今ごろ何をしてるだろう?保育の資格は取れただろうか?お願いだから生きていてほしい。

AV女優の同い年の女の子とも、ずっと連絡が取れなくなっていた。芸名はNちゃん。事務所の企画とかなんとかで入店してきた。肌が白く透き通っていて、顔立ちも体型もリカちゃん人形のように整いまくっていた。

私が人生で一度もお泊まり会したことないって言ったら、次のシフトの夜、アメリカ出発の送別会も兼ねて、お店で2人だけのお泊まり会を開いてくれた。
そして夜の恋バナタイムで、レイプ被害の過去を話してくれた。苦しそうに、だけど淡々と。昇華しきれていないけど、もうとっくに遠い過去のように。そしてレイプされた後もまた、周りの人間達との壮絶な試練が続いていくことも。

電気を消していたから、レイプされた夜の描写が強烈に私の心に刺さって残った。
「アメリカ、気をつけて」
窓の外で赤や紫にチカチカ光るネオンが、ソファーにふわりと寝転ぶNちゃんのネグリジェを照らしていた。
あの部屋の、あの景色は、今でも忘れてない。


Nちゃんとの景色で
もう一つ忘れていない景色がある。


閉店後、デリバリーのパスタを2人で食べ終え、これ絶対似合うよって言って、お人形が着るドレスみたいにフリルのいっぱいついた薄いピンクのネグリジェをくれた。こんなの着たことないから照れた。

いま着て欲しい!とせがまれ、照れながら
Nちゃんとお揃いのネグリジェを着て、
数年見続けてすっかり慣れたはずの
サービスするお部屋の、横に広い鏡の前で、
二人でマットの上に膝立ちで並んだ。


「ね?似合うでしょ?」

似合っていた。泣きたいほどに。
本当の自分に出会えたように。


でも中身が似合っていなかった。
私を虐める私が、似合うことを怖がり
ちっとも似合っていなかった。

ピンクを死ぬほど嫌がり、「可愛い=不完全」を野蛮な価値観だと自分の脳に強烈に植え付けた
意地っ張りで臆病者の私がいた。

顔立ちは整いきったNちゃんが上だ。
胸も、腰も、お尻の膨らみも、
Nちゃんの方が完璧だ。

だけど、背の高いNちゃんより、
モデルのように着こなすNちゃんより
私の方が断然似合っていた。



そうか。



だから母が着させたがったんだ。

だから母から見て「可愛い」なんだ。

守りたいから。

この不完全で、だけど懸命に生きる我が子が、
母にとっては完璧で、この上なく愛おしいから。


(大人は、子供の、粗くて力強くて絶妙にアンバランスで、そこを子供の強みである清さや創造の気迫で補う絵がなぜか大好きだ。)


母の、才能がエグい。



*****

16.グリーンプラザ新宿


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