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6. 歌舞伎町(冬) **小説「先」**


平成のクリスマスイブ。まだ歌舞伎町にコマ劇場があったころ、ヘルスの待機室で私は英語の勉強をしていた。

アメリカの学校に入学するには、TOEFLという英語のテストで合格点を取らなければならない。前回の試験は塾に通って勉強時間を増やした分、驚異的に点を伸ばした。英会話にも通い始めたし、そこで好きな人もできた。合格点まであともうちょっと。貯めたお金でランクの高いホームステイをするんだ。

この店は大部屋待機だ。
系列店の子達もサービスを終えるとみんなここに戻ってくる。

壁についたテレビをみんなで囲んで
床やらソファーやら椅子やらベッドやらバランスボールやらで各々が好きにくつろぐ。
壁に並んだプレイ衣装やアダルトグッズを除けば
普通に女子寮の大広間に見えるだろう。

居心地が良すぎて、ほぼ住んでいた。
最初は、「生理で1人早退させたいんだ。キーちゃん今来れる?」と、お店からのSOSがよく来る程度だったけど、そのうちシフトがない日も勉強カフェ代わりに待機するようになり、あいちゃんが住み込み部屋から彼氏の家に引っ越したタイミングで居座った。

新宿大ガードをくぐって徒歩10分の家にも居候してたから、店長も私も気がラクだったんだと思う。帰るところは、あればあるだけ前進できる。

アイツにもぜひ前進してほしかった。居候していた家はアイツの契約だけど、家賃、光熱費、生活用品、食事代を払っていたのは全部私だった。
お笑い芸人になるって言って上京したのに、一週間で心折れて、養成所に行かずにバイトしかしていない。なのに「お前と一線超えるほど俺は落ちぶれちゃいない」というアファメーションを私に向かって唱え続け、私が家賃を払うのをやめると宣言したタイミングで彼は部屋を解約し、故郷に帰っていった。


テレビは相変わらずクリスマスでにぎわう街を映し出している。
クリスマスがいかに幸せなイベントであるかの洗脳シャワーを浴びる。

私たちからは近いようで遠いような、
別次元だけど、しかし確かにそこに存在している。
そんな不思議を、いつも世間や日常から感じていた。


シングルマザーのリサさんは、隣のソファーで保育の資格の勉強。
その奥のちゃぶ台では、OLのルイさんが経理の資格の勉強。
ふたりとも「キーちゃんがやってるの見て、私もやりたくなった」と、
だんだん大きなカバンで出勤してくるようになった。


私が本気で生きると、みんなすぐ私に影響される。
だから力を抜きたくなるけど、それじゃ私が息苦しい。

小さい時から私の人生、いっつもこんなだ。
学校も習い事も、すぐ前に立たされ、お手本にさせられる。
「みんなエマちゃんを見て真似してね」

そのたびに、強い責任を感じてきた。
、、、責任を感じるのはおこがましいことなんだろうけど。

私は完璧じゃない。私は立派な人間じゃない。
やめてくれ、真似しないでくれ、お手本にしないでくれ、


みんなは、みんなのまま、

ありのまま生きてくれよ!!!!!!!!!




もういやだ。
日本は苦しい。日本は狭い。私に合わない。

出たい、こんな国。


「みんなよくがんばるねぇー?」
1時間のメイク直しを終えたあいちゃんが、あおむけに寝ころび、手足を空に向かってゆらゆらプラプラさせている。
あいちゃん曰く、これはゴキブリ体操といって、1日ちょっとやるだけで健康と美容にとってもいいのだそうだ。
あいちゃんは一緒に居て、ものすごくラクだ。


子煩悩で優しい店長が、勉強の邪魔してごめんね、やっとお客さん来たよ、と申し訳なさそうに入ってきていた。

そう、イブは意外とスローなのだ。
私はサンタのワンピースに着替え、言われた3番の部屋に向かった。

ローションとタオルと名刺を定位置に準備し、フロントにわざと英語で電話する。

"Thanks for waiting. I'm ready now!"
"Ok, I'll send you a guy."
さすがトリリンガル店長。返事がネイティブだ。

受付から二人分の足音が近づいてくる。
この足音は革靴か。ってことはスーツだな。ハンガーもう一個出しておこう。脱ぐのもプレイとみなしていいタイプかな?だとしたらありがたい。

あ、紙袋の音だ。結構でかいぞ。出張か?
いや待て!今日はクリスマスだ!プレゼントだ!
子供か?奥さんか?彼女か?キャバ嬢か?
あれがプレゼントだとしたら、いちゃいちゃ無しだ。
そっこー脱いでマグロ寝とみた。なんだ、スタンダードか。

紙袋、とりあえず大きめだから、向こうの棚の上に置かなくちゃ。
届かないけど、まぁいいや、エアコンの近くですけどどうぞって言おう。


ノックが3回。
急いで笑顔を作る。
ハートのスイッチ、オン!

ドアが開いた。予想的中!
予想以上に見上げなきゃいけなかったことを除いては。


「めりーくりすまーす♡」
「げんきだねー」


どうか喜んでほしい。
どうか楽になってほしい。


私をお手本にしないで。
私は立派な人間じゃない。

お願いだから、真似をしないで。
みんなはみんな、ありのままいきて。



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7.高校時代







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