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#10:妻と子のDeparturesのあと、私のとあるDepartureでのフライトにて

こんにちは、ババかずおです。

マレーシアで働く妻、現地インター校に通う子を家族に持ち、居残り一人家長として日本で働きながら暮らしています。さて、妻と子がマレーシアに飛び立つまでを書いたDepartureシリーズ。その後も山あり谷あり何とかやっていますが、私のとあるフライトでの一幕を語り部(ものがたりを言い伝える人)していきます。


7時間45分のフライト

上空3万5千から4万フィートまで高度を上げ、およそ7時間45分ほどで目的地には着くという。体が上空に漂っている間に、心に漂う想いの文字起こしの作業をしよう。スマートフォンに注ぐ眼差しと、画面をヌルヌル滑るように動く左手親指にかかっている。間も無く日付が変わる。眠気が襲ってきても抗うことはせず、この身を委ねてしまおう。明日からの滞在に支障が出てもうまくない。

一人でのフライトは、すっかり日常となった

2時間かけて新幹線で帰省することとさほど変わらない。こなれたモノだ。どんなに大袈裟なことや物珍しいことでも、経験を繰り返していくことで少しずつ当たり前になってしまう。いつの日かきっと月面旅行も帰省することと変わらない、そんな未来がやってくる。

早くこの手で妻を抱きしめ、子を抱え上げたい。いや、この数ヶ月で子を抱え上げることはできなくなっているかもしれない。それは子の体の成長によるものか、それともいよいよ思春期を迎えるお年頃の子どもの恥じらいによるものか。飛行機はようやく離陸に向けて滑走路を進み始めた。そう、まだ飛んですらいない。ヌルヌルと指が進む、進む。

座席づくり、文字起こし、そして機長の声

飛行機がぐんぐん高度を上げているうちに、いつの間にかうとうと眠りに落ちてしまった。男性の体にジャストでウィットなシートは、簡単には安眠を提供してはくれない。首の角度、座面に接するお尻、足を延ばす位置取り、微調整することでいっぱいだ。照明が落ちている機内から、妻と子に想いを馳せる。子はここ最近LINEから聞こえる妙に明るい父親の声に釣られたのか、昨日の朝ベッドから出てくると「そろそろ父親に会いたいな」と妻にこぼしたそうだ。子には私が向かうことを伝えていない。彼にとってちょっとしたサプライズになるだろうか。

激しい気流の中に入った。機長はいかにも落ち着きをまとった声で、機体が強く揺れるかもしれないこと、それでも空の旅に心配はないこと、ただし安全のためにシートベルト着用の指示をアナウンスする。機体が小刻みに揺れる。私は時速500キロを超えて、地球の表層に近い空中をポツンと飛んでいるこの飛行機の姿を想像する。それは孤独であり、果敢な姿に思えてくる。

夢と現、夜明け、そして機長の声

いつの間にか夢と現を彷徨っていたようだ。機内には夜明けを知らせる淡い照明が灯された。あと40分ほどでクアラルンプール国際空港に到着するとのアナウンスが流れる。機長の声は先ほど気流の揺れを伝えた時と寸分変わらぬようだが、不思議とその声には旅の高揚感とセンチメンタルが同居しているようだ。その声からどんな情景を思い描くかは、私たち乗客にそっと委ねられている。

妻はもう起きているだろう。妻は私をいらっしゃいと迎えるのだろうか、それともお帰りなさいだろうか。私は妻の出迎えの言葉に応じ、身長差30センチほどある小さな妻を、きっと抱き寄せるだろう。

瞬間移動のサプライズ

子にはオンライン通話を模したビデオを製作した。父からの連絡だといい、予め妻に送っているビデオを妻と子が見る。音声の状態が悪いらしい、妻と子の声は父には届かない。父は勝手に話を切り出し、超能力で瞬間移動の念力をすると画面は揺れ、回転し、画面から姿を消す。その直後に、父は妻と子がいる部屋に現れる。子はびっくり仰天。こんな算段だ。

騙される年ではないかもしれない。
けれど、父の精一杯のユーモアだと思ってくれればそれでいい。

機内から見る丸く切り取られた北緯3.8度のクアラルンプールの空はまだ暗い。北緯36度の私の住む町では、今頃誰もいないマンションのリビングに小さな光が届き始めるころだろう。今回は預け荷物もない。一目散に、ただまっすぐに、妻と子のもとへ向かうだけだ。息子よ、サプライズを待っていろ。妻よ、プリーズ・ギヴ・ミー・ア・ハグ。

2泊4日のショートステイ、帰りのフライトにて

妻はタンクトップ姿で私を出迎え、お互い少しはにかんで、柔らかい抱擁を交わした。子は画面の向こうから突如現れた父を前に言葉を失い、しばらくは子どもらしい幻想の世界と、推理と科学の世界を行ったり来たりしながら、サプライズのタネを解き明かそうとしていた。

昨夜、子は珍しく父を枕元に呼び、こう言った。「お父さん、いつも僕の心の中にいてね」と。いつもお父さんは君の心の中にいる。いつでも君のことを思っている。何かあったら目を閉じてごらん。そこにお父さんがいるから、と。

帰りの機内で目を閉じる。ここは私の心の世界。涙と笑顔を繰り返し、異国の地で働く、もろくて逞しい妻。その傍らには、少しの生意気とあどけなさを残す子。そうか、私の父と母の心にも、かの日の私がいるのだろうか。心の数珠繋ぎが、いつからか、どこまでも、続いていくー


初めて私のNOTEに来てくださった方、よろしければこれまでのDepartureシリーズもぜひお読みいただけるとうれしいです。私たち家族のマレーシアに行くまでのエピソードを紹介しています。

それでは、次のNOTEで
ーババ かずおー


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