【創作】深い海の底から
今日はデイサービスで5月の誕生会を開いている。誕生日を迎えた4名の利用者に、将来の夢を聞いてくれている。
将来の夢。そんなこと本気で聞いてくれるんだろうか。イベントとかでもよく聞かれるけど。職員さんたち、みんな笑顔で優しく心から聞いてくれてる感じだけどね。
私たちは言葉も使えないし、体も自分じゃ動かせない。胃ろうから食事したり、人工呼吸器をつけている人だっている。
将来の夢。そんなこと本気で聞いてくれているんだろうか。
なんて、ひねくれたこと言ったけど、私にも夢はある。
私は、「結城先生みたいな人」になるのが夢。
結城先生は、年に2回くらい会う先生で、「指コミュ」を実施してくれる人だ。東京の大学の先生だそうだ。
指コミュは、結城先生が勧めているコミュニケーションの方法で、重い知的障害や事故などの後遺症で言葉が話せない人とでも、指を先生の手のひらに滑らせることで、会話ができるという方法だ。
これを聞いた人は(実際に目のあたりにした人でも)なかなか信用しない。好意的でもあいまいにうなずいたり笑顔を作る程度だ。「テレパシーってこと?」とか「気休めだ」「思い込みだ」、さらに「新興宗教か?」なんて言うひともいたりする。
だいいち重い知的障害があれば、文字に出来るような言葉を獲得していないだろうし、それなら指で字の形もなぞられないだろう、とは思う。
結城先生はもう10年もこの活動をあちこちで続けている。地元東京では毎月おこなわれているそうだ。
「重い障害があっても、見て・感じて・思っている。そのことを伝えたい」。手弁当で駆け回る、その情熱がすごくカッコイイ。
実際、先生の指コミュに参加すると、日ごろのイライラやモヤモヤがすっきり晴れるのだ。
私にしたら、結城先生が超能力者だろうが指コミュが気休めだろうが、そんなことは問題じゃない 。
本当はどんな重症者でも、眠っているように見えても、たくさんのことを吸収している。1人1人に思いがある。みんなと同じ。特別な人間じゃない。
そんなふうに考えてくれるなら、騙されてたって気休めだって、大歓迎って思う。
デイサービス職員の恵子さんは、先生の指コミュの趣旨にえらい感動して、自分もその技術を身につけたいと東京まで教わりに行ったり、私たち利用者が練習台になって自主練したりしていた。
なかなか難航していたけど。
結城先生や恵子さんと指コミュやってて思うんだけど、「伝わる」って、何だろう。ハッキリ言って、二人とも、私の気持ちをわかるかどうかは、正解率せいぜい3割くらい。恵子さんは正直なところ2割くらいかな。「あてずっぽう」と言って言えなくもない。
私にしても、手や足を触られるのがとても嫌いで、すぐに暴れたくなってしまうのだ。恵子さん、ごめんね。
だけど私が何か思っている、感じている、それを知りたいと思ってくれる。私もそんな恵子さんの気持ちがわかっている。そこになんともいえない安心感がある。
何度か指コミュをやって、私の指が何か文字や記号を書いて伝えているわけじゃないんだと思う。受け取るてのひらは一生懸命読み取ろうとしているけど、私の思いは線にも形にもなれない。
それじゃ意味ないみたいだけど、違う。
そこでは、伝えたい心と、それをわかりたい心が出会っている。
話をすることができない重度障害者は、どこにいても、深い海の底にいるようだという詩が、東京の指コミュサークルの同人誌にあった。重度障害者がこんな詩を書くんだっておったまげた母さんが、父さんに言っているのを聞いたんだけど。
私も家に居る時、家族の話の外にいる。声はかけてくれるけど。介護はしてくれるけど。
私にも、その海の底から出て行く術がない。
だけど、指コミュをしていると、指と掌が触れたところに、私は迎え入れられる。そこでみんなと同じ世界にいる気がする。
それだけで十分だ。具体的に何がしたいとか、どうなりたいとか。
伝わっても、伝わらなくても。
指と掌が触れあって、お互いに気持ちを傾け合う。それが指コミュのすべてなんだ。
将来の夢はと聞かれて、「結城先生みたいな人になりたい」と恵子さんの手に伝えた。伝わっていても、いなくてもいい。私は、恵子さんが思う私の夢で全然いいよ。
恵子さんは私の指を自分の掌からそっと離すと、私の視線を捕まえながらうんうん、と頷き、マジックをとって色紙に書いた。恵子さんの手が少し震え、頬が上気して、目が潤んで見えた。
おわり
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「春ピリカグランプリ2023」が盛況ですね!
私も4回目にしてやっと、憧れの場所に参加しました。
もうそれだけで満足です。
今朝、敬愛するくまさんが、応募しなかったほうの作品を投稿していたので
私も日の目を見せたくなり、これを投稿しました。
「ネオンテトラのかのじょ」は、私の応募作「ぐっぱ!」でうまく表現できなかったものが、くまさん独自の世界で、美しく表現されていると思います。
ご一読をおすすめしたいです。
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応募作よりも、こちらのほうが先に出来たからか、思い入れが強くて力が入っているので、少し説明的になりました。
文字数が多くなって、でも削るのに忍びなくて、こちらでの応募は諦めたのでした。
読んでいただき、ありがとうございました。